刀剣乱舞 | ナノ

つれないきみ(にっかり青江)


「僕を脱がせてどうする気だい?」

戦場から本丸へ戻り、怪我の度合いが酷いものから手入れ部屋へと入る。
軽傷の僕はさして急ぎでもなかったので、
暇つぶしくらいの気持ちで主に意地悪してみることにした。

畳の上に腰を下ろした僕は、部屋から去ろうとする主の手を掴む。
見上げた瞬間に、僕の髪が肩からはらりと落ちるのを感じた。

「あ、ごめん。もし傷が痛むようなら……」
手を掴まれたまま主は気遣うような視線を寄越す。
不安げな表情に、自分が心配されているのだという安心感を得た。
悪趣味だな、僕も。

「主自身で手入れしてくれるの?」
「私自身が?」
「ううん、主自身で」

“で”という部分を強調すると、主は一瞬訝しげな表情をした後、目を白黒させる。
可愛いなぁ。

「やり方がわからないなら、僕がリードしてあげるよ?」
「へ、え、あの、どういうことでしょうか……」

言葉の真意を汲み取りかねているのか、
それとも純情ぶってわからないふりをしているのか。
……前者だろう。

主はかまととだからね、いい意味でも悪い意味でも。
言葉の裏を探ってもらうには、もうちょっと教育が必要みたいだ。

「こういうこと……だ、よっ」
彼女の細い手首をつかんでいた手を引く。
「わっ!」
戦のせいで少し汚れた白い服が僕の腕の中に飛び込んでくる。

「きゅ、急にそんなことしたら吃驚するよ……!」
「さあ……癒して、欲しいな?斬ったら斬っただけのご褒美を貰わないとね」

両腕ですっぽりと彼女を包み込む。
その腕に力は入れない。
きっと本気で拒絶され、腕を強引に解かれるのが怖いから。
こう見えて、臆病なのかもしれないな。

腕の中で彼女は身体を動かし、姿勢を正すと僕を見つめる。
それから彼女の小さな手がおずおずと伸びて……

「……ん」
「!」

僕の頭に触れた小さな手。
そしてそこを優しく撫で始めた。
ぬくもりが規則的に動く。
その柔らかな律動に、どこか収まりきっていなかった戦場の熱が淡く溶けていくように感じた。

「ふう……つれないなぁ、主は」
小さく溜息を吐く。
全身から力が抜けて行く。

「いい子、いい子。今日も頑張ってくれたもん」
「……そうだね。僕、頑張ったよね」

主の為に。

「もっと頑張ったら、次はもっと刺激的なご褒美を期待していいかな?」
「んー……どうしようかな?」
彼女は微笑む。
僕のよこしまな気持ちを見通した上でのこの余裕なのか、それとも全く気付いていないか。
前者は僕の妄想だろう。
そうそう。主はかまととだからね、いい意味でも悪い意味でも。

「やっぱりつれないなぁ、主は」
「あんまり無理しちゃだめだよ」
深刻そうな表情をしてそういうものだから、僕は視線を外す。
本気で心配しないで欲しい。
俺はきみのためなら、この身なんてどうなっても構わないんだから。

「はいはい」
気にない返事をした刹那、両頬が主の小さな手で挟まれる。
「私の目を見て、約束して」
僕を見上げる強い瞳。
胸が貫かれる。熱く焼かれるようだ。
これは主の決意?それとも僕の彼女に対する感情?
「…………」
「…………」
「青江……っ!?」
「んっ……っ」

彼女の後頭部に手をまわして、その顔を自分へと押し付けた。
触れ合う唇。
柔らかくて、なぜか泣きそうだった。

一瞬で離し、僕は笑う。
こんな恥ずかしい顔見せたくないからね。
「青江……!もぉ!」
「約束するよ。だって命を落としたら、主ともう口づけできない」
おどけるようにそう言うと、主は頬を膨らませた。
ぷくっと膨らんで、まるでふぐみたいだ。
「そういうことじゃないでしょ!」
「ふふっ。主、ふぐみたいだよ」
「も、もぉ!!」
改めて華奢な身体に両腕をまわして抱きしめる。
強く。
このぬくもりから離れたくない。いつまでも傍にいたい。

昂ぶっていた心が安らぎに満ちて行く。

彼女を守るためなら、僕はきっと……。

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