真選組唯一の女中である朝比奈奏の仕事は、日の出と共に始まり、日の入りと共に終わりを告げる。朝練前の道場の床の磨き上げ、朝餉の給仕、大量の洗濯、広い屯所の清掃、大量にある資料の整理──これらの業務は、氷山の一角に過ぎない。来客の対応や隊士からの頼まれ事なども、彼女の仕事のひとつである。茜色に染まる中庭の手入れで一日を締めくくるのが、奏の日課となっていた。
 今日も今日とて、一日中目まぐるしく仕事をこなした後にもかかわらず、中庭を掃く奏の背筋は真っ直ぐ伸ばされている。掃き掃除を終え、花の水やりをしている奏のもとに土方十四郎がやって来た。土方の足音に気付き、手を止めながら振り向いた奏は、一日の疲れを微塵も感じさせないほど朗らかな笑顔を咲かせた。

「お疲れさまです」
「おう、お疲れ」

 静かな中庭でとりとめもない会話を交わす僅かな時間が、彼らにとって一種の癒やしとなっていた。水やりを終えると、二人はどちらからともなく屯所へ向かって歩き出した。

「持つよ」
「ありがとうございます」 

 奏が差し出したじょうろを土方が受け取った刹那、二人の指先に小さな静電気が走った。指先から交わった静電気はやがて莫大な電流となり、二人の全身を疾風の如く駆け巡る。まるで雷に打たれたかのように倒れ込んだ土方と奏は、しばらくすると同じタイミングでふらふらと立ち上がった。

「大丈夫…………か……」

 やっとの思いで絞り出した声が自分のものではない事に気付いた土方は、得体の知れない焦燥感に苛まれながら顔を上げた。目の前にある自身の姿に、驚きのあまり言葉を失う土方。恐る恐る見下ろした手のひらが奏のものである事実に直面した土方は、気が遠くなるのを感じながらふらついた。状況を飲み込みきれていないながらも、体が入れ替わってしまった事実だけは理解した奏は、咄嗟に伸ばした両手で土方を支えた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねーだろ」
「ですよね」
「お前は何でそんな冷静でいられるんだよ」
「目の前に自分より狼狽えてる人がいたら冷静になるって本当なんだなぁって」
「なんか腹立つなチクショー。つーか静電気で入れ替わるとか何なんだよ、地味すぎんだろ」
「確かに、階段の上から転がり落ちてーとかよりもパッとしないですね。それにしても、この状況どうしたものか……」
「とりあえず、手ェ出せ」

 土方の指示に素直に従った奏は、土方の指先が近付けられると反射的に手を引いた。

「ちょっ……静電気起きたらどうしてくれるんですか」
「アホか、今の俺達にとっては願ったり叶ったりだろ」
「あ、そっか。なんか地味に嫌だなぁ、静電気が起爆剤って」

 宇宙人と少年の友情を描いたハリウッド映画のように人差し指を差し出した土方達は、顔を強張らせながら恐る恐る指先を重ねた。しかし、そう簡単に静電気が発生する訳ではない。思い詰めたような表情を浮かべながら顔を見合わせた二人は、ひとまず落ち着いて話し合おうと副長室へ行く事に。副長室の襖の金具に触れると同時に静電気を食らった奏は、複雑な表情を浮かべる土方の視線に気付かない振りをした。副長室に入り改めて対峙した二人は、困ったような表情を浮かべながら見つめ合った。

「お前、静電気のタイミングおかしいだろ」
「そんなん私に言われても困りますよ」
「それもそうだよな、すまん……つーか、不本意かもしんねーけど「俺」らしい言動で頼むわ」
「土方さんらしい言動というと……目が合った人達を片っ端から粛清していけばいいんですかね」
「いや土方さん「鬼の副長」とは言われてっけどそこまで鬼じゃねーから。それもうただの鬼畜だから」
「じゃあ、こんな感じですかね」

 投げやりな様子でそう言い放った奏は、取り出した二本の煙草を鼻の穴にそれぞれ押し込んだ。額に青筋を立てながら身を乗り出し、力任せに奥まで押し込んだ煙草を一思いに引き抜く土方。両方の穴から鼻血を噴き出した奏は、血まみれになった口元を泣きながら拭った。

「土方さんこそ、「私」らしい言動してくださいよ。あぐらかいてると着崩れちゃうし、私そんな言葉遣いじゃないですし」
「わーったよ。やりゃいいんだろ、やってやるよ」

 ぶっきらぼうな物言いをしながら立ち上がった土方は、乱れた裾を整えると奏が乗り移ったかのように女性らしい仕草で腰を下ろした。小さく息を吐きながら後れ毛を耳に掛ける土方の動作に、奏は得体の知れない動悸を感じながら胸を押さえる。動揺を隠せずにいる奏を面白がるように再び身を乗り出した土方は、至近距離で挑発的な笑みを浮かべながら口を開いた。

「どうしました、土方さん。顔が赤いですよ?」
「や、やめてくださいよ土方さん。な、何か心臓が変になって……」
「それが俗に言う「ムラムラしてる」っつーやつだ」
「はっ?え?てことは、土方さんは私に対して常日頃からムラムラしてるんですか?」
「好きな女相手にムラムラしねー方が難しいわ」
「前々からよく目が合うなぁとは感じてたけど、まさか私のこと好いてくださってたとは思わなかったです」
「逆にどう思われてると思ってたんだよ」

 溜め息混じりに元いた場所へ戻った土方は、あぐらをかきながら頭をかきむしった。

「そりゃ「朝比奈の奴またやらかしやがって」みたいに思ってるんだろうなって……ていうか、この状況で告白しちゃうんですね」
「入れ替わってもムラムラするとか、もはや体に染み込んじまってるレベルだからな。まして本人にバレちまったら隠し続ける意味ねーし」
「土方さんの潔いところ、あー……アレですよ」
「アレって何だよ」
「…………内緒です」
「お前それ本来の姿で言ったら可愛いけど、「俺」の状態で言われても気持ち悪ィだけだからな」
「そんな殺生な……ていうか、土方さん落ち着きすぎじゃありません?」
「解決方法、思い付いたからな」
「ほんとですか?」
「ああ。陰陽師に頼めば一発なんじゃねーかなって思ってよ。天に召された魂降臨させられんだから、俺達の中身取り出して入れ替える事くらい訳ねーだろ」
「さすが土方さん。さっそく行きますか」
「その行動力、尊敬するわ」

 互いに褒め合いながら立ち上がった二人は、陰陽師こと結野晴明のもとを目指して屯所を出発した。屯所から歩いて二十分、結野家に辿り着いた二人は荘厳な空気を醸し出している門を無言でくぐり抜けた。
 一時間後──結野家を後にした土方と奏は、どちらからともなく立ち止まりながら顔を見合わせた。

「戻ったな」
「戻りましたね」
「帰るか」
「そうですね」

 土方の言葉に頷いた奏は、前を向きながら歩き出した。物静かな夜道に、街灯の淡い光を頼りに歩く二人の足音が響く。

「土方さん、気付いてますよね?」
「何の話だ?」
「しらばっくれないでください。土方さんのムラムラを私が感じたように、私のドキドキも土方さんに伝わってたでしょ?」
「察しが良いな」
「何かずるーい」
「しょーがねーだろ。赤面してる自分のツラ目の前に、んなこと言えねーよ」

 バツが悪そうにそう呟いた土方は、平静を装いながら手を伸ばした。あと数ミリで互いの手が重なるところで、何の前触れもなく発生した静電気が二人の指先に直撃する。手を取り合いながら転倒を防いだ二人は、再び入れ替わってしまった事に気付くと破顔一笑し、やがて青ざめた。

「ああああああ!!!」

 うるせーぞ!!──二人の悲鳴に重なるように、どこぞの民家の親父の怒号が響き渡った。追い打ちをかけるように、犬の鳴き声が空気を震わせる。目を瞬かせながら顔を見合わせた二人は、喧騒から逃げるように結野家へ向かって走り出した。










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