桂先輩は真面目である。どの程度かと言うと、「クソ」という単語を付けても過言ではないほどの真面目さだ。事実、付き合い始めて三カ月、キスはおろか手すら握らない有様。ああ、せめて手を繋ぎたい。
 帰り道、そんな事を考えながら、隣を歩く桂先輩の横顔を見上げる。ああ、そっか──桂先輩の横顔のその先に、ふと答えを見つけた気がした。待っているだけではダメなんだ、と。不意にこっちを向いた桂先輩の表情が付き合い始めの頃より幾分柔らかくなっている事に、今更になって気が付いた。

「どうした?」
「手、を、繋ぎたいです」

 我ながら、恥ずかしいほどぎこちなくて滑稽な物言いをしてしまった。世界で一番好きな人とどうしたいか──それを本人に伝えるというのは、想像を絶するほど難しかった。

「手を…………何だって?」
「だ、だから、桂先輩と手を繋ぎたいって言ってるんです」
「手を繋ぎたいだと!?何て破廉恥な!!」
「はァ!?」

 手を繋ぐ事が破廉恥だとのたまう桂先輩の純粋さに、今まで隠してきた素が思わず出てしまった。

「その三手くらい先の事に誘って「破廉恥」って言われるのはわかりますけど、さすがに手を繋ぐ事は破廉恥なんかじゃないと思います」
「三手先?手を繋いだ、その次手は……ハグか。ハグの次は、キ、キス。からの、三手目は…………ととと、とんでもなく破廉恥な事ではないか!」
「破廉恥の何がいけないんですか?ほんとは私、桂先輩ととんでもなく破廉恥なことしたいんです。心だけじゃなくて、体も桂先輩のものにしてほしいんです」
「そんなもん、俺だってしたいに決まってるだろう。何なら、めちゃくちゃになるまで抱いてやりたいとさえ思っている。だがな、それ以上に奏を幸せにしたいんだ。奏と幸せになりたいんだ。そのために俺がやるべき事は、目先の快楽に溺れる事なんかじゃない。良い大学に進学し、良い企業に就職し、爺さん婆さんになっても奏と笑い合っていられる未来を迎えるための土台作りをしなければならない。
あー……しかし、だな。俺も男だ。正直、夫婦になるまでそういう事をしないと言い切れる自信はない。だからその、何というかだな……奏が高校を卒業し、俺が二十歳の誕生日を迎えたら、その……」

 初めて知った桂先輩の本心は、今までに感じた事のないほど大きな幸福感を私に与えてくれた。
 桂先輩の口から全てが紡がれなくとも、十分なほど伝わってくる。その先の、ちょっと恥ずかしいけれど、とてつもなく嬉しい言葉。山よりも高く、海よりも深い優しさ。
 好きという気持ちの中に芽生えた、愛おしさのかけら。今はまだ小さなそのかけらをなくさないように、桂先輩の手を握り締めた。










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