最初で最期の愛してる | ナノ ※ED捏造、ティトレイ×ウォージェ
※シリアスな上無駄に長いです



甲板は霊峰アブソールに近い所為か、酷く冷たい風が吹き付けていた。
凍てつく痛いくらいの風は、いつか浴びた熱風とは真逆の意味でウォージェの身体を撫でていた。
ディセンダーである自分、それ以外の存在は容認されないと嘆き世界を恨んだあの時。
全てを投げ捨てて終わってしまおうと逃げ出した火山で、手を引かれて、生き延びた。
それが苦痛だった。
ウォージェにとって、決められた世界などただ音楽を再生するようなものだから。
ふと、頬に冷たさを感じて触れてみたらそこが濡れていた。
いつの間にか泣いていたのだろう、情けなさに嘲笑が浮かび上がる。
寄り掛かった船の縁(へり)から見える海は嫌というくらいに蒼く澄み渡り、綺麗だった。

「…最低。」

綺麗なものなんて見たくないのに、世界はこんなにも美しい。
ラザリスの望む世界に共鳴し、一時期とはいえアドリビトムを裏切った彼女にとって、光は恐怖に近かった。
心を覆う黒く深い闇が暴かれてしまう気がして、怖かった。

「最低…なのは、わたしなのに…」

世界はウォージェを認めた。
此処にいて構わないと言わんばかりの仲間たちの抱擁がそれを物語っていたのだ。
裏切ったのに、切り捨てたのに、彼らは諦めずにずっとウォージェを待ち続けていた。
嬉しいはずなのに、何故か苦しかった。
皆の眩しすぎる光が、痛い程に突き刺さって、心を掻き乱すから。

「…っ、」

ぽとりと雫が滑り落ちる。
それが涙と気付くまで、ウォージェの瞳からはぽろぽろと涙は零れ落ちた。
止まる事を忘れたそれは次から次へと溢れては外へ逃げ出す。

「なんで…泣いてんの、わたし…悲しくなんて、ないじゃん…!」

独り呟く言葉に答えなど返ってこない。
それを解っていても、独り言は止まらなかった。

「止まってよ…何これ、馬鹿じゃないの…何でもないのに泣くとか…」

ごしごしと目を擦っても涙は止まらなかった。
寧ろ、嘲笑うかのように涙は溢れ続けた。
気付けば言葉を失ってただひたすらに泣いていた。
“なんで”や“どうして”の言葉が渦を巻く中、考える事を諦めた脳は睡眠を欲してウォージェは意識を手放した。


* * *


冷たい風を感じて、意識が浮上する。
泣きながら眠ってしまったのかと、ウォージェは小さく舌打ちをして瞼を抉じ開けた。
まだ日は傾いていない事を考えると、時間はそれ程経っていないようだ。
気分も優れず、ひとつクエストでもこなして気分を紛らそうと身体を動かせば、何かに固定されているかのように動かない。
何事かと動く首を回すと、其処にはウォージェを抱き寄せて熟睡する緑色の頭があった。

「…は?」

思わずウォージェの口から素っ頓狂な声が漏れる。
見間違えるはずがない、目立つ緑のぼさぼさ頭などウォージェは1人しか知らないから。

「ティトレイ…あんたなんで此処にいるの…」

脱力感を強く感じて溜め息ひとつ。
眠っている間に抱き寄せられていたのか、ウォージェの脳裏に様々な憶測が浮かんでは弾け飛ぶ。
取り敢えずこの檻から逃げ出さなければとあれこれ思案してみる。
しかし瞬間にはいい案も浮かばず、最終的にまだ夢を貪っているであろうティトレイの耳元に唇を近寄せて力一杯息を吸い込む。
普段の自分がされて絶対嫌な――耳に息を当てられるのも勿論嫌だが――耳元で大声を出される事を実行する。

「くぉらっ、起きろこのぼさぼさ頭ぁぁぁぁっ!!!!」
「うぉっ!!!!???」

叫び声とも怒鳴り声とも取れるその大音量に、ティトレイはびくりと肩を震わせて驚き目を開いた。
どうやら大声作戦は成功したらしい。

「お、おぉ…なんだウォージェか…」
「なんだ、じゃないんだよ!なんだじゃ!」
「お前こんなところで何してんだよ?」
「それはこっちの台詞だ馬鹿!」

眠そうに目を擦っているティトレイにウォージェは軽く目眩を覚えた。
何なんだ、こいつは。
ウォージェの思考の端にそんな言葉が浮かび上がる。
しかし友好的に構ってくる彼の事が嫌ではなくても、怖かった。
敷き詰めた境界線をいとも容易く踏み越えてくるティトレイの純粋で強い光に殺されてしまいそうで。
ウォージェは頭を小さく振る。
今、この光に殺されてはいけないから。

「…で。」
「ん?」
「これ。放してよ。」

がっちりと腹の辺りでホールドされた両腕を顎で示しながら、ウォージェは至極冷静な声で呟いた。
ティトレイは、はて?といった表情で2、3秒何かを考えた後ににっと笑った。

「やだ。」
「……………は?」
「離したら逃げるだろ?」
「は?」
「ウォージェと話がしたいんだよ。」
「あんたと話す事なんてない。」
「おれはあんだよ。」
「勝手な理由で縛り付けんな、殺すよ。」
「殺せねーだろ、お前…アドリビトムで一番優しくて臆病なんだから。」
「ッ!?」

真摯な瞳がウォージェを捉える。
逃がさないと語るその瞳はとても強い光を放っている。
互いに寝転がっているはずなのに、ティトレイの表情は優位に立っている者の表情そのものだった。

「…放して。」
「やだ。」
「放せ。」
「やなこった。」
「放せよっ!」
「ウォージェが大人しく話聞いてくれたらな。」
「たからわたしは…」
「あー…じゃあいいや、おれが勝手に喋る。」

諦めたのか、ティトレイの瞳は静かに揺れた。
そして抱き寄せる腕に僅かだが力が籠もる。
明らかに“逃がさない”を体現したその行動に、ウォージェも力なく従った。

「ウォージェ、そんなにおれ達が嫌いか?」
「…」
「嫌いなら嫌いって言え。直してほしい部分があるならはっきりと言葉にしろ。何も言わねーんじゃ伝わりっこねーよ。」
「…」
「おれ達はな、ウォージェが好きだからこうやって馬鹿な事したり…帰って来た時も全力で喜んだんだ。嫌いだったら裏切ったお前を誰も探さねえ。」
「…」
「それでもお前はおれ達が嫌いか?」
「…」
「おれはな、ウォージェが好きだからこうやって言える。嫌いなら相手にしねーだろ?」
「そりゃ…」
「当たり前、ってか?お前、当たり前が当たり前じゃなくなってんだよ。」
「…」
「とにかく、おれはお前が好きだ。今すぐに答えは要らない。言えるって時に答え、聞かせてくれよ。」

一通り言いたい事を吐き出し、満足したのかティトレイはウォージェを抱き留めていた腕を離して起き上がり、伸びをした。
彼の頬をよく見てみれば、髪の毛や甲板の跡がくっきりと残っている。
どれだけ力籠めて寝てたんだ、とウォージェは小さく溜め息を吐いてから起き上がった。

「待ってるからな、答え。」

一点の曇りもないティトレイのその笑顔に、ウォージェは俯く事しか出来なかった。
雲が風に吹かれて去り往く、午後。
船内へと消えていく緑色を見送ったウォージェの瞳からは、取り残された涙が一粒滑り落ちた。
決戦まで、あと少し。


* * *


世界を賭けた闘いは、静かに幕を閉じた。
ラザリスが崩れ落ちて消えていく様を、ウォージェは今にも泣きだしそうな顔で見つめる事しか出来ず、堪えきれなかった涙が一筋零れ落ちる。
変えたかった。
彼女と同じ道を歩み、世界を壊し、正す道こそ全てだと信じて大切な仲間を裏切った。
そして今、この世界に、自らの世界に敗れたラザリスは光となったのだ。

「…終わったのだな。」

クラトスの言葉で我に返る。
剣を鞘に納め、切ない表情を映した彼を見つめてから小さく頷く。
終わったのだ、全て。
終わったのだ、ウォージェと云う救世主の役目も。

「有難う…ございました。」

初めて漏れた感謝の言葉。
傍で光景を見つめていたソフィが僅かに微笑む。

「ウォージェ、有難う。」
「ソフィも…有難う。クラトスさんも…」
「礼を言われるような事はしていない。私は目の前の“出来る事”を成し遂げただけだ。」

冷たく言い放つクラトスに思わず苦笑する。
思い返せば、この人はずっとこういった調子だ。
ロイドが絡むと少し人間臭くなるけど、冷たいくせに優しい人。
何処か自分に似ていたからちょっかいを出したくなったのだろう。
ふと隣を見遣る。
肩より少し下にある紫色の少女が愛しく感じた。
突き放してもすぐに慰めに現れるソフィが最初は嫌いだったのに、今では妹のように可愛い。
くしゃりと髪の毛を撫でてみれば、ソフィは満面の笑みを向けてくれた。
ああ、なんて掛け替えのないモノなのだろうか。
ウォージェの瞳から涙が落ちた。

「…ティトレイ。」

呼んだ声は、笑ってしまえるくらいに震えていて。
振り向いた緑色に歩み寄った。

「お疲れさん、ウォージェ。」
「うん…」
「泣くなよ。勝ったんだろ?」
「うん…」
「もう、意地張んなくていいんだぜ。」
「うん…っ!」

ティトレイがウォージェの頭を優しく撫でる。
その不器用な優しさに堪え切れず、紅い瞳から遂に雨が降り注いだ。
降り続く雨は止む事を知らず、流れ続ける。

「よく頑張ったな。」
「有難う…ティトレイ、有難う…っ!」

縋りつくように、ウォージェは涙を溢す。
今まで溜め込んでいた全てを吐き出すように。
何分泣いていたかは分からない。
クラトスとソフィはいつの間にか気を利かせたらしく、決戦の間の壁に寄り掛っていた。
嗚咽を盛らしていたウォージェは漸く泣き止み、微笑んだ。

「あの日の答え…今なら言えるよ。」

ウォージェはか細い声で呟き、握り締めていた拳を開いてほんの少しだけ高い、彼の唇に口付けた。
不意打ちに近いそれに呆気を取られたティトレイに苦笑いを浮かべる。

「有難う、愛してた。」

愛してたと過去形で。
それはまるで最初で最期の気持ちを表わすように。
笑っているウォージェの表情は、苦しいくらいに歪んでいた。

「ウォージェ…お前、」
「皆早く脱出して!そろそろ此処も消えるから!」
「…っ、ウォージェはどうすんだよ!お前だって巻き込まれ…」
「わたしはディセンダー、恐れなき者。わたしは、恐れを知らない。だから大丈夫…」
「ウォージェ、行っちゃやだ…!」
「ソフィ…ダメだよ、わたしは皆を守る為に産まれたんだから。」

走ってきたソフィに制止を掛ける。
そして、ウォージェは叫んだ。

「…早く脱出しろっ!!!此処で死にたいのかっ!!!?」

怒りより心配が滲み出たそれを聞き、今まで黙っていたクラトスが口を開いた。

「ディセンダーの思い、無駄にしたくはないのなら…脱出が得策だろう。行くぞ。」
「でも…っ!」
「話を聞いていなかったのか?行くぞ。」

冷淡にクラトスは言い放ち、踵を返した。
ソフィが悲しそうに顔を歪めてクラトスの後に続く。

「絶対…っ、絶対帰って来いよ!言い逃げなんて許さねえからな!」

ティトレイの叫びを最後に、辺りは静寂に包まれた。
ウォージェは笑う。
帰れるはずがないじゃないか、と。
ディセンダーは役目を終えたら消えてなくなるから。

「さよなら、大嫌いだった世界。さよなら、皆。有難う…ティトレイ。」

ラザリスであった光を抱き締める。
光は急速に力を増して、世界を包み込んだ。
その光の帯は母のように、優しく力強く“ルミナシア”を包み流転する。


* * *


甲板から、世界樹が輝く姿を観測した。
母のように、神のように世界を包まんとする光の帯が幾重にも重なり、神々しい印象を与える。

「綺麗…」

誰かが呟く。
世界が浄化されたされたのだ。
そして、アドリビトムはその浄化の光を見つめていた。
ただ1人を除いて。
ディセンダーは世界の危機を救い、守り、世界樹へと還ってゆく。
人一倍臆病で優しかったディセンダーは世界へ還ったのだ。

「ウォージェは…最後まで戦ってたんだな。」

ロイドの小さな声は、光の輪唱と重なって消える。
全て終わったのだ。

「さ、皆!感慨に浸るのもいいけど仕事が山のように残ってるよ!」

張り上げたアンジュの声に、皆は散々に船内へ戻る。
段々と人数も減り、気付けばティトレイ1人になっていた。
ティトレイは空を見上げる。
世界樹から伸びたミルク色の葉が風に揺れている。
空には光の塵がまだ輝き、昼間の星のようだ。

「ティトレイ様。」

不意に声を掛けられて、ティトレイは後ろを振り向いた。
そこに居たのは小さな羽を使い浮いているアドリビトムのコンシェルジュ、ロックスだった。

「おー、ロックス。どうしたんだ?」
「あの…ティトレイ様宛てにお手紙があります。」
「…姉貴からかな?」
「いえ、ウォージェ様…からです。」
「ッ!?」
「ウォージェ様が、最終決戦に向かわれる前…僕に手紙を託してくださいました。自分が帰ってこなかったら、ティトレイ様に渡してほしい…と。」

ロックスは自分と然程大きさの変わらない便箋をティトレイへと渡す。
そのまま、ぺこりと一礼をして船内へ戻っていった。
渡された手紙を暫らく見つめていたティトレイは、我に返ったように手紙を開いた。
文字は変に丸くて、一瞬でウォージェの字だと分かる。


『ティトレイ

この手紙を読んでいると言う事は、わたしはバンエルティア号に帰っていないんだね。
ちゃんと世界を守れたかな?
あなた達のいる世界は、ちゃんと存在してるかな?

ラザリスと戦う事、本当は怖いんだよ。
彼女が貫こうとしている世界は、わたしが欲しかった世界だから。
だから、わたしはあなた達を裏切ってラザリスに組した。
間違ってるとは思ってない、言ったら悪いけど…ラザリスの理想は、わたしの理想その物に近かったから。
今こうやって文章に書いている事すら、手が震えてる。
怖くて怖くて、逃げ出したいくらいなんだ。
けれど、ティトレイに力を貰った気がしたんだ。
あの日、あんたがわたしを好きだって言ってくれた日。
嬉しかったんだよ、泣きたいくらいに嬉しかった。
でも、言葉を返しちゃいけなかったんだ。
わたしは世界樹に還ってしまうから、その言葉でティトレイを束縛しちゃいけない、そう思ってた。

わたし、最期くらいはあなたに気持ち伝えられた?
伝えられていないなら、此処で伝えるね。
ティトレイ、大好き。
今まで、有難う。
さよなら、わたしの事は忘れていいからね。

ウォージェ』


忘れていいからね。
そう締め括られた手紙を握り締めて、ティトレイは世界樹を睨み付けた。

「ふざけんなよウォージェ!!何が忘れていいから、だよ!!!おれは絶対っ、忘れてやんねーよ!!!」

叫ぶティトレイの声は、酷く震えていた。
そして怒りに身を任せて船内へと向かい、乱暴にドアを開く。。
すぐにアンジュの待つクエストカウンタへ足を運ぶと、鼻息荒くカウンタを叩いた。

「アンジュ、一番面倒な依頼くれ!」
「え…構わないけど、同行者は?」
「おれ1人で行って来る。」
「…なら出せません。」
「なんで!」
「命の危険が伴う依頼を、そんなに苛々して死にたそうな人に渡すわけにはいきません。」
「死にたそうな人って何だよ!」
「言葉通りの意味です。頭が冷えるまで、依頼は渡せません。」

ぴしゃりとアンジュに切り返され、ティトレイは黙り込む。
確かに言われた通りかもしれない。
奥歯を強く噛み締めて、カウンタを叩いた自らの手を見つめた。

「…ごめん。」
「分かればいいの。辛いのは解るけど、あなただけじゃない。皆、彼女を待ってるんだから。」
「ああ…」
「…さて、じゃあ早速依頼に取り掛かってね。同行者は暇そうな人を勝手に見繕ってくれて構わないから。」

柔らかく微笑み、アンジュはティトレイに依頼の記された書類を手渡した。
それに軽く目を通してから、ティトレイは船倉へ向かう。
彼の瞳には、前を向くという意志が強く宿っていた。


* * *


彼女は光の帯に包まれていた。
子守唄のように優しく微睡みを誘うそれに身を委ね、ウォージェは深い光の底へと落ちてゆく。

(ああ、終わったんだね…)

ラザリスが笑っていた気がした。
彼女も、救われたのだろうか。
無意識に微笑む。

(わたしも…生命の場へ、還らなきゃ…)

(還って…世界を、守らなきゃ…)

(皆がいる、わたしの大嫌いな…世界を…)

ウォージェは意識が遠退いて行くのを感じた。
“ウォージェ”と云う存在が終わる時が近いのだろう。
その時だった。
光の粒子がウォージェの元へと奔流を逆流してきたのだ。


本当に、終わりで構わないの?


姿を失い、マナの塊でしかなくなったウォージェを包み、光の粒子が尋ねてきた。
瞬間、ウォージェは悟る。
この光の粒子たちは世界樹の本体そのものなのだと。

(わたしは…全てを、終わらせたよ…世界樹…あなたの望みを、叶えた…)

(ディセンダーは、役目を終えたら…消えるんでしょ…?)

薄れ、消えそうな意識の中で囁くように応えれば、世界樹の欠片は哀しそうに輝いた。
まるで、彼女を憂うように。


いいえ…まだ、世界は危機に瀕しています…ラザリスの願った“ジルディア”と云う世界。
あの世界とルミナシアが共存出来るよう、橋渡しをして欲しいのです。
ルミナシアの民は罪深い…故に、ラザリスを深い闇の底へ放り込んでしまった…
だから、あなたに頼みたいのです…あなたは、わたしですから。



ウォージェは力なく笑う。
なんて滑稽で、なんて自分勝手な世界樹なのだ。
もう、消える覚悟はとうに出来ているのに。

(そんなの…お断り、だよ…わたしは、もう“ウォージェ”としての役目は終えたから…)

(もう、この世界に…未練なんて…ないから。)

それは嘘だった。
本当は出来る事なら、あの優しくて温かくて愚かな人たちと一緒に世界の行く末を歩みたかった。
けれど、それは叶わない。
ディセンダーとして、そんな私情を挟むなどプライドが許さなかったから。
もし運命なら、大嫌いな運命をねじ曲げてしまおうかとも思った。
だが、ディセンダーの本能がそれを許さなかった。
マナとなった身体の感覚は殆んどないが、きっと身体があれば醜い笑い方をしているのだろう。


…未練がないなら、あなたはどうして…消えないのでしょうね?
世界を愛する事が出来なくて、悲しかったのですか?
それとも、愛する者と二度と会えないから…悲しいのですか?
ディセンダー…あなたはもう、我慢しなくていいのですよ…自分の思うまま…感情の向かうまま、行動すればいいのです…



聖母のような柔らかな口調に、思わず息を呑んだ。
世界樹は知っていたのだ。
還るべきだと自分を押し込めた“ディセンダー”と、仲間の元へ帰りたいと願った“ウォージェ”の葛藤を。
だから世界樹は優しく、彼女を諭したのだろう。

(帰っても…いいの?)

口から出たのはたったそれだけだった。
しかし、世界樹の欠片はそれだけの言葉に満足したように強く光り輝いた。
帰りなさい、そう告げているように。

(有難う…世界樹…母なる、愛すべき命…)

ウォージェは眠りに落ちる。
マナは静かに鼓動を鳴らし、姿を造り出す。
弾き出されたかつての姿形はマナ満ちる空間で霧散した。


行ってらっしゃい…人間に憧れたディセンダー…
願わくば、今度は世界を愛してね…



世界樹の光が消え往くディセンダーを見送り、消滅する。
役目を終えたと言わんばかりに。
光の粒子は帯に溶け、穏やかに笑い声を残した。


* * *


ウォージェが世界から消えて、一月が経とうとしていた。
あれからも毎日山のように依頼は舞い込み、アドリビトムは忙しい日々を送っていた。
皆、依頼書を片手にバンエルティア号を駆け回り、手の空いた者は忙しそうな人の協力をする。

「ソフィ、さっき頼んでた資料持ってきてくれた?」
「うん…はい。」
「はい、有難う。」

ソフィから受け取った資料に目を通しながらアンジュが答えれば、ソフィは荷物を運んでいるロックスを見付けて駆け寄った。
どうやら手伝いをするらしい。
今日も平和に一日が終わる。
誰もがそう信じていた矢先、甲板から叫び声が響き渡った。

「みっ、皆来てみろ!世界樹が…輝いているぞ!!」

世界樹の観測をしていたウィルの声が届いた者は一斉に甲板へ駆け出した。
確かに眼前に広がる世界樹は強く輝きを放っている。

「姉さん、これって…」
「もしかしたら…そうかもしれないわね…」

ジーニアスとリフィルが食い入るように世界樹を見つめた。
皆考える事は同じだろう。

「ウォージェ…早く帰ってこいよ!お前いつまで依頼すっぽかす気だよ!!」

声の限りティトレイは叫ぶ。
そしてその声に呼応するかのように、世界樹が天空へと光を放出する。
けたたましい破裂音と、凄まじい光を残しながら。
眩しさのあまり、手で顔を覆うと既に光は消えていて。


ひゅるるるる……


花火を打ち上げたような音が微かに聞こえたかと思えば。


「ぁぁぁぁあああ落ちるぅぅぅぅぅ!!!!!」


と、大音量の叫び声が聞こえ。
皆が空を見上げればそこには。

「ウォージェ!!!」

ディセンダーが舞い降りてきた。
…のではなく、墜落してきた。
しかも運の悪い事に、ティトレイの真上にである。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」
「どわぁぁぁぁっ!!!」

顔面からティトレイ目がけて墜落したウォージェは、見事に彼を押し潰して着地に成功した。

「っ、てて…っ!世界樹…もっと安全な降ろし方とかあるでしょ!!死ぬかと思った!!!」
「……ウォージェ、おれが死ぬ。いくら軽くてもその速度だと死ぬから。」
「…あ、ごめん。」

慌ててティトレイの上から退き、ウォージェは周りを見回す。
懐かしい、頼もしい、優しい面々がそこにはいた。

「ウォージェ。」

起き上がったティトレイが頭を掻きながら笑う。
とても柔らかく、大好きな笑顔がウォージェを捉える。

「お帰り。」
「へへ…ただいま!」



最初で最期の愛してる
(わたしはわたしで在るから。)
(産まれた事に、出逢えた事に喜びを。)
(これがわたしの最初で最期の“愛してる”世界。)





11-04/27
一応…これでデレたのかな?
そんな訳でクソ長い文章にお付き合い有難うございました!
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