江戸が記録的な大雪に見舞われた、ある冬の日。空腹をこじらせた坂田銀時は、寺田家の墓により掛かりながら供え物のまんじゅうを貪り食べていた。攘夷戦争が終結を迎えて以来あてもなく彷徨い歩いていた坂田の瞳には、一欠片の生気も宿っていない。墓前でしゃがみ込むお登勢と取り留めもない会話を紡ぎつつ二つ目のまんじゅうを食べ終えた坂田の耳に、雪を踏む足音が届いた。

「お登勢さーん。足元悪いんだから、一人でさっさと行かないでくださいよ」
「ババア扱いすんじゃないよ、小娘が。アンタだって、半世紀後もしない内に立派なババアになってるんだからね」
「半世紀かー、長いなぁ。お参りは済みました?」

 お登勢の小言を笑顔で受け流した奏は、寺田家の墓の前で立ち止まりながら傘を差し出した。おもむろに立ち上がったお登勢は、懐から取り出した煙草を咥えながら墓石の反対側を覗き込む。それに倣うように墓石の反対側を覗き込んだ奏は、坂田の存在に気付くと小さな悲鳴を上げながらお登勢に抱き付いた。

「ひっ……お登勢さん誰ですか、この人」
「さぁねェ。ほら、アンタも行くよ小僧」
「まさかのお持ち帰りですか。お登勢さんもなかなか隅に置けないですね」
「何を馬鹿なこと言ってんだい」

 へへっ、と冗談めかした奏はお登勢に傘を預け、墓石の反対側に回り込んだ。差し出された奏の手を払い除けながら立ち上がった坂田は、覚束ない足取りで歩き出した。

「勝手に話進めてんじゃねーよ、クソアマ共。俺に構うんじゃねェ」
「……ババアの厚意には黙って甘えときな、クソガキ」

 悪態をつく坂田に向かってそう吐き捨てたお登勢は、紫煙を燻らせながら歩き出した。坂田の反応に臆することなく、再び手を差し出す奏。そこはかとなく遠慮がちに手のひらが重ねられた瞬間、奏は満面の笑みを浮かべながら坂田の手を引いた。刹那、坂田の瞳に宿ったのは──。
 あの雪の日から、十年余り。現実世界で酔い潰れていた坂田は、小さく唸りながら夢から覚めた。スナックお登勢の小さな窓から、まばゆい朝陽が射し込んでいる。お登勢の代わりに閉店作業を行っていた奏は、カウンターで酔い潰れていた坂田が目覚めたことに気付くと、柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「おはよう」
「おー……」

 気だるそうに顔を上げた坂田は、微笑む奏と目が合った瞬間、照れくさそうに再び突っ伏した。

「……人の気も知らねェで」
「知ってるよ」
「あ?」
「銀時の気持ち、知ってるよ」

 弾かれたように顔を上げた坂田は、いたずらっ子のような笑みを浮かべる奏を睨み付けながら舌打ちをした。

「何を知ってるっつーんだよ」
「銀時が私を好きなこと」
「奏お前、何言って……」
「誤魔化しても無駄無駄。好きな人の好きな人くらい、お見通しだよ」
「は?え、何、お前、俺のこと好きなの?」
「うん、好き」
「ふ、ふーん。へー。そうなんだー。なかなか見る目あんじゃねーか」
「私もそう思う」
「あー、その……せっかくだし、キスでもしとくか?」
「今はやだ。銀時、お酒臭いから」

 困ったように笑いながらそう言った奏は、あからさまに不貞腐れる坂田の前に冷水を置いた。それを一気に飲み干した坂田は、椅子を倒しながら勢い良く立ち上がる。おもむろに奏の頬を両手で挟み込んだ坂田は、悪戯な笑みを浮かべながら身を乗り出した。










back/Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -