江戸へ向かう飛行型戦艦の中、奏は負傷者達の手当てに勤しんでいた。出来る限りの応急処置を一通り終え、休む事なく温かい緑茶を配り歩く奏。忙しなく動き回っている奏を眺める桂小太郎の元へ、頭に包帯を巻かれた土方十四郎が紫煙を燻らせながらやって来た。

「よく働くな、お前の女」
「別に、奏と俺は……その、あれだ……男女の仲だとか、そういう関係ではない。勘違いするな」
「何しどろもどろになってんだよ。童貞か、テメーは」
「童貞じゃない、桂だ」
「いや意味わかんねーよ。つーか、さっきの乳繰り合いは紛う事なく男女の仲のそれだったぞ」
「覗き見してたのか。硬派と見せかけて、随分とまあ下衆な趣味の持ち主だな」
「勘違いすんな、外眺めてた俺の視界にお前らが入り込んできただけだ。で、実際どうなんだ?」
「どうもこうもない。俺のような攘夷浪士なんぞより、奏を幸せにしてやれる男はたくさんいるさ」

 桂の弱音を一蹴するように鼻で笑った土方は、負傷者を介抱する奏を眺めながら紫煙を吐き出した。

「惚れた女にゃ幸せになってほしいってか」
「ああ、そうだ。何かおかしいか?」
「いや、すまん。そうじゃねーんだ。何つーか、こう……似たような経験あったなーって思ってよ」
「後悔してるのか?」
「してねーっつったら嘘になるな。後悔したところで、相手が戻ってくる訳でもねーけど。俺に出来んのは、このわだかまり抱えつつ前に進む事だけよ」
「……そうか」

 そう呟いた桂は、物思いに耽りながら奏の横顔を見つめた。桂と土方の話題になっている事など露知らず、朗らかな表情を浮かべながら負傷者達と談笑する奏。悩ましげな表情を浮かべる桂に一握の苛立ちを覚えた土方は、舌打ちしながら彼の背中を引っ叩いた。

「痛っ。貴様、傷口が開いたらどうしてくれるんだ」
「人の古傷えぐったテメーには、お誂え向きだろうが。俺と同じ思いしたくなきゃ、デートにでも誘ってこいよ」
「無理無理無理無理。何言ってんの、土方君。断られでもしてみろ、俺はもう二度と立ち直れん」
「ヘタレかよ」
「ヘタレじゃない、桂だ」
「仕方ねェ、この俺が断られにくくなる誘い方ってもんを教えてやる」
「なに!?ちょっと待て、メモるから」

 懐や袖口をまさぐりながら紙を探す桂に対し、土方は呆れたように溜め息をついた。

「お前やっぱ童貞だろ」
「童貞じゃない、桂だ」
「はいはい、わかったわかった」
「して、断られにくくなる誘い方とは?」
「別に、メモるほど難しい事じゃねーよ。あえて一回目はハードル高い行き先を提案して、二回目で普通のデートスポットに誘うんだ。例えば、一回目は温泉で二回目は映画とかな。大抵、一回目の誘いは断られる」
「駄目じゃないか!」
「相手の話は最後まで聞けよ。早漏か、テメーは」
「早漏じゃない、桂だ。むしろどちらかと言えば遅漏気味だ」
「お前の性事情とか人生最大の無駄知識だわ。話し戻すぞ。例えば、温泉に誘って断られたとする。そしたら、間髪入れず映画に誘うんだ。そうすれば、相手は一回目を断った罪悪感から二回目を高確率でOKする」
「なるほど、奏の優しい性格に漬け込めばいいんだな」
「あながち間違っちゃいねェけど、もっと他に言い方あんだろ」
「ただの野暮ったい幕府の犬かと思いきや、意外にも手慣れてるんだな」
「貶すか褒めるか、どっちかにしろよ」
「よし、善は急げだ。行ってくる」

 ありがとな──土方に礼を告げながら勢い良く立ち上がった桂は、脇目も振らず奏に歩み寄った。一直線に歩み寄ってくる桂に気付いた奏は、照れくさそうにはにかみながら立ち上がる。前髪を指で弄びつつ照れ隠しをする奏の前に手を差し出した桂は、頭を下げながら口を開いた。

「奏。俺と一緒に、温泉へ行かないか」
「うん、行く」

 大きく頷いた奏は、満面の笑みを浮かべながら桂と握手を交わした。周囲が騒然とする中、奏の手を引きながら土方に歩み寄る桂。悪戯な笑みを浮かべながら桂と奏を交互に見やった土方は、「ごっそーさん」と言いたげに紫煙を吐き出した。

「話が違うではないか!」
「いや意味わかんねーよ。過程は違えど最良の結果なのに、何でクレーム言われにゃなんねーんだよ」
「はっ……俺とした事が、予想外の展開すぎて我を見失ってしまった」
「はっ……じゃねーよ。お前が我を見失ってんのはいつもの事だろうが」
「お戯れ中ごめんね、ちょっといいかな」
「戯れてなどいない」
「戯れてる訳ねーだろ」

 同じタイミングで奏にツッコミを入れた桂と土方は、やはり同時に舌打ちをしながら顔を背けた。

「私、江戸に着いたら辰馬さんの所に戻ろうと思って」
「坂本の所に?」
「うん。戦ってる桂を見て、私も戦わなきゃって思ったんだ」
「奏お前、自分が何を言っているかわかってるのか?」
「我ながら、正気の沙汰じゃないって思うよ。もちろん、桂と肩を並べて戦うなんて到底不可能って事もわかってる。一線で戦おうなんて思ってない。私に務まるのは、救護班とか食糧配給係くらいしかない思う。だから、医務室や食堂がある辰馬さんのところに戻って私なりにベストを尽くそうと思って」
「次の戦いは、きっと今回の比じゃないほど過酷だぞ」
「それも覚悟してる」

 透き通るような瞳で桂を見つめ返した奏は、凛とした声でそう答えながら力強く頷いた。真剣な眼差しで互いの瞳を見つめ合う、桂と奏。何度か深呼吸を繰り返した桂は、憂いを帯びた表情を浮かべながら奏を抱き寄せる。おもむろに立ち上がった土方は、何事もなかったかのように紫煙を燻らせながら去っていった。

「行くなと言っても、行くのだろう」
「……うん」
「奏が奏なりのベストを尽くすと言うのなら、俺も俺なりのベストを尽くす。俺にとって何より大事なのは、奏を護る事だ。万に一つでも危険に晒されるような事があれば、俺は必ずお前のもとへ駆け付ける。だから安心して戦え」

 たくましい胸に顔を埋めながら幾度となく頷いた奏は、半ば縋り付くかのように桂の背中に腕を回した。互いの体温を確かめ合うように、ただひたすら身体を密着させる二人。攘夷浪士と一般庶民──決して交わる事のない道を歩んできた桂と奏は、いつしか同じ方向を見つめながら同じ大地を踏みしめていた。



続く






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