アンケート2013 | ナノ

 「ぼくのシンデレラ」

「ん……」
まどろみの海からゆっくりと、明るくてあたたかい場所へ進んで行く。
薄く目を開けてみると、部屋には仄かに光が差している。
視線を少しずらして時計を確認すると、7時過ぎだった。

時計の位置も、カーテンから零れる光も、
やがてそれが僕たちの眠るベッドに差しこんでくることも、
もう慣れた。
それだけきみの部屋でこうして朝を迎える日がだんだん増えてきたから。

僕の裸の胸の中で静かな寝息を立てているきみの髪はきらきらと光の粒を纏っている。
太陽を浴びたらまぶしいくらいに輝きだすんだ。
閉じた瞼も、薄く開いた唇も、夜が訪れれば艶やかに花開いて僕を翻弄する。
いまは小さなつぼみみたい。
小さなつぼみでも、芳醇な香りで僕を誘う。
こんな純粋で新しい朝を迎えても、僕はきみに、いけないことをしたいと思っている。

「…………」

だめ、だめ。
我慢しないと怒られちゃう。
衝動を抑えるように、唾を飲み込む。
喉仏の上下する動きが、やけに遅く感じられた。

でも、せっかくのお休みだし、キスくらいいいよね。

昨夜のまま、少し乱れている前髪を優しく梳いて、
おでこに軽く唇をあてる。

「ん……」

あ、起こしちゃったかも。

「ん……っ……う…ん……」
「…………」
じっと見つめていると、やがて閉じていた瞼がゆっくりと持ちあがる。
まだうつろな瞳が、僕を見つめ返す。
少し目が腫れてるみたい。きっと、寝不足だね。あと、少し泣かせちゃったから。

「ごめんね、名があまりにも可愛いから」
「ぅ……ん?」
「おはよう、僕のお姫様」
「おは…よ…慎之介しゃぁん…」
「ふふっ、まだ眠い?」
「…う…ん……いま何時?」
「7時ちょっと過ぎだよ」
「……もすこし…寝たい…」

そういいながら、僕の胸にほっぺたこすりつけて、甘く息を吐く。
それだけで幸せが溢れて、きみをもっともっと甘やかしたくなっちゃう。
きみを包んでいた腕の力を少し強めて、もっと身体をくっつける。

「いいよ。もう少ししたら起こしてあげる。それまで寝顔見てる」
「それは恥ずかし……ん…」
きみはまたまどろみの中へ入って行く。
僕はそれを大層幸せな気持ちで見つめていた。

名が完全に目覚めるまで、あと30分、てとこかな。



僕はいつもひとりぼっちだった。
手を伸ばしても触れられない人ばかり。
いや、僕なんかが手をのばしちゃいけない人ばかり。

かといって、誰からも手を差し伸べられなかったわけじゃないと思う。
でも、その手は僕が求めているものではない。

霧島くんや魁斗は…ちょっと違う。
うまく説明できないんだけど…わかるかな?
僕は、僕だけのお姫様にこの手をとって欲しくて、
誰にも自分の領域に踏み入らせなかったのかもしれない。

笑顔で壁を作って、入ってこようとした人には極上のそれで突き放す。
例えそれで嫌われても良かった。
僕に触れていいのはきみしかいなかったから。

ホントは、僕のだよって。
名は僕のものだよ、って、いつだって見せびらかしたい。
365日、24時間、堂々と。

自慢したい。
でもできない。……僕のせいで。
僕が、そうできないせいで、きみに触れられると思っている男がたくさんいるんだ。

きみはいつだって輝いている。
きみの周りにはいつだって人がいる。
可愛いきみを狙う男だっている。
中には悪いやつだっている。

優しいきみは、迷惑な男に言い寄られたって嫌な顔ひとつせずに、
やんわりと、でもきっぱりと断る態度を見せる。
なかなかのテクニシャン。

だからぼくは安心していた。
きみが僕のナカに入ってくれていることに心地よさを感じていた。
僕の領域の中に踏み込んで、浸かって、僕のハダカに触れて、キスをして、身体を重ねて…。
やがて誓いを交わす未来を夢見ている。

だって、きみは僕だけのプリンセスだから。
僕はきみのプリンスだよ。

間違えないで。

間違えちゃいやだよ。
名。



「わっ、私寝ぼけて何か言ってなかった!?」
「んー?」

青空の下。
僕にそう詰め寄る名。
いつもより頭ひとつぶん高い彼女にちょっと違和感を覚えるけど、
可愛い足元に僕は満足している。

「なんか恥ずかしいこと言ってなかった?」
「どうかなあ?」

今日は二人で森林公園に行こうって決めてた。
だから早起きして、二人でランチバスケット作って、
それを抱え、少し前に名の家を出たところ。

「どうしよう変なこと言ってたら…!ねぇ、大丈夫だった?」

小さな鈴をころがすような愛らしい声で問う名。
料理をしながら鼻歌を歌う様子は小鳥みたいだなっていつも思っているくらいに、
声もとっても可愛い。
笑顔ではぐらかす僕に、彼女はむくれる。

「もぉ!慎之介さぁん…!!本当に覚えてないの!」
「ああ、そういえば。もっとシてー、もっと、もっと…って言ってたけど、なにして欲しかったの?」
「ええっ!?そんなこと言ってた!?」
「う・そ♪」
「ちょっとー!!」
「はははっ」

僕の腕をぽかぽかと叩く名の顔は真っ赤だ。

「それよりさ、名。靴、やっぱりよく似合う」
「ありがとう…!普段、こんな高いヒール履かないから、私なんかに似合うか不安だったんだけど…」
「きみはなんでも似合うから心配ないよ。それに足が痛くなったら、僕がおんぶしてあげる」
「だ、だいじょうぶっ!」

こつんこつんと、ヒールの音を響かせて名が少し僕から離れる。

「あれ?なんで離れたの?」
「いや、何かしそうだなって…」
「ふぅん…僕を疑ってるね?」
「前科がありますからね?慎之介さん?」
「そうだっけ?…ふふっ」

きみが隙を見せるから。色々したくなっちゃうんだ。
彼女の足を彩る淡い水色の靴。
シンデレラをイメージしてデザインされたという限定モデルだ。
僕が広告として起用されているブランドの限定品で、名に似合いそうだと思ったから、わがままを言って取り寄せ、彼女にプレゼントした。

普段、仕事中は勿論、プライベートでもあまり高さのある靴を履かないという彼女は、
その靴を見たときとても驚いていたけれど、履いてもらうと案の定とてもよく似合った。
幼い顔立ちの彼女の姿とは裏腹に、少し大人びたその靴のデザイン。
そのアンバランスさは艶やかで、僕のいけない心をくすぐった。

それにね…

「着いたっ!やっぱ慣れない靴だと少し遠く感じるね」
「だから、疲れたらおんぶしてあげるからね。あーあ。早く疲れないかなぁー名」
「だいじょうぶですっ!」
「はははっ」

二人で手を繋いで、
僕の手には大きいバスケット。
中にはふわふわで甘いベーグルとあったかい紅茶を入れたタンブラーが入っている。
青い空、心地よいそよ風。
芝生の上にシートを敷いて、その上で食べるつもり。

平日だから人はそれほどいないけど、
みなが思い思いにそれぞれの時間を楽しんでいる。
どこか良い場所がないかと探していたそのとき…

「あ…!」
「ん?」
名が何かを見つけたみたい。
その視線の先には、よく知っている人物が居た。
彼女は反射的に僕の手をほどく。

「あ……っ」

ちくりと、胸が痛む。
心臓に釘を刺されたみたいに、ほんの些細なその行動が、苦しい。

「剣人さん…」
「こっちに気付いたみたい」

わかってるよ。
誰にも知られちゃいけない関係だってこと。
知られたい、自慢したい、見せびらかしたい。
でもそれはダメ。知ってるよ。わかってる。

それでも…

離れたのぬくもりを逃がさないようにするためなのか、
僕は自然と拳を握りしめていた。強く、強く。
不破くんと僕たちの距離が縮まるたびに、強く、強く。
穏やかじゃない感情がせりあがってくるような気がして、
深く深呼吸する。

やがて声の届く範囲に彼がやってくる。
「こんにちは、剣人さん」
「おう」
名を見て、彼は優しく目を細めた。

「こんにちは。不破くん」
「あ?」
僕を見て、彼は訝しげな表情をする。
―――先手を打とう。

「僕はオフ。名とそこで会ったんだ。不破くんもオフ?」
「いや、事務所行くとこ。台本、取りに」
僕の言葉を聴いて、彼の表情が幾分緩む。
隣の名もほっとした表情をしている。
「私、今日お休みだから、公園で読書でもしようと思って…おひるごはん作ってここに来たら、慎之介さんとそこでばったり会って…荷物持ってもらっちゃって…」
名のダメ押し。ちょっとぎこちないけど、まぁ及第点かな。
不破くんは彼女の言葉に2,3度軽く頷いた。

「………」
「………」
「………」

流れる沈黙。そよ風に、不破君の前髪が揺れる。

「じゃ、行く」
「……あっ、待って剣人さん」
名は僕の持っていたバスケットからひとつ、紙ナプキンに包んだベーグルを取り出す。
「剣人さんにはちょっと甘いかもしれないけど…ベーグル、どうぞ?」
「……ああ、わりぃ」

そう言って名が一歩足を踏み出した瞬間、
彼女の身体がぐらつく。
「きゃっ」
「名!」
急いで手を伸ばす。

「…っと…」
「っ!!」

―――僕の伸ばした手は彼女の身体に触れることはなく、
その華奢な身体は、僕には敵わない逞しい腕に抱きとめられている。

「大丈夫か?」
「う、うん…ごめんなさい」
「いや」

戸惑う名の身体をゆっくりと離すと、彼女の手からベーグルを受け取る。
そして、優しく微笑んだ。
心を許した相手にしか見せないような、僕の見たことのないあったかい表情。

「………」

再び握りしめた拳。
手のひらに爪が食い込む。

僕はいつもひとりぼっちだった。
手を伸ばしても触れられない人ばかり。
いや、僕なんかが手をのばしちゃいけない人ばかり。
僕は…きみにも触れていはいけないの…?
きみを抱きとめる手は他にもあると突きつけられたようで酷く辛い。

きみも…触れさせてくれないの…?


「サンキュ。じゃ」
不破くんは軽く手を上げ、背を向ける。
名もそれに笑顔で応えた。小さい手のひらをひらりひらりと振っている。

手のひらが、痛い。

「びっ……びっくりしたね」
「…………」
「慎之介…さん?」
「ちょっと、こっち」

彼から彼女を一刻も早く遠ざけるように、
さっきは触れられなかった身体を引き寄せ、手をとる。
そして辺りを見渡しながら、人のいない木陰へと彼女を引っ張る。

「慎之介さん!?ちょ、ちょっと!」

ようやく二人きりになれる場所に辿りついた瞬間、バスケットを傍らに置いて彼女をきつく抱きしめる。
大きな樹の枝葉で翳った場所。きっと誰からも僕たちは見えない。

そよ風が頭上の緑を揺らす。
柔らかい肌に僕の腕が、指が、少し食い込むくらいに、強く抱く。

「わっ」
「名…っ」
「慎之介さん…?」
「さっきはごめん……助けてあげられなくて…きみをエスコートするべきは僕なのに…」

彼女は道にあった石をヒール部分で直接踏んでしまい、
バランスを崩したのだった。

「僕の贈った靴の…ヒールのせいで転びそうになったんだよね」
「そんな、大丈夫だよ。私の不注意だもん」
「でも、そのせいで…」

不破くんの腕に抱きとめられた。
きみに触れていいのは僕だけなのに。

腕の中のきみは、僕を不安げに見つめている。
たぶん、僕はいまとても苦しい表情を“しているはず”だから。

うまくできている?

唇が触れそうな距離で、互いに息を殺している。
彼女は僕の次の行動を待っているし、僕はきみにどんなことをしようか考えている。

無垢な瞳を濡らすのは、
とても、
気持ち、いい。

「名っ…」
「ぁ…」

沈黙を破ったのは僕。
目の前につやつやと輝く潤んだ唇を、半ば食べるように捕える。
いちご色の、彼女がお気に入りだと言っていたグロスは、
ベリーの甘いにおいがする。
そのグロスごと彼女の甘い唇を味わう。

「ん……っ…名っ…名…っ」
「し、のす…けさ……ぁ…んっ…」

ああ、ダメだよ。そんな声出さないで。
頭の中をどんどん侵してく甘酸っぱい声。
鮮やかな緑色も、澄んだ青空の色も、くすんでくるくらいに、きみ色に染まっていく。
それが心地よくて仕方ないんだ。

「だめっ、こんなとこで…っ、誰か来たら…」
2本に腕に捕えられたきみはそこから抜け出そうともがく。
その身体に力を掛けて、僕たちを覆う大きな樹の幹へと追い詰める。

甘いベリーの香り、味。
ジャムを見たら、きみを思いだしそうなくらいに、濃厚で甘い。

「…………」

一端唇を離して、何も言わずに距離を取る。
触れる、一歩手前。
身体も、離してあげる。腕を解いて、直立不動の姿勢のままに、名を見つめる。
何が起こったかわからずに、彼女は潤んだ目を丸くした。

「じゃあさ、逃げてもいいよ?」
「……えっ…?」
「僕が鬼。前もしたよね?ここで。おにごっこ」
「…………」
名は僕の真意を掴み損ねて、不安げに瞳を揺らす。

「僕から逃げる?」
「慎之介さん……」

半歩、彼女が足を引いた気がした。
でもそれでわかってくれるはず。

いま、逃げられないよね?
その靴じゃ、さ。

「意地悪…」
名は俯いて、僕の服の裾を掴む。

「僕が?」
「うん」
「それは、うそ」

俯いた顔に手を這わせ、そっと上を向かせる。
真っ赤になった顔が、困った表情をしている。

その顔、好き。

「だって、きみの方が意地悪だから…」
「きゃっ……ん…」

僕をこんな気持ちにさせるなんて、よっぽど意地悪。

「っ……ん……ふ…」
「ぁ……ふ……」

再び唇を食むと、今度は大人しくそれを受け入れる。
掴まれた服がぎゅうっと引っ張られる。

「んっ……っ…」
「っ…ぅ……ぁ…」
酸素を得ようと顔をそむけても、回り込んで奪う。

ねぇ、苦しい?
さっきの僕の心みたいに。

「…はぁ……ごちそうさま」
「っ…!!ハァ…ハァ……ハァ…けほっ……」

突然解放された彼女は、思いっきり息を吸い込んで咽た。
まつ毛に滲む涙が愛しい。

「今度はこっち…」
そのまま顔を移動させて、白い首筋に唇を押し付ける。
唇に違和感を覚えるのは、きっと彼女のグロスが移ったからに違いない。
ちょっとべたべたするそれを、首筋に塗りたくる様に這う。

「ひ、ぁっ…」

そこを食みながら、彼女を拘束していた腕を片方解いて、
細い腰を撫でる。触れるか触れないかの微妙な力加減で、ゆっくり、ゆっくりと移動させて、
僕の身体に押しつぶされている、やわらかい膨らみを捕える。

「んっ!!!」

どんな表情をしているか見る事ができないけど、
きっととても困った顔をしているんだろう。

僕の好きな顔。

僕の好きな顔をあげていったらキリがないんだ。
怒った顔も、泣いた顔も、笑った顔も、困った顔も、全部好き。
全部、僕のもの。

だから、間違っちゃだめだよ。

「外で、ここ触られるのどう?気持ちイイ?」
首筋から耳へ。唇を寄せて囁く。
「だ、だめだよっ…!…ぁっ…」
泣きそうな声。

「あーあ。名がそんな声だしたら誰かに聞こえちゃうかも。我慢して、声」
「そんなっ…んっ……!!」

彼女が口を開いた瞬間にぐっと手に力を込めると、
名の声が辺りに響いた。
柔らかい果実に指が食い込む。
ついでに、硬くなっているであろう場所を指で擦ってやると、今度は細い腰が跳ねた。

「ふふっ、感じてる?」
「ち、ちがっ……ああっ…!!」
同じ要領で刺激してやると、また思わず大きい声を出してしまった名は唇を噛みしめて僕の方を睨んだ。
手を動かし続け、その弾力を楽しむ。

「も……やめて…慎之介さん…っ…」
「逃げてもいいよ?逃げられるなら」
甘く優しく囁くと、彼女はふるふると首を振る。
「名に知って欲しかったんだ…きみが…僕以外の男に笑いかけるたびに、こんな風に、苦しくて、せつなくて、追い詰められてるってこと……きみが…好きだから」
「…………うん」

本当はもう少し意地悪したかったけど、
せっかくのデートを台無しにしちゃいけない。
それは、家に帰ってからでもできるからね。

「……ごめん。もうしないよ」

いまは、ね。

2本の腕を解いて、彼女から一歩離れる。
そして、できるだけ優しい笑顔を浮かべる。

「怖かった?」
「…ちょっと……」
「ごめん…怖がらせたいわけじゃないんだ…」
「だいじょうぶ。私は慎之介さんだけ、見てるよ?」
「…………」

服の乱れを整えながら、彼女は困ったように笑った。
僕の幼稚な行動に呆れているのか、すべてを許してくれているのか。
呆れられたっていい、彼女はきっと、僕の全て受け入れてくれる。

「ありがとう。僕も名しか見ていない。だから…僕だけを、見てほしい」
「もちろん」
「…明るい場所でランチ、食べよ」
「うん!」

バスケットを拾い上げ、手を差し出すと、握り返してくれる。
僕たちはひだまりの方へと歩き出す。

淡い水色の靴が、太陽の光にきらめく。


ねぇ、知ってる?
ヒールの高い靴を男が贈る理由のひとつってね、
履いていると足元がおぼつかなくて、
いざというとき“逃げられない”様子にそそられるからなんだって。

僕から逃げようとしても逃げられない。
ああ、違った。逃げる必要のないきみには、もってこいだよね。

その靴をいつか脱ぎ捨てるときが来るかもしれない。
でも、怖くないよ。
次の手段を用意してあるから、ちゃんと。

可愛い小鳥は、逃げられないように、籠にいれるんだ。
……危ないからね。

どんな未来がきても大丈夫。
僕は間違えない。
きみというプリンセスを永遠に繋ぎとめておくためなら、なんだってするから。

ね。


2014.4.25


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