営業終了時刻間際の、人もまばらな食堂。直属の上司である沖田総悟から命ぜられ、溜まりに溜まった資料の整頓作業をやっとの思いでやり遂げた一番隊隊員・朝比奈奏は、倦怠感を露にしながら唐揚げ定食を注文した。

「いただきまーす……あー」

 適当な席に座った奏は、唐揚げに箸を伸ばした刹那、飲み物を忘れていた事に気が付いた。箸を置きながら立ち上がり、厨房横で湯呑に水を注ぐ奏。溜め息交じりに戻ってきた奏は、同じ机で夕飯を食べ始めている土方十四郎に会釈をしながら腰を下ろした。

「お疲れさまです」
「おう、お疲れ」
「土方さんもこれからお夕飯なんですね」
「まあな」
「お、ミックスフライ定食ですね」

 持っていた湯呑を手前に置いた奏の視線が、土方のミックスフライ定食から、自身の唐揚げ定食へと移動した。さっき唐揚げ食べたっけ――唐揚げが一つ減っている事に気付き、首を傾げながら記憶を辿る奏。記憶を巻き戻している途中で土方の前に飲み物がない事に気付いた奏は、箸へ向かって伸ばしかけていた手を引っ込めながら立ち上がった。

「土方さん、何飲みますか?」
「麦茶」
「はーい」

 再び厨房横へやって来た奏は、それぞれの定食のサンプルが並べられているショーケースを一瞥しながら立ち止まった。麦茶を注いだ湯呑を手に再び歩き出した奏は、ふと芽生えた違和感の正体を探るようにショーケースを見やる。違和感の正体がわからないまま席へ戻ってきた奏は、やきもきしながら土方の前に湯呑を置いた。

「悪ィな」
「いえ……」

 土方に笑顔を向けた奏は、頭をフル回転させながら腰を下ろした。土方の前にあるミックスフライ定食が、ショーケースのミックスフライ定食と寸分も違わない事に気付き、目を見張りながら息を呑む奏。目の前の唐揚げがまたしても一つ減っている事が、そして残りの唐揚げにマヨネーズが付着している事が、奏の猜疑心を確たるものへと導いていく。すなわち、それらの事象は、土方が奏の唐揚げを盗み食いしている事を暗に示していた。

「土方さん、食べましたね?私の唐揚げ」
「人聞き悪ィ事言うなよ」
「え……すみません、私が自分で食べた事忘れちゃったのかもしれ」
「唐揚げが勝手に俺の口めがけて飛んできやがっただけだ」
「なくないですね。やっぱり二個とも土方さんが食べてたんですね。唐揚げハラスメントで訴えてやりましょうか」
「そうピリピリすんなって。こん中から好きなもん一個」
「エビ」

 選んでいいからよ――そう続けようとしていた土方は、言葉を遮られた苛立ちを堪えながら自身の定食を見下ろした。エビフライ、カキフライ、ハムカツ、コロッケ――中でもエビフライを楽しみにしていた土方にとって、奏の発言は死刑宣告も同然だった。

「カキがいいのか。なかなかツウだな」
「エビ」
「え?コロッケだって?じゃがいもの優しい甘みがたまんねェよな」
「エビ」
「何だ、ハムカツか。唐揚げにハムカツって、胃もたれしねェか」
「エビ」
「エビエビエビエビうっせーな、壊れかけのラジオかオメーは」
「エビ」
「……わかったよ。俺が悪かったよ。持ってけ泥棒」
「いや先に泥棒したの土方さんですからね」

 至極真っ当なツッコミに口をつぐんだ土方は、観念したようにエビフライを奏の皿へ移動させた。いただきまーす!――両手を合わせながらそう言い放った奏は、エビフライを頬張りながら至福の表情を浮かべた。
 三十分後、夕飯を食べ終えた土方と奏は、たわいない会話を交わしながら食堂を後にした。どういうわけか会話が盛り上がり、酒やつまみを求めてコンビニへ向かう二人。屯所から徒歩五分ほどのコンビニで目当てのものを買い込んだ二人は、缶ビールを呷りながら帰り道を歩いていた。

「……月が綺麗だな」
「そうですね」

 声が裏返ってしまうほど渾身の勇気を振り絞った土方とは裏腹に、さながら世間話をしているかの如く淡白な返事をする奏。想定外の返答に驚いた土方は、咥えていた煙草を落としながら奏を見やった。

「「そうですね」?」
「え?」

 土方に腕を引かれながら立ち止まった奏は、驚いたように振り向いた。刹那、躊躇いがちに奏の唇の真横に口付けを落とす土方。大きく見開かれた奏の目を真っ直ぐと見据えたまま唇を離した土方は、どこかもどかしげな表情を浮かべながら口を開いた。

「……今のは避けれただろ」
「おや?」
「あ?」
「おやおやおや?」
「んだよ、鬱陶しい」

 執拗に言い寄られるという状況にいたたまれなくなり、徐々に近づいてくる奏の顔を両手で包み込むように押さえつける土方。逃げ腰の土方の胸倉を掴んだ奏は、揺らぐ瞳を至近距離まで引き寄せながら悪戯な笑みを浮かべた。

「いったいいつから土方さんの気持ちに気付いてないと錯覚してたんですか?」
「は?え?……マジで?いつ気付いた?」
「気付いたら気付いてました」
「語彙力お散歩中か」
「まあ何て言うか、好きな子にちょっかい出す小学生男子みたいな悪戯してくるなーって思ってたわけですよ。それで、もしかして私のこと好きなんじゃね?なんて思ったりして」
「お前、意外と鋭いとこあるよな」
「なかなか確信までありつけないところが玉にキズなんですけどね」
「自分で言うなよ」
「そういうところも好きなんでしょう?」
「ああ、好きだよ。人を疑うことを知らねー危なっかしいところも、すぐ調子に乗るわりにはチキンなところも、その他諸々一切合切好きでたまんねェよ」
「今更「チキン」とか言われても、唐揚げはもう戻ってこないんですけど」
「お前っ……」
「で、さっきの続きなんですけどね。私、土方さんのためなら切腹できますから」
「…………死んでもいいわ、ってか」
「介錯はお願いしますね」

 土方の胸倉を掴んでいた手の力を緩めた奏は、照れくさそうな笑みを浮かべながら一歩退いた。くすぐったいような表情を浮かべる奏を半ば強引に抱き寄せた土方は、ふざけ半分の会話を終わらせるかのように唇を重ね合わせる。強引でありながらもぎこちない口付けを受け入れた奏は、土方の腰にそっと腕を回した。










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