珍しく仕事が捗らず、やっとの思いで帰路に就いた奏は、自宅の最寄り駅に降り立つと溜め息をつきながらパスケースを取り出した。改札を通過した奏は、何を思うわけでもなく、ただぼんやりと構内を見渡す。視界のすみで見覚えのある長髪──もとい普段通りの桂小太郎を捉えた奏は、何も見ていないふりをしながら自宅方面へと歩みを進めた。

「おい、奏。ちょっと待ちなさい。奏っ……奏!」

 慌てて走り出した桂は、颯爽と去っていく奏の後を髪の毛をなびかせながら必死に追いかけた。静まり返る駅前のロータリーに響き渡るほど大きな声で名前を呼ばれ、渋々といった様子で立ち止まる奏。そんな奏の背中に勢い良く激突した桂は、大きくバランスを崩してしまった彼女の肩を反射的に抱き寄せた。反射的に振り向いた奏の視線と、覆い被さるように彼女の肩を抱く桂の視線が、至近距離で交錯する。反発しあう磁石のように勢い良く離れた桂と奏は、互いに顔を背けながらどちらからともなく歩き出した。

「……あ」

 帰り道、ぼんやりと夜空を見上げていた奏は何か思いついたように声を発しながら立ち止まった。数歩先で足を止めた桂は、どこか驚いたような表情を浮かべながら振り向いた。

「どうした?」
「焼き鳥食べたい」
「いいな、焼き鳥」
「よし、行こう」
「今からか?」
「もちろん。嫌?」
「嫌なものか」
「よし、じゃあ今日の夕飯は焼き鳥に決まり!」

 声を弾ませ満面の笑みを浮かべながら歩き出した奏は、自宅から徒歩十分程のところにある焼き鳥屋を訪れた。かぶき町の程近く、入り組んだ路地の一角にその店は佇んでいる。案内されたカウンターに並んで腰を下ろした二人は、手渡されたおしぼりを広げながらメニューを覗き込んだ。

「先に飲み物頼んでおくか」
「私、生」
「相わかった。すいませーん、生とカシスオレンジひとつお願いします」
「はいよ、生とカシオレ一丁ね」

 程なくしてジョッキとグラスを手に現れた店員は、生ビールを桂の前に、カシスオレンジを奏の前に置くと「ごゆっくりどうぞ!」と愛想を振りまきながら去っていった。阿吽の呼吸で生ビールとカシスオレンジを交換した二人は、「お疲れ」と互いに労いの言葉を掛けながら乾杯する。思い思いに頼んだ焼き鳥を頬張りながらたわいない会話をする桂と奏の元に、足元の覚束ない酔っ払い二人組がふらふらとやって来た。

「おーおーおーおー、お熱いねェお二人さん」
「いいのう、いいのう。わしもおりょうちゃんとデートしたいぜよ」
「銀時に坂本じゃないか。酒に酔って他の客に絡むなど、貴様らそれでも侍か」
「んだよ、ヅラかよ」
「ヅラじゃない、桂だ」
「知り合い?」
「ああ。銀髪で死んだ魚のような目をしているもじゃもじゃが村塾時代からの昔馴染み、坂田銀時」
「誰が死んだ魚のような目だ、ぶっ殺すぞヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。で、こっちのサングラスをかけたもじゃもじゃが攘夷戦争で共に戦った坂本辰馬だ」
「どうぞ、お見知り置きを」
「朝比奈奏です。よろしくお願いします。ていうか、桂って友達いるんだね」
「つくね片手に刺さる事言うのやめてくんない?」

 とりとめもない会話を交わしている最中、坂田と坂本はジョッキや焼き鳥を手に元いたテーブルから桂達を挟み込むような形でカウンターへ移動した。酒の匂いを漂わせながら奏の隣に腰を下ろした坂本は、懐から取り出した名刺を奏に差し出す。促されるまま坂本と名刺交換をした奏は、テンポよく繰り広げられる彼らの会話を肴に酒を煽った。

「まさかヅラがいるとはのう。しかも、こがなかわいこちゃんば連れよって」
「ヅラじゃない、桂だ。お前らこそ、二人でいるなんて珍しいじゃないか」
「急遽、地球に帰ってくる事が決まったんじゃ。たまには、かつての友と顔ば合わせんち思うてのう。金時にコンタクト取ったぜよ」
「名前間違えて覚える友なんざいらねーよ」
「え、待って、何で俺にはコンタクトとらないの?俺、かつての友じゃないの?」
「女々しい事言ってんじゃねーよ」
「何だと!?」
「すまんのう、騒がしゅうて」

 不意打ちでそう囁かれた奏は、弾かれたように坂本の方を向いた。過去に思いを馳せながら酒を煽り、とりとめもない口論を繰り広げる桂達に視線を移す坂本。坂本の視線を追った奏は、空になったジョッキをカウンターに置きながら頭を振った。

「ううん、見てて楽しいです。それに、桂の新たな一面が見れて嬉しい」
「呼び方から察するに、おんしら二人はまだ付き合うとらんようじゃのう」
「ま、まだも何も付き合う予定はないですからね」
「ほっぺた真っ赤ぜよ」
「はは、気のせい気のせい」
「わしが思うに、ヅラは奏ちゃんの事ば特別視しゆうぜよ」
「……はは、気のせい気のせい」

 まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた奏は、平静を装いながら二杯目の生ビールを注文した。思いのほか盛り上がった四人が焼き鳥屋を出たのは、草木も寝静まる夜中の三時。坂田や坂本と別れた桂達は、帰り道をのんびりと歩いていた。

「随分と楽しそうに話してたな、坂本と」
「あー……聞こえてた?」
「いや、内容までは聞き取れなかったが……楽しそうな雰囲気が伝わってきた」
「もしかして、ヤキモチ?」

 悪戯な笑みを浮かべながら顔を覗き込む奏を一瞥した桂は、無言で前へ向き直った。いつもなら一言えば二か三は返してくる桂の静かな反応に、一握りの動揺を抱く奏。横顔を覆い隠す髪の毛を退けようと伸ばされた奏の手を遮った桂は、苦しげな表情を浮かべながら口を開いた。

「……奏の言う通り、ヤキモチだ」
「ほんとに?」
「本当だ。坂本と楽しそうに話している奏に、沸々と嫉妬の感情が込み上げた」

 おもむろに奏の方を向いた桂は、ほの暗い街灯の光でもわかるほど赤面しながらばつが悪そうな表情を浮かべた。桂の言葉は決して冗談なんかではない──そう気付いた奏もまた、顔を真っ赤に染めながら桂を見つめ返す。そこはかとなく気まずい沈黙が流れる中、顔を背けながら遠慮がちに手を伸ばす桂。不意に手を握り締められた奏は、目を白黒させながら前へ向き直った。

「桂、さん?これは、いったい……」
「手が滑っただけだ」
「そっか、手が滑っただけかー。そうだよね。人間たるもの、手が滑る時もあるよねぇ。人間だもの、うん」
「……嫌だったら、振り解いてもらって構わん」
「あ、そうなの?じゃあ……」

 桂の手を握り返した奏は、照れくささを誤魔化すかのように平静を装いながら星空を見上げた。目を見開きながら奏を見やり、彼女の視線を辿るように夜空を見上げる桂。遠回り、したいな──そう呟く奏に同意の気持ちを伝えるかのように指を絡ませた桂は、歩調を緩ませながら朝比奈家の手前の十字路を左に曲がった。



続く






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