出勤前に行きつけの甘味処を訪れた志村妙は、店先に置かれている椅子に座りながらわらび餅を頬張っていた。妙が三つ目のわらび餅を口に運んだ刹那、偶然を装った近藤勲が砂埃を舞い上がらせながら甘味処の前に飛び込む。衝撃音を聞き付け慌てて外へ飛び出した甘味処の店員・朝比奈奏の目に飛び込んだのは、わらび餅を台無しにした近藤をしばき倒す妙の後ろ姿だった。

「ぐっ……偶然ですねェ、お妙さん!」
「ゴリラストーカーが足元に突っ込んでくる偶然なんて、あってたまるかボケェェ!」
「まあまあ、お妙ちゃん落ち着いて。新しいわらび餅、持ってくるね」

 慣れた様子で妙と近藤の仲裁に入った奏は、すぐさま用意した新たなわらび餅を妙に手渡した。砂まみれになってしまったわらび餅を回収し、店内へ戻ってくる奏。店の片隅に座っている土方十四郎に気付いた奏は、滅入った様子で妙と近藤のやり取りを眺めている彼の前に緑茶をそっと置いた。

「いらっしゃいませ」
「いつも悪ィな、うちの大将が迷惑かけちまって」
「そんな、とんでもない。賑やかで楽しいです」
「……俺ァ近藤さんが羨ましいよ」
「羨ましい?」
「惚れた女に対してあそこまで全力でぶつかるなんざ、俺には出来ねーからな」

 土方の視線を辿るように外を見やった奏は、妙と近藤のやり取りを眺めながら頬を緩ませた。溜め息交じりに椅子の背もたれに寄りかかった土方は、緑茶をすすりながら奏の横顔を一瞥する。視線に気付いた奏は、慌てて顔を背ける土方に微笑みかけると、何か思い出したように厨房へと駆け込んだ。軽やかな足取りで店内へ戻ってきた奏は、土方の前に三色団子を置く。初めこそ近藤の付き添いで来店していた土方だったものの、いつし注文内容を覚えられるほどの常連客と化していた。懐から取り出したマヨネーズを団子にかける土方を眺めていた奏は、柔和な笑みを浮かべながら向かい側に腰を下ろした。

「休憩か?」
「はい。それにしても、いつもながら清々しいほどの食に対する冒涜ですね」
「食ってみろよ、美味いから」
「今日エイプリルフールでしたっけ?」
「嘘じゃねーよ。ほら、食ってみ」
「まずかったらどう落とし前つけてくれます?」
「一つだけ何でも言うこときいてやるよ」
「よし、乗った」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべながら身を乗り出した奏は、自信ありげな表情を浮かべる土方が差し出す団子に勢い良く食らいついた。奏の咥内で、団子の優しい甘味を惨殺していくマヨネーズ。吐き出してしまいそうになりながらも団子を飲み込んだ奏は、軽蔑の眼差しを土方に向けた。

「もはや、士道っていうか人道不覚悟の領域ですね」
「まずいって言いてェのか?」
「まずいです」
「冗談だろ」
「まずいです。とってもまずいです。言うこときいてくれます?」
「死ねとかはなしな」
「それもちょっと考えたんですけど」
「考えたのかよ」
「冗談です」
「ったく……」
「副長さんの好きな人、教えてください」
「は?」

 目を見開きながら素っ頓狂な声を発した土方は、奏の質問の意味を理解すると弾かれたように顔を背けた。

「いっ、いねーよ」
「いないのに、羨ましいんですか?惚れた女に対して全力でぶつかる近藤さんが」
「お前、変なとこで鋭いよな」
「やっぱりいるんだ。私の知ってる人ですか?」
「あー、まあ、知ってんじゃねーかな」
「えー、誰だろう……お妙ちゃん?」
「違う」
「じゃあ、九ちゃん」
「違うな」
「うーん……あ、さっちゃん?」
「全っ然違う」
「全っ然わからないです」
「……今、俺の目の前にいる」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた奏は、首を傾げながら後ろを向くと窓越しに外の様子を見渡した。土方の方に向き直り、爪楊枝や黒蜜の容器の蓋を次々と開けていく奏。奏の奇行に噴き出した土方は、団子の皿を覗き込もうと伸ばされた手を阻止しながら身を乗り出した。

「お前だよ」
「マジですか」
「冗談でこんな事言えるほど器用じゃねーよ」
「いやぁ、ね?薄々気付いてたんですよ。でも、ほら、「勘違いだったらやだなー」とか思ったり、何よりお客様なんでね。なかなか聞くに聞けなくてですね。ていうか、私の知ってる人も何も本人じゃないですか」
「急に饒舌になったな」
「照れ隠しです」
「マジでか」
「冗談でこんな事言えるほど器用じゃありません」
「……やべェ、すげー嬉しい」

 奏も同じ気持ちを抱いていた事を知った土方は、頬を赤く染めながら照れくさそうな笑みを浮かべた。初めて見る土方の表情に胸の高鳴りを感じた奏は、嬉しそうにはにかみながらそっと指を絡ませた。










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