昼過ぎに降り出した雨は、日付をまたいでもなおしとしとと降り続いていた。職場の飲み会で浴びるように飲んだ奏だったものの、降りしきる冷たい雨に体温を奪われ、酔いはほとんど覚めてしまっている。傘を持って出勤しなかった自分に対し、心の中で呪詛を唱えながら歩いていた奏の視界の端で、ごみ捨て場に置かれている幾重にも重なった大きなネットが微かにうごめいた。首を傾げながら、ごみ捨て場に歩み寄る奏。恐る恐る掴んだネットを一気に捲り上げた奏の眼前に、目にも留まらぬ速さで刀の切っ先が突き付けられた。ごみ捨て場のネットで身を隠す事で真選組の追跡をやり過ごしていた高杉晋助は、素性の知れない妨害者である奏を殺意に満ちた眼差しで睨み付ける。奏が両手を上げた事で刀を下ろした高杉は、やはり彼女を睨み付けたまま口を開いた。

「何者だ、テメェ」
「朝比奈奏……通りすがりの酔っ払いです」

 真顔で冗談めいた自己紹介をする奏に、高杉は、思いがけず条件反射で噴き出した。

「あ、笑った」
「あ?ぶっ殺すぞ」
「嘘です、ごめんなさい……あれ?」

 再び向けられた殺意に後退りした奏は、高杉の肩が斬りつけられている事に気付いた。刹那、遠くの方から聴こえてきたサイレンの音が二人の間に緊張感を走らせる。時間にすればわずか数秒間ではあるものの、悩みに悩み抜いた奏は勢い良く高杉に手を差し出した。

「こんな所にいても、いずれ見つかっちゃうよ。私んちなら、少しは安全だと思う」
「正気か?」
「言ったでしょ、酔っ払いだって」
「違ェねーな」

 自嘲気味に笑った奏は、重ねられた手を握り締めながら高杉を立ち上がらせた。地元民しかわからないような入り組んだ路地を選び、出来る限り真選組との遭遇を避けながら自宅を目指す奏。いつの間にか雨は止み、二人が小一時間かけて奏の自宅である平屋建ての一軒家に到着した頃には星空が広がっていた。雨に濡れた状態で歩き回らされ、あからさまに不機嫌な高杉。帰宅した主を出迎えようと居室から顔を覗かせた黒猫の「寅次郎」は、余所者である高杉に気付くと警戒しながら身構えた。

「ただいま、寅さん」

 高杉と奏が下足を脱いでいる間に廊下の奥へ逃げた寅次郎は、居室に入っていく二人を静かに見守っていた。こたつに入るよう高杉を促した奏は、居室に隣接している部屋で祖父が生前使っていた甚平を漁り始める。藍色の甚平と救急箱を抱えながら居室に戻ってきた奏は、高杉の着流しに手を掛け、肩口をはだけさせた。間髪入れずに消毒液が噴射され、締め付けるような痛みに顔をしかめる高杉。皮膚にこびり付いた血を丁寧に拭き取った奏は、軟膏を塗った傷口にガーゼを被せ、手際良く包帯を巻き付けた。

「はい、完了」
「礼は言わねェぞ」
「はいはい。お風呂入ってくるから、着替えてお茶でも飲みながら暖まってて」

 慣れた手付きで茶を淹れた奏は、湯呑みとどら焼きを高杉の前に置き、居室を後にした。渋々甚平に着替えた高杉は、妙な安心感を覚えながらどら焼きにかじり付く。しばらくして風呂上がりの奏が戻ってきた頃、高杉は寝転がりながら天井を見上げていた。

「落ち着いた?」
「……ああ」
「そっか、良かった」
「なあ」
「ん?」
「俺の事、何で助けた?」
「怪我人とか、放っておけないタチなんだよね。それがたとえ、指名手配されてる過激派攘夷徒党の盟主だとしても」
「変わってんな、お前」
「褒め言葉として受け取っとくわ。ていうか、そろそろ寝るね。この部屋、良かったら使って」

 高杉と会話しながら隣室に布団を敷いた奏は、奥の部屋へと繋がる襖を開いた。台所から居室に飛び込んできた寅次郎は、高杉には目もくれず奥の部屋へと駆け抜けていった。

「私の部屋こっちだから、何かあったら声掛けて」
「おー」
「おやすみ」
「良い夢見ろよ」
「お前もな」

 舌打ちをしながら起き上がった高杉は、そこはかとない殺気をまといなかまら奏を睨み付けた。命の危険を感じ、そそくさと襖を閉める奏。足元に擦り寄る寅次郎の頭を撫でる奏は、どこか楽しげな表情を浮かべていた。


続く






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