刀剣乱舞 | ナノ

希望の色(山姥切国広)


一面の雪景色。
朝から降り続いた雪は庭を別世界へと変貌させていた。
白く光る世界は美しく、物珍しいその景色に朝から屋敷内はざわめいていた。

最初にこの屋敷にきたときは、俺だけだった。
俺とあんた、2人きり。

どんな理由があるんだか知らないが、
山姥切の写しだと言われた俺を最初のパートナーに選んだあんた。
何人か候補がいた中から俺を選んだことを、別に嫌だとは思わなかった。
ただ、意味がわからなかった。

「なぁ」
「ん?」

縁側に腰掛けて、その美しい世界をぼんやりと外を眺めていたあんたの背中に声を掛ける。
着こんで動きづらそうに見えるのに、それでもなおこの景色を見ていたいようだ。

身体を抱き小さく震える姿は、
昨日まで戦場で凛々しい声を放っていた姿からは想像できないくらいの穏やかな雰囲気。
ここに帰ってくるとまるで別人だ。

「あんたはなぜ最初に俺を選んだ」
腰かけたままのお前の隣に立つ。同じく腰掛けるのはなんとなく気が引けた。
……ここには、もう俺ひとりじゃない。

「……どうしたの?急に」
「別に……ただ、訊きたくなったんだ。所詮俺は写しだろ。そんな刀に霊力はおろか、力だって期待できるはずない」

庭を五虎退が虎と一緒に駆けまわっている。
楽しそうな笑い声が響き渡っていた。
あんな風に無邪気に笑えたら、きっとラクなんだろう。

常にまとわりつく劣等感。
それはここに俺以外の者が住むようになってから増している気がした。

「あなたいつも言ってるじゃない。”俺は俺だ”って」
「それは……」
「あなたの目は確かにそう訴えてる。俺は俺だ、俺を見て欲しい、認めて欲しいって」
「そんなこと……」
「ない?」

隣に視線を落とすと、彼女はまっすぐ俺を見つめている。
曇りなき眼に、胸が高鳴った。
俺は自分を諌めるように、胸に手を置く。

「…………」

馬鹿なことを考えるな。
期待なんてするな。

後で馬鹿を見るのは自分、傷付くのは自分だ。

「私はあなたを信じてる。最初から信じてたから」
「…………」
「そんな理由じゃ、だめ?」
「……いや……ありがとう」

自然とそんな言葉が出た。
急に気恥ずかしくなって外套を深くかぶる。
頬が緩みそうで、そんな表情を誰かに見られるのは勘弁だった。

「もうひとつ訊きたいことがある」
「なに?」

俺を見上げたまま、小さく首を傾げる。
戦場では結っていた髪がいまは自然のままだ。
肩から黒い髪がさらりと零れ落ちた。

俺はその瞳から顔を背け、白い世界を見つめる。
答えを聴くのが怖かった。
いつも抱いている無常感。
彼女の答え次第では身体を支配するこの気持ちが、正しいものであることを突きつけられるだろう。

俺は小さく息を吸う。そして吐きだした。
白い息が瞬く間に消えた。

ああ、また雪が降り始めた。

「俺がもし……もし壊れたら、悲しんでくれるか?」
まるでなんでもない、例えば天気の話をするように、努めてこう訊いた。

「…………」

すぐに答えが返ってはこなかった。
諦めに似た気持ちを覚える。
ああ、もう俺の代わりはいくらでもいるんだから。

馬鹿だな、俺は。
――俺は、肯定の言葉を期待していたんだ。

そしてその言葉に自分の未来を見つけたかったんだ。
もう、よそう。

今まで通り、影に居ればいいじゃないか。


その瞬間、小さな身体が縁側から跳び、庭に降り立つ。
そして俺と向き合った。
縁側に乗った俺は随分高い位置にいるが、彼女は俺を見つめたままその凛とした姿勢を崩さなかった。

ふたりの間を、雪が舞う。
雪に囲まれる彼女の姿は、美しかった。

そして、こう言う。

「大丈夫。そんなこと、私がさせないから」
「……っ」
「大事なあなたを失うようなこと、絶対にしない」
「…………」
「誓うわ」

雪が降り続ける。
しんしんと、静寂と淡雪が重なる。

「……そうか」
鳩尾の辺りが震え、目に熱いものがこみ上げた。
俺はそれ以上何も言わず、彼女に背を向ける。
外套が冬の空気をはらんで大きく膨らみ、そして宙になびく。

いつまでもそこにいたい気持ちを置き去りにして、
頬を伝う雫に、俺は初めて希望を抱いた。

彼女という存在に、
希望を見出した。


20150122

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