刀剣乱舞 | ナノ

闇に伏す緋(加州清光)



襖が閉まる音がする。
どうやら、ようやく主のお出ましらしい。

俺は、まじないをかけるよう、
さっき塗り直したばかりの10本の指の先にふぅっと息を吹きかけてから振り返った。

「ごめんね」

両手を合わせて申し訳なさそうな表情の俺の主。
俺はさして気に留めていない声を作る。

「遅かったじゃん」
「ごめんっ、途中で呼び止められちゃって」

なにそれ。

「……誰に?」
「んーと……蛍丸くん、太郎くん、次郎くん……その後に五虎退くんに……」
指折り数える姿を見て、俺はやれやれと両手を挙げる。
「もういいよ」

聞きたくないね、そんな話。

火鉢の中で炭がぱちぱちと弾ける音がする。
部屋の中はとても寒かった。

でもあんたと他に誰もいない部屋に2人だけだって思うだけで、
俺の身体は戦場にいるとき以上に熱くなってる気がした。
落ちつかせるように深呼吸する。

変だな、俺。

「それで、話ってなに?」

部屋に響いた声は凛とした光を感じさせた。
皆をまとめあげる審神者。歴史の改竄を止める正しき者。
彼女の声は耳に心地よく響き、時に昂ぶらせる。
いい意味でも悪い意味でも。

「ね、見てよ」
「ん?……あ、マニキュア!朝に貸したの塗ってくれたんだ」
「そ。どう?」
「うん、可愛い」
にっこりとほほ笑んで、彼女は俺の爪をまじまじと見つめる。
俺は誇らしげに手を掲げ、釣られて笑った。
「へへ。そうかな」
「私もいまその色なんだよ」
「ホント!?……おそろってやつ?」
「そうだね」
俺より頭一つ分以上小さな彼女は、半ば俺を見上げるような格好だ。
戦場では俺たちを勇敢に率いる彼女だが、この屋敷に戻るととても小さく見えた。

「…………」

俺は最近悩んでることがあった。
それはこの小さな彼女を潰してしまうのではないかと思うほどの強い想いを抱いていること。

「ね、手貸して」
「うん?」

小さく白い手をちょっと強引にとって自分の指を滑りこませる。
同じ色で彩られた指と指が繋がり、絡まる。
「清光くん?」
「へへ。お揃い。可愛いな」
「うん、可愛いね」

俺の緋い瞳が彼女の瞳を捉える。
可愛い。それ以上の言葉を期待している自分がいる。

でもその願いを上手く口にすることができず、
触れたことのないその身体に手を伸ばす。
初めて、神聖な彼女に触れる恐怖と興奮が一気に背を駆け抜けた。
「っ……」
「!?」
腰を抱き寄せ、身体を密着させる。
衣擦れの音がやけに大きく響いた気がした。

今までにない距離感に、初めて彼女の吐息があたたかく優しいことに気づく。
きっと誰にでもそうなんだ。警戒せずに受け入れてくれる。
歴史の中で評判や名声、生まれによって差別されてきた俺たちを分け隔てなく愛してくれる。

これが、誰もが彼女に惹かれる理由。
俺だけじゃない。

みんな彼女が好きだった。

「清光くん……?どうしたの?」
「なぁ、俺をあんたの1番にしてよ」
「……え?」
「もっと……もっと、愛して欲しいんだ」
「え、きゃっ……!」
細い腰を抱く手に力を込める。
彼女が身を固くしたのを感じた。

あ、もしかして男として見られてる?

「……どうしたの?変だよ?」
少し声が震えてる?それとも気のせい?

「……ヘンかも……ヘン……だよな」

変なんだ。
前はこんなことなかったのに、
あんたとの日を重ねるたびにだんだんあんたのことばかり考えるようになって……。

もっと可愛くしたら愛してくれるのかとか、
あんたとお揃いのものを身につけたいって思うようになったりとか。
それは主の身につけてる可愛いから、って理由だけじゃない。

ーあんたと繋がっていたいって思うようになっていたんだ。

戦場を駆けてボロボロになってもあんただったら俺を見てくれる。
だからあんたの為に戦いたいって思ってる。

もっともっと頑張るからさ……
だから……!

「俺をあんたの1番にしてよ……っ」
「っ……!」

上から噛みつくように唇を重ねる。
主の小さな身体では受け止めきれないだろうこの情欲とも言うべき感情を、
俺は押し付けることしかできない。

戦場を凛々しく駆けるその身体はいま俺の腕の中にすっぽりと収まっていて、
自由を奪われた手と華奢な身体は、押し付けられた唇に抵抗することもできない。

その相違になぜかめちゃくちゃ興奮して、俺は全てを奪うような口づけを続けた。

「んっ……んんんっ!」
「……っ……っ」

やがて苦しそうな声が漏れ、さすがに自分も苦しくなって唇を勢いよく離す。
至近距離で見つめ合うふたり。

俺の瞳はきっとはしたない情欲に濡れていて、
緋い瞳が捕えたあんたの目には困惑の色が浮かんでいた。

「清光……くん……」
「……すまない」

身体を解放する。あっけなく。乱暴に。
自分の欲望がこれ以上昂ぶらないように、気持ちと身体を切り離すように。

「主殿ー」
「…………」

遠くであんたを呼ぶ声がする。
あんたは俺だけのものじゃないって、いっつもこうやって突きつけられるんだ。

「清光く……」
「行きなよ」

意地悪く言葉を遮って、俺は唇を噛みしめながら彼女に背を向ける。
彼女は暫し無言で佇んでいるようだったが、名を呼ぶ声が近づいてきたこともあって、
部屋を出ていった。

何も言わずに。

襖が閉まる音がして、静寂が訪れる。
彼女を待っていたときのように、また俺がこの部屋に1人。

彼女の柔らかなその感触を刻みつけるように、いや、忘れるかのように、
強く唇を噛む。

「…………」

きっと次、彼女に触れたら自分を失ってしまうだろう。

そんな日が来ることを拒むよう、深く息を吸う。
ふうっと吐き出した息は闇に溶け、消える。

でも俺は知ってる。
心の中では、その日を望んでいることに。

「ちっ……」

抗いがたい衝動をぶちまけるように壁を叩いた。
低く鈍い音は闇に溶け、やがて消えていった。


*END*

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