幕府の要人の息女である奏と土方が初めて出会ったのは、真選組が発足されてから間もない頃だった。息女と言えば聞こえは良いものの、当時の奏は従者の手に負えないほど型破りな少女だった。何人もの従者が白旗を掲げた奏の護衛を任されたのが、その名が巷に知れ渡る前の土方十四郎。同年代という事もあり、土方と奏は長い年月を経て腐れ縁のような関係を築き上げてきた。
 ある春先の夜、残業を終えた奏は溜め息をつきながら自宅近くの最寄り駅に降り立った。改札の前に佇んでいる土方に気付いた奏は、満面の笑みを浮かべながら手を振った。

「土方じゃん。どしたの、こんな所で」
「暇なんで、たまには護衛でもしようかと」
「護衛って暇潰しでするもんだっけ」
「少なくとも、奏様の護衛しててつまんねェと感じた事はありませんよ」
「それはどうも」

 苦笑いを浮かべる奏の半歩後ろを歩き出した土方は、微かに口許を緩ませながら彼女の後ろ姿を眺めていた。とりとめもない会話を紡ぎながら夜道を歩いていた二人は、どちらからともなく足を止め、街灯に照らされた満開の桜を見上げた。

「そういえば、この木に登った事あったよね」
「あー……」

 肩を並べながら桜を見上げる二人の脳裏に、在りし日の記憶が蘇った。出会って間もない頃、同じように満開だった桜の木の前で、木登りをしたいと主張する奏とそれを阻止したい土方は熾烈な言い争いを繰り広げていた。諦めて家路に就いたと見せかけて踵を返した奏は、軽い身のこなしで桜の木に登った。

「ふざけんのも大概に……」
「ねぇ見て、土方。すごい綺麗」

 枝にまたがり桜に手を伸ばす奏の笑顔は、容易に土方を黙らせた。刹那、従者でも護衛対象でもない、ごくごく普通の少年少女がそこにいた。
 至近距離での花見を満喫した奏が地上に降り立った瞬間、我に返った土方は衝動的に彼女に平手打ちをした。いくら奏が悪いとは言え、護衛対象に手を上げてしまった以上、切腹は免れない。しかし、待てど暮らせど土方に処罰が下される事はなかった。
 当時の事を思い返していた土方は、そこはかとなく寂しげな笑みを浮かべながら桜を見上げる奏の横顔に視線を移した。

「あの時、何で木登りなんかしたんですか」
「近くで見たら、もっと綺麗かなって思って」
「……あの時、何で俺が引っ叩いたこと誰にも言わなかったんですか」
「引っ叩かれても仕方ない事しちゃったのは確かだし……ねえ?」

 ばつが悪そうな笑みを浮かべた奏は、背筋を伸ばしながら歩き出した。等間隔に設置された街灯が、二人の影を伸び縮みさせる。

「ねぇ、土方」
「何すか」
「こないだ、お見合いの話持ち掛けられたんだよね」
「……へー。それじゃあ、俺ァいよいよ御役御免ですね」
「いや、丁重にお断りした」
「正気っすか」
「お見合いとか興味ない。それに私、土方の事が……」

 伏せていた顔を上げた土方は、核心に迫らんとする言葉を遮るように奏の腕を捕まえた。驚きながら振り向いた奏の髪の毛を手に取り、慈しむように唇を寄せる土方。思慕の意を表す髪の毛への口付けに、奏は唇を噛み締めながら顔を伏せた。

「俺はただ、奏様の幸せを願っ……」

 歯を食いしばりながら渾身の頭突きを見舞った奏は、額に走る激痛に顔を歪ませた。驚きと痛みで目を白黒させている土方の胸倉に掴みかかった奏は、大きな目に涙を溜めながら彼を睨み付けた。

「土方の傍にいる時が私の一番幸せなの。土方の幸せは、何?」
「俺は……」

 奏の質問に答えるよりも早く、土方は衝動に駆られながら手を伸ばしていた。ぼんやりと立ち尽くす奏を、力強く抱き締める土方。言葉では表しきれない気持ちを受け止めた奏は、満面の笑みを浮かべながら土方の背中に腕を回した。









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