at dawn(霧島・微裏)
「ん……」
自然と目が覚めた。まだ辺りは暗い。
ベッドサイドに置いてある愛らしい置時計が指している時刻は午前5時。
起きるには少し早い時間だ。
今日はいつもとは違い、寮から仕事に行くわけではない為、余裕を持ってここを出た方がよいだろう。
しかし加算すべき時間を考慮しても、まだ動き出すには早い。
それに……
「…………」
俺の胸へと身を寄せてうずくまる彼女は規則的に穏やかな寝息を立てている。
いま俺が動いたら、彼女のことも起こしてしまうに違いない。
掛けた布団から少しだけ見えている華奢な方が寒そうで、布を引っ張り上げる。
風邪を引いたら大変だ。
そろりと手を伸ばし、彼女の背中の方へとずり落ちてしまっている毛布を引っ張る。
寝息に合わせて僅かに動く肩をそれで包み、布と身体に隙間が出来ないように背中の方へも手をまわす。
「ん……」
「!」
俺が手を伸ばした瞬間、彼女が寝がえりを打とうとしたため、俺の手と彼女の肩がぶつかってしまった。
起こしてしまったか……?
「……つ、かささ……ん?」
「…………」
寝言とも取れるふわふわとしたおぼつかない声。
返事をするのが躊躇われた。もし寝言だとしたら、積極的に起こしてしまうことになる。
以前、そういうことがあったっけな。
その時のことを思い出すと自然と頬が緩む。
いつ、どんな瞬間だって、愛しい彼女は俺を優しい気持ちにさせてくれる。
「どうして、笑ってるの?」
「あ……」
気が付くと、ぱちりと目を開けたきみがしっかりと俺を見つめている。
今回は寝言ではなかったらしい。
俺は笑みを隠そうとせずに、むしろ先程よりも頬を緩ませた。
「今日も名が可愛いから」
「……!?」
肩の方へと伸ばした手はそのままに、宙に浮いている。
その手をどうしようか逡巡しながら、彼女を見つめ返した。
きみは目を見開いた後に視線を落とした。まだ薄闇の中だからはっきりとわからないけれど、きっと白い頬を赤く染めて
いるのだろう。
「まだ早い。もう少し寝た方がいい」
うつむいたきみの耳元に唇を寄せて言う。
小さな耳まで赤く染まっているかどうかは知ることはできないが、この距離で囁くときみが俺にドキドキしてくれるって知ってるから。
ちょっと意地悪かな?
「つ……つかささんは?」
案の定、びくりと身体を震わせながらもそれを悟られまいと平然を装うきみ。
今度は俯いていた顔を上げて、まっすぐ俺を見つめてくれる。
「どうしようかな」
まるく、澄んだ瞳に映る俺は楽しそうに笑っているのだろう。
眼鏡を外しているから、きみに表情すらぼんやりとしか見えないのが残念だ。
くすりと笑ってみせると、彼女は困惑したようだった。
「つかささんもまだ大丈夫だよね?もう少し休もう?」
「んー……ちょっと寒いから、もう少しこちらに来てもらっても?」
「きゃっ……!」
彼女の背の方へと伸ばしていた手をそのまま下ろし、彼女の肩を自分の肩へと抱き寄せる。
春が近いとはいえまだ寒いのは事実だ。
身を寄せ合えばより暖かいし、何より彼女に触れたかった。
近づいたふたりの顔。
見つめ合う瞳。
きみはいま困った顔をしているのか、それとも驚いているのかな。
「あたたかいな」
「……うん、私も……」
「これから抱き合ったら、もっと暖かくなるな」
「えっ……!?」
背に回した手から、彼女が身を固くしたことがわかる。
素直なその反応に笑った。
「すまない。からかうつもりはなかったんだ」
「もぉ……」
「ただ俺はたぶん……そう、はしゃいでいる」
「今日、何か楽しみなことがあるの?」
「いや、いまが十分楽しいから」
「?」
「勿論、昨晩も……とても良かったが」
再び囁くと小さな身体が少し熱を帯びた気がした。
「はは、きみは素直だな」
「ど、どっ、どういう意味!?」
「言葉の通りだ」
「〜〜〜!!」
「俺も素直になろう。……キス、しても?」
きみは何も言わずにそっと瞼を伏せる。
この距離なら、きみの表情がよくわかる。
いまきみはきっと……素直に俺のキスを待ってる。
その先を期待する邪な俺の気持ちを覆うほどの純粋さに目眩がする。
愛しい。
「名……」
きみの瞳は俺の手で潤み、美しい涙を零す。
きみの耳は俺の舌に震え、きみの頬は俺の言葉で赤くなる。
きみの柔らかい唇は俺を励まし、ときに俺を受け入れ悦ばせてくれる。
きみのすべてが愛しくて、
でもきっといま衝動的にきみを抱いたら自責の念を抱くだろう。
ストッパーを掛けてしまう自分の頑ななまでに律儀な理性ときみの純粋さを少しだけ残念に思いながら、唇を重ねた。
「んっ……っ……」
「……ぁ……ん……」
唇の柔らかさと甘さを味わって、離れる。
「続きはまた今度」
「……うん」
「いま我慢した分、見返りを期待していると言ったらどうする?」
「えっ……!?」
「今のは冗談じゃないから」
笑いながら囁くと彼女はぎゅうっと目を瞑る。
恥ずかしさに耐えているようだった。
「さぁ、もう少し休もう」
「……うん!」
頷いたきみの身体を、布団ごとぎゅうっと抱きしめる。
「おやすみ、名」
光が差し込み始めた部屋は、えも言われぬ幸福感で満たされていた。
*END*
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