浜田ー、アウトー──自室で布団に潜り込んだ朝比奈奏は、年末恒例のとあるテレビ番組の音声と、それを観つつ爆笑する隊士達の賑やかな笑い声を聞きながら目を閉じた。こうして年越しのカウントダウンを待たずして眠りに就いた奏が目を覚ましたのは、草木も酔っ払い達も死んだように寝静まる丑三つ時。おもむろに起き上がった奏は、あくびをしながら厠へ向かって歩き出した。
 用を足した奏は、冷たい水に身震いしながら手洗いを済ませ、厠を後にする。底冷えするような寒さに身を縮こませ、壁を手で探りながら暗い廊下をひた歩く奏。曲がり角の先に伸ばした手を大きな手のひらで包み込まれた瞬間、奏は情けない悲鳴を上げながら腰を抜かした。

「うわあああ、ごめんなさいごめんなさい!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!水金地火木土天海冥!」
「最後のは関係ねーと思う」
「その声……土方さんですか?あけましておめでとうございます」
「そうです、私が土方さんです。あけましておめでとうございます」
「うっわ、酒くさ。ふつつか者ですが、これからも末永くよろしくお願いします」
「奏てめー、上司様に向かって「酒くさ」とは何だ。減給の刑に処すぞ。つーか、女みてェな悲鳴上げながら腰抜かしてんじゃねーよ。こちらこそよろしくお願いします」
「いや女みてェっていうか、正真正銘女ですし。それに、土方さんだって腰抜かしてんじゃないですか」

 面倒くさそうな表情を浮かべながら立ち上がった奏は、腰を抜かしたまま身動きがとれずにいる土方に手を差し伸べた。余計なお世話だよ──呂律の回らない口調でそんな悪態をつきながらも、自力で立ち上がる事すらままならない土方。肩を貸しながら土方を立ち上がらせた奏は、彼の自室へ向かって歩き出した。

「おい」
「はい?」
「どこ行くつもりだ」
「どこって、土方さんの部屋ですけど」
「ぶっ殺されてェのか」
「その犯行動機は余りにも理不尽ではないでしょうか」
「なら、出せ」
「と、言いますと?」
「車に決まってんだろ。初日の出、見に行くぞ」
「初日の出どころか、二度と日の目を見せてやりたくなくなる横暴さだなぁ」

 上司に対する口答えとしては、いささか毒気の強い暴言を吐きながらも、足元の覚束ない土方を支えながら玄関に向かって歩き出す奏。自家用車の助手席に土方を乗せた奏は、運転席に乗り込むと半ば眠りかけている彼のシートベルトをセットした。

「お前、いい匂いするな」
「パワハラの次はセクハラですか。あ、車の中で吐いたら打ち首にしますからね」
「返り討ちにしてやるよ。そういや奏、新人の頃よく吐いてたよな」
「あえて今そこ掘り下げます?」
「人がせっかく奏用の鍛錬メニュー考えたっつーのに、「他の人らと同じで大丈夫です」とか言ってよ。結局、最初の半年間ほぼ毎日ゲーゲー吐いてたじゃねーか」
「そんなこともありましたね」
「つーか、頑張りすぎなんだよお前は。ゲロは吐いても弱音は吐かねーし、雑用押し付けられても嫌な顔ひとつしねーし、常に視野広げて俺らが動きやすいように要領良く立ち回りやがるし」
「……土方さんって、何だかんだ見てくださってたんですね」
「あ?んなもん当たり前だ、ろ……」

 ぶっきらぼうに言葉を紡ぎながら運転席を見やった土方は、奏の目からこぼれ落ちる大粒の涙に気付くと慌てて車を停止させるよう促した。土方の指示を素直に受け入れ、コンビニの駐車場に車を停めた奏は、涙を拭いながらサイドブレーキを引く。両手で抱えた膝に顔を埋めながら再び泣き出す奏に動揺した土方は、コンビニで彼女が好きそうなお菓子と温かい飲み物を買い込んできた。

「悪かった、新年早々車出させちまって」
「…………はい?え?土方さんは、私が泣いてるのは運転したくないがためと思ってるんですか?」
「違うのか?」
「泣くほど嫌だったら、そもそも最初から断ってますよ」
「じゃあ何で泣いてんだよ」
「……不安だったんです。私、ちゃんと頑張れてるのかなって。
腕力にしても剣術にしても、皆さんと比べ物にならないのは目に見えて明らかじゃないですか。かといって、真選組の知の部分を司るほど頭も良くないですし。
ないない尽くしなりに考えた結果、何事からも逃げないようにしようと思ったんです。それがちゃんと土方さんに伝わってたと思ったら、なんか泣けてきちゃって」
「お前、態度はでけェけど意外と気はちっせーのな」
「今の感動、返品していいですか?」
「悪ィな、返品交換不可だ」
「悪徳商法にもほどがある」
「つーか、奏みてェな奴ァどんな組織にも一人は必要だと思うけどな」

 ホットコーヒーを一口飲んだ土方は、再び泣き出した奏の頭をぎこちなくそっと撫でた。
 半刻後。ひとしきり泣き続け、落ち着きを取り戻した奏は、ハンドルを握り締めながらアクセルを踏み込んだ。

「初日の出って、どこで見るんですか?」
「任せる」
「言い出しっぺが無計画とか、腹立つんですけど」
「とか言いつつ良いとこ知ってんだろ?」
「んなもん当たり前じゃないですか」

 どちらからともなく目を合わせた二人は、不敵な笑みを浮かべながらハイタッチを交わした。スピーカーから流れる音楽に合わせ、軽快な口笛を奏でながらハンドルを切る奏。
 二人を乗せた車が辿り着いたのは、どことなくもの寂しさを感じさせる海辺に隣接したコインパーキング。サイドブレーキをかけ背筋を伸ばす奏を見やる土方の瞳には、怒りともとれる鋭い光が宿っていた。

「間に合ったー」
「間に合ったー、じゃねェよ。ここどこだよ」
「海ですけど、文句があるっていうなら土方さんにとっては三途の川にもなり得ますよ」

 そう言いながら後部座席に手を伸ばした奏は、シートの下から取り出した長靴に履き替えると、厚手の羽織の袖に手を通しつつ運転席のドアを開けた。車から飛び降りた奏は、ドアを閉めることさえ忘れながら海へ向かって一目散に走り出す。溜め息交じりに外へ出た土方は、懐から取り出した煙草を一本咥えながら運転席のドアを閉めた。全速力で波打ち際に突っ込んでいった奏だったものの、どうしたわけか肩を落としながら土方の隣へ戻ってきた。

「どうした?」

 神妙な面持ちで首を横に振った奏は、無言で土方の肩に手を置きながら片足立ちになった。おもむろに脱いだ長靴を傾け、流れ出る海水を見つめながら深い溜め息をつく奏。そんな奏のテンションの落差に噴き出した土方は、比較的きれいな流木に彼女を座らせると、海の程近くにひっそりと佇む自動販売機で温かいコーンスープとココアを購入した。

「ほら。どっちか選べよ」
「どっちも」
「どっちかっつってんだろうが」
「冗談でしょう?」
「冗談だと思う理由を言え。内容によっちゃ沈める」
「甘いものの後にはしょっぱいもの、しょっぱいものの後には甘いものを口にしたくなっちゃうじゃないですか」
「理由としてはふざけてんのに理解できちまう俺がいる」
「ていうか、ココアもコーンスープも土方さんに似合わんし」
「はい粛清決定。辞世の句は何だ?」

 そう言いながら奏を抱きかかえた土方は、脇目も振らずに海へ向かって歩き出した。おもむろに土方の胸倉を掴みながら、半ば強引に唇を重ね合わせる奏。普段は部下として接している恋人の唐突な愛情表現に驚いた土方は、ぎこちなく踵を返すと先程の流木のもとへ戻ってきた。

「粛清は?」
「延期だ」
「いつまで?」
「来世かな」

 土方らしからぬ優しい口調に不意打ちを食らった奏は、水平線の向こうから顔を覗かせた太陽の光に目が眩んだふりをしながらわざとらしく足元をふらつかせた。あまりのわざとらしさに噴き出しながらも、しっかりと抱きとめた奏に口付けを落とす土方。どちらからともなく唇を離し、至近距離で見つめ合う二人の横顔を、昇り始めた太陽の光が惜しげもなく照らしていた。










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