外から聞こえてくる、子供達のはしゃぎ声。さしずめ、寺子屋に向かっているのだろう。いつもなら煩わしいと思ってしまう子供達の声が、今日はやけに耳障り良く感じる。隣で健やかな寝息を立てる奏の寝顔と心地よい体温が、さも当たり前のように寝覚めを良くさせてくれていた。
 男物のTシャツを一枚着ただけの無防備な寝姿が、まるで嘲笑うかのように理性を蝕んでいく。久しぶりに奏と迎えた朝、せっかくだから穏やかな時を過ごしたい。しかし、こういう時に限って眠気が戻って来やがらない。

「……米、あったっけ」

 性欲に支配されかけながら寝起きの頭をフル回転させた結果、朝食を作るという苦肉の策を思い付いた。奏を起こしてしまわないよう、透明人間になったつもりで息を止めつつ布団から抜け出した。
 白米に焼き鮭、玉子焼きと、味噌汁もあれば充分だろう――冷蔵庫の中身を確認しながら、適当に献立を考える。味噌汁に入れる豆腐を切っている最中、ふと思い浮かんだのは、幸せそうに玉子焼きを頬張る奏の顔。誰かのために何かをするという普遍的な幸せが隙間を埋めていくような、心地よい感覚に満たされていく。だらしなく緩みそうになる頬に力を入れながら卵を溶いていると、目を覚ました奏が台所へやって来た。

「おはよー……」
「おう」
「朝ごはん、言ってくれれば作ったのに」

 あくびをしながら背筋を伸ばした奏は、覚束ない足取りで厠へ向かっていった。数分後、洗面所を経由して台所へと戻ってきた奏は、完成した味噌汁や玉子焼きを居室に運び始める。机の上に並べられた朝食を見渡した奏は、締りのない笑みを浮かべながら両手を合わせた。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

 数え切れないほど交わした会話も、いつもと台詞が逆というだけで、そこはかとなくこそばゆい。
 白米を頬張った瞬間の、幸せそうな表情。器用な箸さばきで鮭をほぐす時の、無邪気な表情。玉子焼きを食べ尽くした後の、名残惜しげな表情。味噌汁を飲み干した直後の、ホッとしたような表情。
 奏の一挙手一投足が、たまらなく愛おしい。朝食を食べ終えた奏は、見ているこっちまで頬が緩んでしまうほど朗らかな笑顔を浮かべながら両手を合わせた。

「ごちそうさまでした」
「はい、どうも」
「銀時」
「ん?」
「ありがとう、朝ごはん作ってくれて」
「どういたしまして」

 箸を置き、鼻歌交じりに食器を片付け始める奏。見慣れたはずの後ろ姿が、俺にとって奏の存在がかけがえのないものだと教えてくれている気がした。










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