攘夷浪士・桂小太郎を捕縛するという任務を成し遂げる事が出来なかった朝比奈奏は、うつむきながら真選組屯所へ戻ってきた。溜め息をつきながら渡り廊下を歩く奏の目に飛び込んできたのは、中庭の片隅で身を寄せ合うように咲く花菖蒲たち。満開期を過ぎた花菖蒲たちの根元には、散り始めた花弁が数枚落ちている。渡り廊下の反対側から歩いてくる土方十四郎に気付いた奏は、いたたまれなさそうに目を背けながら立ち止まった。

「お、お疲れ様です」
「お疲れ。どうした、冴えねェ面して」
「……すみません。桂を取り逃がしてしまいました」

 弱々しい光が宿った瞳で土方を見上げながらぽつりぽつりと言葉を紡いだ奏は、沈痛な面持ちで頭を下げた。力無く項垂れる奏を見つめていた土方は、溜め息を含んだ紫煙を吐き出しながら彼女の頭をそっと撫でた。

「気にすんな」
「え、怖っ……土方さんが優しい」
「あ?土方さんはいつも優しいだろうが」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
「お前ほんと生意気な」

 ぎこちなく顔を上げた奏は、強烈なデコピンを食らわされながらも屈託のない笑顔を浮かべた。しばし笑い合っていた土方と奏の耳に、かさり、花菖蒲の花弁が地面に落ちた音が届く。中庭の片隅でひっそりと散っていく花菖蒲を見やった奏の寂しげな横顔を、土方は見逃さなかった。

「枯れない花があったらいいのに」
「んなもん、あるわけねーだろ」
「わかってますよ、そんな事。わかってますけど、やっぱりちょっと寂しいです」
「くだらねーな」
「可愛い部下の儚い気持ちを「くだらねー」って……」
「可愛い?」
「すみません」
「どこに可愛い部下がいるっつーんだよ」
「すみません」

 容赦ない詰問にわざとらしく目を逸らす奏。奏の反応に呆れたような、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべる土方。唇に咥えた煙草を深く吸い込んだ土方は、遠くを見つめながら口を開いた。

「枯れても地面に種を落として、それが双葉になっていずれまた花咲かせんだろうが」
「……土方さんってそんなキャラでしたっけ」
「何だ?惚れちまったか?」
「はい、更に惚れてしまいました」
「は?」
「はい?」
「……あ?」

 素っ頓狂な声を発する土方を、奏は首を傾げながら澄んだ瞳で見上げた。

「てっきり、気付いてるかと」
「は?え?何に?」
「私が土方さんをお慕い申し上げている事に、です」
「お前が、俺を……何だって?」
「率直に申し上げますと、好きって事です」
「ふーん。へー。さ、仕事戻るか」
「さすがにその反応はどうかと思います」
「土方さんは忙しいんだよ」
「そういうとこも好きなんですけどね」
「あー忙しい忙しい」

 無骨な反応に頬を膨らませた奏は、背中を向けた土方の耳がほのかに赤く染まっている事に気付いた刹那、赤面しながら満面の笑みを咲かせた。かさり、再び二人の耳に届いた花弁の散る音は、そこはかとなく優しかった。










back/Top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -