アンケート2013 | ナノ

 「きみとの時間はドルチェ」

「鍵、開けるね。ちょっと待ってて」

名は両手に持っていた袋を一旦地面へと置き、
バッグの中から鈍色のそれを取り出す。

もうだいぶ見慣れてるけど、
鍵には3Majestyのライブグッズであるキーホルダーがついてる。
勿論、俺仕様。赤を基調にデザインされているものだ。

穏やかで静かな空気の中、
それを少し震わせるような金属音が響く。

鍵の隣でそのキーホルダーが揺れるたび、心が躍る。
いつでもあいつの傍にいてやれてるって思うから。

両腕の痛みなんてすっかり忘れて、
慌てて鍵を開ける後姿を見つめる。

ガチャリ。

開錠の音がした。
名は大きくドアを開け、それを背中で抑えながら、
俺に先に入るよう促す。

「魁斗さんはやくはやく!重いでしょ…!」
「重くねーし。それより、お前にも持ってもらってごめん」
「大丈夫だよ、買いだしには慣れてるからね」

そう言って笑った。
時折見せる柔らかい笑顔にすらドキッとさせられるから、
心臓なんていくつあっても足りない。

「お邪魔しまーす」

相変わらずこの部屋はいい香りで満ちている。
芳香剤とか見たことないから、きっとあいつ自身の香りなんだろう。

誰もが家にそれぞれ独特の匂いがあるって言うけど、
きっとそれ。

これはあいつの香り。

ひだまりみたいにあったかくて、
でもどこかフルーツっぽい甘酸っぱさもあって。
スッゲー気持ちいいにおい。

それを一旦胸いっぱいに吸い込んでから、部屋へ上がる。

「いっぱい買ったねー」

ドアの閉まる音が聞こえ、俺の背中に声が掛かる。
両腕に提げていた2つの袋をテーブルの上に置き、
振り返った。

すぐに消えるだろうけど、
腕には袋の持ち手の食いこんだ痣が出来ているだろう。
それくらい重かった。

「そうだな。おやつの時間に食べたいし、すぐ作り始めてもいい?」
「ふふっ、おやつの時間って」

名はまた笑った。
顔がかぁっと熱くなる。

「い、言うだろ?!」
「言うけどさー!魁斗さんが言うとなんか可愛い」
「う…うるさい」

まだ腹を抱えて笑っている彼女からふいっ、と顔を逸らして、
袋の中身を出し始める。

「そうだね。今からだとちょうど良い時間に出来上がりそうだね。すぐ始めよっか」
笑い終えたらしい彼女は隣にきて、俺の作業を手伝い始める。


今日は休日。
いわゆる家デートってやつ。

ホワイトデーに俺がプレゼントした手作りタルトが大層気に入った名はことあるごとに、
あのタルトを思い出しては褒めてきた。

まぁ、悪い気はしない。
本職の人に褒められるっていうのはこの上ない喜びだ。

もう1回作ってやろうかな、なんて気持ちも湧いてきてさ。
俺から提案してみた。

「お前ン家で、あのタルト、一緒に作る?」
「えっ、ホント!?また食べられるの…!?」

俺の言葉に食い気味に言葉を被せてきた名。
目はきらきらと輝いていて、俺の下心なんて気付いてない。

最近名の部屋でゆっくりした時間を過ごせてない。
だから、家デートしたいって気持ちが半分…
いや、主にそれだったってことは…

言わないでおこう。

そんな流れで今日、
こうして名の部屋に遊びにきている。

二人で抱えていたでっかい袋は、これから作るタルトと夕飯の材料だ。
あいつ1人じゃあんまり荷物運べないんじゃないかと思って、
せっかくだしと、むこう1週間分の食料も一緒に買いこんできたら、
手が痺れるほどの大荷物になってしまった。

「キッチン借りる」
「うん、どうぞ。私も手伝うよ?」
「じゃー、カスタードクリームの方頼んだ」
「はぁーい。チーズクリームと混ぜて、ちょこっとラム酒入れるんだよね?」
「へぇ…よく覚えてんな」
手を止めて、頭一つ分小さい隣の彼女を見ると、名も視線に気が付いて顔を上げる。
そして表情を綻ばせた。

「だって1回食べたら忘れられないくらい美味しかったもん」
「…サンキュ」
「だから今日は魁斗さんの味を超えられるように頑張るんだから!」
言いながら、きりりと眉を上げ、服の袖をまくる。
その真剣な表情に少し面食らった。

「ちょ、お前ががんばったら簡単に抜かれるだろ」
「……なーんてね!ふふっ」

……またからかわれた。

「あーもぉ……いいから作るぞー」
「はいっ、隊長!」
「隊長はひとりでいいし…」
「……ふふっ!」

同時に”隊長”を思い描いて、
二人で笑い合った。

穏やかな昼下がり。
簡単に済ませてきたランチで腹は満ちて、
隣にはふわふわの笑顔の恋人。

こんなに幸せな休日があるだろうか。

エプロンを着けて、まずは生地作りから。
待ってくれてる誰かの為に料理を作るってこんなに楽しいことなんだって、
名が教えてくれたから。
今日はそんなお前の為に作る。

“いつも、ありがとう”

鼻歌を歌いながら準備をする傍らの彼女に心の中で再び礼を告げた。


*


生地を作り終えて、冷蔵庫で寝かせている間に、
盛り付けるフルーツの準備。

いちご、ブルーベリー、りんご、キウイ、オレンジ…
色とりどりの鮮やかなフルーツたち。
ひとつひとつ、名と一緒に選んだからこのままでも十分美味しいってわかってるけど、
今日はタルトと一緒に。

さくさくさくと小気味の良い音を立て、フルーツは小さくなっていく。
切るたびにこぼれる甘い香りに鼻孔は擽られて、またひとつ、幸せを見つける。

(なんか、俺、変わったよなぁ…)

最近、たまに言われるんだけど、
自分でもそうかなと感じる事が多い。
心が広くなったっつーか、
素直になれるようになったっつーか…。

前は何に対してなのかよくわからないイライラが常にあったし、
それで周りの人を知らずに傷つけていた。
そのくせ自分が傷つくのはスッゲー怖くて。
斜に構えて相手に接して、自分は傷つかないようにしてた。

なんか、そう考えると、俺、サイテーだな。

でも、そういう自分が変われたっつーか、
自然と変わったのは、たぶん…
たぶん、っていうか、絶対名のお陰。

らしくねーってわかってるけどさ、
俺の全てを受け入れてくれる名がいつも傍にいてくれるから。
だから、前よりも頑張れるし、
今以上の自分になれる気がする。
アイドルとしても、人間としても。

「魁斗さん?」
「えっ、うわ!?なに!?!?」
「ちょ、どうしたの?そんなに驚いて」
名前を呼ばれて、隣に名がいることに初めて気付く。
名のこと考えてたら、突然隣にいるもんだから、
驚かない方がおかしい。
やっぱり心臓がいくつあっても足りない。

「な、なんでもねーし…」
くりくりとした瞳で見つめてくるので、
恥ずかしさでいたたまれなくなって顔を逸らすと、
くすくすと笑いだす。

「あー!魁斗さん、もしかしてヘンなこと考えてたー?」
「へっ!?ヘンな事ってなんだよ!」
「安心して。今日も膝枕してあげるからね」
「おいっ、俺そんなに膝枕フェチとかそーゆーキャラじゃねーし!!」
「だって好きでしょ?嫌いなの?」
「嫌い…じゃないけど……さ…ああっ、もう!」
「ふふっ」

勝てる気がしねぇ…。

「膝枕はあとでね」
「別にいまして欲しいとかそういう…」
「はいはい。あ、私の作業終わったから、フルーツ切るの手伝うよ?」
「……ああ…うん。頼む」
「ハイ!隊長!」
「だから隊長は…」
「じゃあ…魁斗料理長!」
「料理長……お前に料理長って呼ばれるのなんか変…」
「いいからいいから!」

名はりんごをひとつ手にとって、
器用に皮をむいていく。
俺は隣でいちごのへたをとって、スライスしていく。

いちごとりんごの香りに包まれる。

そのときだった。

「あっ…」
「?」
「切っちゃった……指」
「ちょ、マジかよ!どれ、見せてみろ」

小さく声をあげた彼女の左手の薬指の先端から血が滲んでいる。

「昨日、張り切って包丁研いだから、切れ味が良くなりすぎちゃったのかも」
「ほら、貸せ」
「ん?こっちの包丁使う?」
「ちげーだろ」

包丁をまな板へと置き、彼女の握っていた包丁もやんわり取り上げ、
同じくまな板へと置く。

そして彼女が見つめていた左手を掴んで、口元へ引き寄せる。
俺が何をしようとしてるのか気付いた彼女はその手を引っ張り返すが、
俺は無理矢理引き寄せて、怪我した指を咥える。

「きゃっ…!」
「……ふ…」

口の中に広がる鉄の味。
この味はあんまり得意じゃないけど、応急処置。
少しの切り傷なら舐めれば大丈夫って…教わっ…

「!!」

……教わったから、夢中で迷う暇なくやった行為。
気がつけば、目の前の名は真っ赤な顔で俺を見つめてた。

ヤバ…!!

「ごめんっ…!!舐めとけば治るって小さいときはよく…その、怪我したときとか、舐めとけばいいって、だから今もその癖、抜けなくてさ!あの、その…」
「う、ううん…だ、大丈夫……こっちこそ、うっかりしててごめん」

慌てて手を離してやると、赤い顔のまま名は、胸の前でその指を右手で包んで俯く。

さっきは散々、ヘンなこと考えてるんでしょ?
とか、
膝枕してやるー、だの強気だったのに、
こんなちょっとしたことで無垢な一面を見せられると、
どうしたらいいかわからなくなる。

頭ン中も、心ン中もぐちゃぐちゃで、
心臓の音が煩いくらいに聞こえてる。
めちゃくちゃ興奮してる自分と、めちゃくちゃ冷静な自分が居て、
名をまっすぐ見つめていた。

「名」
「う、うん?」
「手、見せろ」
「だ、大丈夫だよ。こういう切り傷なんてしょっちゅうだから」
「いいから…」

そう言って再び彼女の左手を掴む。
びくりと肩を震わせて、彼女はようやく視線を上げた。
表情を崩して笑顔を見せてやると、安心したのか、手から力を抜く。

「手、小さいんだな」
「い、いつも繋いでるじゃん…」
「いや、改めてこうして見ると…なんか…小さいなって…」

いつも俺が守られてると思ってたけど、
やっぱり守ってやんなきゃって思う。

「あんまり見ちゃやだよ。傷だらけだから…」

名は苦笑する。
でもその傷は、彼女が今まで努力してきた証だ。
彼女の手にはいくつもの傷があったけれど、
全然気にならなかった。
むしろ誇らしかった。

「血、止まった?」
名は気まずいのかそう尋ねてきたので、
「さぁね」
と返して、もう1度指を咥える。

「!?」
熱く濡れた舌を、傷口に這わせると、
指が強張るのを感じた。

「ンッ……か、魁斗さ…ん!」
「まあ、ひ、出へう」

咥えたままじゃ上手く喋れなくて、
変な単語が飛び出す。

「うっ……も、もう大丈夫だよ?」
「…ふ……っ……」
「きゃ……え、……な、なに?」

聞こえないふりをして、
指にねっとりと舌を這わせる。
顔の角度を変えて、もっと深く、深く。

血を止める為ってのもあるけど、
それ以上にこの指が、名が、愛しくてたまらなくて、
なんか抑えらんない。



それに…

「なぁ…」
「な、なに…?」
「指ってさ、性感帯なんだって……っ…ん…」
「へ!?ハ、ハイ…!」
「ふぁ……ぁ……なぁ、俺の舌…気持ちい…い?んっ…」

いよいよ我慢できなくなって、
細い左手首を両手で握り、夢中になって指を求める。

指の根元まで口に突っ込んでから、全体的にまんべんなく舌を這わせ、
それから口をすぼませて、根元から先端へと唇をスライドさせながらも、
咥内で舌を絶えず動かす。

さっきまでりんごを切っていたからか、
名の指は甘酸っぱかった。

「っ…ふ……ぁ…」
「っ…か、魁斗さ…ん……恥ず、かしい」
「はは……ん…ぅ……恥ずかしがってる名…可愛い…やめない」
「えっ…!?」

血がおそらく止まったであろう薬指から唇を離すと、
真っ赤になってる名の、潤んだ瞳を挑発的に見つめながら、
親指を咥える。

「なっ!?」
「っ……ふ……」

鼻に掛かる甘えた吐息を漏らしながら、目を伏せる。
視界が真っ暗になると、口の中に在るお前の指が全て。
お前を感じたくて、熱心に舌を這わせると、びくん、と手が震える。

「……あ、感じた?」
「ちが…違うよっ!」

口全体で覆っていた親指を解放し、先端に舌を宛て、
そのまま親指と人差し指の谷間を、つーっ、となぞってやる。
そっと盗み見ると、本人は唇を噛みしめ、ぎゅうっと目を瞑っていた。

唇を噛みしめるのは、
名が感じてるときの表情。
そうしてないと声が出ちゃうからって。
時折、血がにじむほど噛んでたりするからちょっと困った癖。
そういうときは、キスで唇を塞いでやるか、
深く呼吸が出来るように、優しく頭を撫でてやる。

でもいまはそれをせず、
彼女の指を弄ることに集中する。

2人とも服着たままなのに、
無理矢理シてるみたいな変な背徳感を覚える。
指を嬲ることによって、快楽を与える事に必死になってる俺は、
やっぱり名に夢中なんだなってくらくらしながら感じていた。

目の前には新鮮なフルーツが馨しい香りを放っていて、
2人を甘く包む。

「ふ……ぁ……んっ……はぁ…」
「っ…ぅ、か、魁斗さ……ぁ…」

恥ずかしいのか、手を引っ込めようとするけど、
俺の両手の力には敵わない。
それがわかると、今度は手を握り締めて抵抗しようとするから、
仕方なく解放してやる。
彼女の気が緩んだ隙に、ぐっとその手を引っ張って、身体を抱きとめる。

「ハァ…ハァ……名っ……」

すっげー夢中になってて、
自分がうまく呼吸できてなかったみたい。
呼吸を整えながら熱い身体をぎゅっと抱きしめると、
今度は大人しく抱き返してきた。

「ハァ……なんかやらし…」
「やらしいのは魁斗さんだよぉ…もぉ!」

細い腕で俺の腰をぎゅうっと抱きしめる。

そういえば、へたをとったいちごが傍らにあったんだっけ。
テーブルの方に載せていたボウルから、いちごをひとつとり、
名の名前を呼ぶ。

「なぁに?」

胸に埋めていた顔を上げる。
まだ顔がほんのり赤い。

「いちご、味見してみ?」

言いながら、その唇にいちごを軽く押し付けると、
名は、ぱくりとそれを咥える。
そのまま口内に吸い込まれていったいちご。
そして綻ぶ表情。

こくりと白いノドが動く。
続く満足げな表情は、それがすっごく美味しいことを告げていた。

「俺にも」
「ごめ…ちょっと、私からボウルに手が届かない…」
「うん、じっとして」

もういっこ、ボウルからいちごを摘まみあげて、
それを名の唇に再び押し当てる。

「?」

いちごを軽く咥えた名は目を丸くする。
その隙に、いちごごと唇を貪る。

「んぅッ…!」
「っ……ふ…」

つぶれたいちごが俺の唇を伝って、
お前の唇を赤く染める。
甘酸っぱさが広がる。

もっと深く、縋る様に彼女の背中を掻き抱く。
すると必死にそれに応えてくれる。

「ん……はぁ…」
「はぁ……っ……」

唇を解放してやると、
真っ赤になった頬と唇。
唇の端から零れてる果汁を舐め取ると、
腰に回された手が服をぎゅっと掴んできた。

「もぉ!いきなりなんだから!」
「隙を見せる方が悪い」

あーどうしよう。
可愛くてたまんない。

そろそろ冷蔵庫に寝かせた生地を取りださなきゃいけない時間なんだけど…

「味見させて」
「いちごはしたでしょ?」

拗ねた表情を見せる彼女の髪に手を滑り込ませて、
小さな耳を露わにさせる。
そこに唇を寄せた。

「味見は、名の」
「!?」
「なぁ、ダメ?」

やわくそこを食む。
びくんと身体震わせちゃって。

やっぱ可愛い。

「ダメっ!!!」
「は、ハァ!?」
「おあずけです!!」
「ちょ、お前、ムードってやつをさ…!」
「タルトの生地、これ以上寝かせたら硬くなりすぎちゃうでしょ?」
「気付いてたのかよ…」

腰にまわしていた腕を解き、
ぐっ、と俺の胸を押し返して距離を取る。

そして、くるりと背を向けて冷蔵庫を開ける。
あーあ…おあずけかよ…
っつーか、俺、辛いんだけど…。

「……ちゃんとできたらね」
「えっ…?」
「3時のおやつ…の後ね」
「……っしゃ!」

小さい声で呟いた彼女の後ろで小さくガッツポーズしながら、
タルトの出来よりも、
その後のことが楽しみでしかたなくなってしまう。

「魁斗さん」
「…えっ、なに?」

浮かれてると、名がこちらを振り返る。
だらしない顔してた俺は、口元をきゅっと引き締めて見つめ返す。

「……タルトの味が前回を超えてなかったらダメだよ」
「ハァ!?」
「料理長には責任とって、帰って戴きます」
「ちょ、マジかよ…!!」
「タルト、楽しみだね!」
「はぁ…」

こうして今日も彼女のペースになりながらも、
好きで好きでしょーがないから、こういうのも心地よくて。

やっぱ、俺、変わったな。

「じゃ、続き作ろう」
「だな」

焼きたてのフルーツタルトの馨しい香りは、
甘い時間の始まりの合図。

タイマーの音がそれを教えてくれるまで、
あと……


2014.4.11.


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