ときレス | ナノ


宵の陽炎(伊達=陰陽師/裏)

縁側に腰掛け、明るい空を見上げた。
紺碧の海に漂う黄金色。

「明日は満月、か」

庭のすすきが涼やかな風を受けてゆらゆらと揺れている。
季節は秋。
蒸し暑い夏ももうすぐ終わる。

とはいえ、
狩衣の下の肌はしっとりと汗ばんでおり、まだまだ涼しいとは言えない。
しかし湿った肌を撫でる風は、汗を程良く冷やしてくれる。

加えて、今宵は月が美しい。
空が澄んで、星の瞬きまでハッキリと見える。

灯かりは手元を照らす小さな行燈の仄かな光のみ。
あとは月灯かりで十分だった。

「よっ……と」

徳利を掲げ、傍らに用意してある盃を満たす。
そっと盃を持ち上げて、口元へと運ぶ。
僅かに波打つ透明な湖に、星が、月が落ちている。

口を付け、ぐっと飲み干す。
喉の辺りが一瞬熱くなり、やがて消える。

この一瞬の熱さは、恋に似ていると思う。
相手に夢中になるのは一瞬。

そうだ、恋は花火にも似ている。
鮮やかに激しく咲いて、すぐに消える。
だからその一瞬を満たしてやるために、
俺は全ての女性に、自分の一瞬を公平に分け与えていた。

求められれば愛を囁き、
強請られれば口づけを贈る。

恋も、愛も、一瞬の輝き。
しかし周りの女性たちは、この一瞬が永遠に続くと思っているらしかった。

一夜を共にした後も、
しつこく愛を求めてくる。
一瞬を与えた女性にもう贈るものはない。
返答をせぬままにしていると、今度は物の怪を送って寄越す。

「人の気持ちというのはわからぬものだな」

ぽつりとつぶやく。
その声は闇に落ちてすぐに溶ける。
鈴虫の声と、葉が揺れる音だけが響く庭。

耳を澄ませ、その音を楽しむ。

気持ちの良い夜だ。
こんな夜は彼女に会いたくなる。

酒のせいで少し熱くなった身体は、少しだけ切なさを覚える。
ほんのり赤くなった手のひらは、触れたことのないあの肌に焦がれる。

開いた手のひらを見つめ、叶わぬことだとそれを閉じたその瞬間。

「京也、さん……」
「……えっ」

いましがた想いを馳せていた相手の声が聞こえたので大層驚いた。
燃え上がる愛の刹那を、永遠に与え続けてもいいと思える唯一の相手。

「名……?おまえか?」
「はい」

門が開いた音が聞こえなかった。
もしかしたら裏から入ってきたのかもしれない。
彼女と、その兄にはその許可を与えていた。

耳を澄ませると、土を蹴る音が聞こえる。

「どうした?こんな宵に」
「はい」
「……隣に座って」
「はい」

焦がれていた相手が影からゆっくりと姿を現す。
ようやく灯かりが届く場所へときた彼女の顔はとても青白く見えた。
白小袖に長袴姿という出で立ちは、まるでついさっきこっそりと寝所を抜け出してきたような格好だった。

「危ないだろう。こんな遅くに」
「……はい」

徳利を退かし、自分のすぐ隣に座らせる。
こうして並んで話すのはいつぶりであろう。
久方ぶりすぎて、鼓動が高鳴っている。

”俺らしくもない”

名は友人である貴族の妹だ。
何かと気が合い、酒を酌み交わす機会の多い彼はよく彼女を伴ってここにやってきていた。
無垢で穢れを知らないような純真な娘で、少し気が強い所も俺好みだった。
兄の吹く笛を、楽しそうに聴いている姿に心奪われていた。

もし自分が永遠を約束するなら、
彼女しか居ないと、ずっと心に決めている相手だった。

だから柄でもなく心が震えている。
こんな気持ちの良い夜に、そんな格好で来られたんじゃ期待するなという方が無理だ。

酒を飲んだことを少し後悔する。

「それで、どうした?」

隣の彼女は俯き加減で、言葉を紡ぐタイミングを計っているように見えた。

目の前ですすきが揺れている。
鈴虫の声が先程までよりも大きくなったような気がした。

「京也さん、あの、私……」
「うん?」

まるで石を飲み込んだかのように声を発しようとしない。
俺はその顔色を伺おうと彼女の顔を覗きこんだとき、その小さな唇が震えながら開かれた。

「明日……嫁ぐことになりました」
「……え?」

一瞬で何も聞こえなくなる。

風が消え、音が消え、光が消え、
広がっていた景色がまるで灰色で塗りつぶされていくような感覚。
期待に膨らませていた胸に、まるで巨大な岩を投げ込まれたような衝撃。
心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの痛みに息苦しさを覚える。

「名……?冗談はよして……」
「冗談なんかじゃありません!!」

絶叫に、全ての音が還ってくる。
夢ではなく現実なのだと突きつけられる。

「ど……どうして急に……」
「本当は少し前から決まっていました。ある皇族の方に見初められ、次の満月の夜に婚儀を行うと……」
「そんなことあいつは……っ」
「私が、私が……兄に、京也さんには黙っていて欲しいと言いました」

隣で俯いていたおまえが突然顔を上げ、こちらを見つめる。
その瞳には涙が溢れんばかりに満ちていた。
膝の上で握りしめた拳は震え、身体から溢れる感情をどうしたらいいかわからないように見えた。

「……お前は……どうして拒まなかった」
抑えきれない怒りが声に滲んでいる。
返ってくる答えは予想できるのに、そう問わずにいられない。

「どうして拒むことができましょう!?皇族の申し出を拒めば、母上や父上の身も危うくなり、兄上はその地位を奪われかねません!!でもっ……私がそれを受け入れさえすれば……父上と母上の元には一生困らぬ程の賜り物が……兄上の地位は安泰です。もしかしたら出世できるかもしれません……」
「あいつは出世なんて望む男じゃないだろう!?」
平和をこよなく愛する彼女の兄を思い浮かべる。
あいつもこの結婚に賛成なのだろうか。
どうして止めてくれなかったのかと、親友に対して怒りに似た感情が芽生える。

「どうして!?どうして京也さんに咎められなきゃいけないの!?」
「それは……」

涙をたっぷり溜めた瞳で見つめてくる。強い瞳。
口は真一文字に結ばれ、ともすれば零れてしまう言葉を我慢しているようだ。

その強い気持ちに圧倒され、俺は自分の心を恥じた。
自分の内に秘めた気持ちを伝えずいたくせに、
いつかは一緒になれると思っていた。
俺の想いが叶わぬはずがないと、どこかでそう思っていた。

いつか。
いつかなんて曖昧な未来。

それを手にできると思っていた傲慢な自分。

それなのに、
突然自分から遠ざかっていく想い人に激昂するなんて。

酷い男。

黒い感情が渦巻く腹を落ちつけようと、1度深呼吸する。
そして丸い瞳を見つめ返す。
できるだけ優しい声色で話しかけた。

「…………おまえは」
「…………」
「おまえは、その男が好きなのか?」
「…………」
「おまえが相手を好きならば、俺は何も言わない。いや、言えない。おまえが好いた男だ」

ざあっ、と風が吹きぬけていく。
秋の葉が揺れる。
すすきの穂に金色の光が反射している。

「どうして……どうして、兄にこのことを黙っていて欲しいと言ったと思いますか?」
「……?」
「京也さんには知られたくなかった……。本当は何も告げずに明日を迎えようと決めていました」
「じゃあ、どうして……」
「兄が笛を吹いてくれたんです。もうしばらく聴けなくなるだろう、って」
「…………」
「そうしたら、ここで3人で過ごした夜のこと思い出しちゃって……」
「…………」
「兄の吹く笛の音を聴きながら、京也さんと一緒にぼんやりと月を見上げるのが好きで……私……」
「名……」
「あの頃に帰りたいって……そう思ったら……」

大きな瞳に溜まった涙が零れ落ちる。
刹那、限界まで溜まっていたそれは、決壊するようにとめどなく零れる。
「私は……京也さんとっ……、……っ!!」

気がつけばその身体を抱きしめていた。
強く。
骨の軋む音が聞こえてくるんじゃないかと思うくらいに、強く、夢中でその身を掻き抱く。

「言わないでくれ!」
「……きょ、や…………さん?」
「俺が、言うべきことだ……」
「!!」
「っ……ふ……」

彼女の髪に手を差し入れ、力任せに引き寄せる。
色づいた瑞々しい以知古みたいな唇を思いっきり吸う。
小さくて弾力があって、ずっと触れたいと、吸うてみたいと思っていたところ。

「んっ……っ……!」
「……ふ…………ぁ…」

彼女の手が俺の襟元をぎゅうっと掴む。
身体からだんだんと力が抜けていく。
それでもなお、口吸いを止めない。
零れた涙が唇へと入りこんできて、俺をますます煽る。
まるで自分の想いをぶつけるように彼女の柔らかな唇を蹂躙した。

「はっ…………ぁ…」
「……はぁ……名……っ」
「きょ……や、さ……ん」
「おまえが好きだ。おまえには俺の全てを捧げてもいい」
「!!」
「俺の愛は、この世の女性皆のものであるといつも言って来ただろう?だが……これはもう、おまえだけのものだ」
「…………」
「おまえを手に入れる為だったら、相手の男を殺したっていい」
「…………だめ、だよ……」
「じゃあどうしたらいいんだ!?この夜が明けたら、おまえはその男のものになるのだろう?!」

至近距離で見つめ合う瞳。
困った顔に、ではどうすればよいのだと喚きたい衝動に駆られる。
名に八つ当たっても仕方のないことなのに。

「私を……私を、今宵、京也さんのものにしてください」
「!?」
「夜が、明ける前に……っ」
「……名…………」
「私はその想い出だけで生きていけます……きっと…………きっと!」
「…………」
「だから……!」
名は俺の胸に顔を埋める。
きっと早鐘のように打たれる鼓動が、彼女の耳に届いていることだろう。

結婚したならば、初夜の儀式を避けることは難しいだろう。
相手の男に抱かれる前に、俺に……

「名……」
頬に手を添えて、目と目を合わせる。
「京也さん……」
「いいのか?本当に」
俺の問いに彼女は小さく頷いた。

まだ幼さの残る身体が微かに震えている。
口吸いも初めてだったのだろうから、これから起こる出来事はよほど恐ろしいものに感じるのだろう。

「怖がらないで大丈夫だよ……優しくする」
「……はい」
「……できるだけ、ね」
安心させるよう笑顔を作ってみたけれど、優しくできるかどうか正直わからなかった。
焦がれた彼女のありのままの姿を目の前にして、衝動を抑えながら事を運べる自信がなかった。

「まず屋敷の中へ入ろう」
「……はい」

緊張をほぐそうとなるべく優しく彼女に触れる。
履物を脱がせた後、肩を抱き寄せて屋敷の中へと導く。



月灯かりは屋敷の中にも十分入り込んできた。
部屋の中がとても明るく感じる。

薄布を敷いた畳の上に彼女を横たわらせ、その上に覆いかぶさる。
衣擦れの音が秋の夜に消える。

震える身体を覆い、不安げに開いた唇を自分のそれで塞ぐ。
口吸いに集中させて、羞恥心を忘れさせながら衣に手を掛けた。
その際に急いていた手が、揺れる膨らみを意図せず掠めて彼女の身体は小さく跳ねる。

「っ…………」
「あ……すまない、大丈夫か?」
「……は、はい……」
「それとも……感じた?」
「えっ……あの、よくわかりません……身体がぴりってして」
「それが快楽の種だよ。直に気持ち良いと思うようになる」
「は、はい……」

帯を解き、衣をゆっくりと寛げ、床へと広げる。
眼前に現れたのは目を見張るほどの美しい肢体だった。

いつまでも子どもだと思っていたが、
その肌は百合のように白く、手のひらに吸いつくようにしっとりと柔らかい。
大人に近づく……いや、もうほぼ大人と言ってもおかしくない、
早熟した身体に、先程までの曖昧な自信は完全に打ち砕かれた。

「…………綺麗だ」
「あの、あまり……見ないで下さい」
「今宵しか見られないのだろう?今宵だけは、きみは俺のものだ」
「恥ず、かしいから」
「だーめ」
白く丸い胸を覆い隠そうとする2本の腕を掴み、それを床へと押し付ける。

「よく見せて」
「きゃっ……」

ふるりと揺れる胸の先端を口に含んで甘えるように舌で転がす。

「きゃ……っ……ぁっ……や……やだ……あっ」

拒絶の言葉は甘く響く。
本人はこの刺激にまだ慣れていないようで、感じたことのない不思議な感覚に翻弄されている。

「どう、変な感じ?」
「へんっ、へん……に、っ……ぁ…」

そこで喋ると、歯が直接鋭い刺激を与えるようで名の背が撓る。
胸が俺の顔に押し付けられる形になって有難いんだけどね。
思いがけず捧げられたような双丘を夢中で味わう。
柔らかくて甘くて、まるで極上の甘味のよう。

もう片方は指で優しく突いたり、摘まんでみたりする。
花を摘むように軽く力を入れると、そこがぷくりと膨らんだ。
彼女の白い肌に咲く赤い花。

―――そうだ。
跡は残しちゃ、いけないんだろうな。

急に現実を突きつけられて、心臓が冷たくなるような感覚を覚える。
だが、頭を振って思考を追いやる。
今はこのかけがえのない瞬間の事だけを考えなければ。

「その刺激を受け入れて……気持ちイイでしょ?それが、感じてる、ってことだよ」
「そ、なの……?あっ……う、……はぁ……」
「凄くかわいい、名……」

気を抜けば泣きそうになってしまう。
声が震えてしまったような気がした。
だから気を持ち直して、笑顔を作る。

悲しみの中で抱き合うなんてご免だ。
彼女をこの腕に抱く幸福と快楽を分け合う夜にするのだから。
そう、しなければならないのだから。

名の瞳は潤んでいた。
溜まった湖に俺が映っている。俺だけを映してくれている。

月明かりに光る彼女の白い胸。
俺の唾液の跡がきらきらと光っている。
胸から腹へ踊る様に指を這わせ、薄い茂みへと滑り込ませる。

「!!」
「だいじょうぶ……よかった……ちゃんと濡れてる」
「えっ……?」
「感じてくれてたんだね。ありがとう」
「…………っ」

惑う表情に唇を落とす。
彼女は口吸いが気に入ったらしく顔を近づけるたびにうっとりと瞳を閉じた。

「指を、入れるよ?」
「は……はい」

おそらく自分でも触れたことのないであろうそこに俺の無骨な指が入りこむ。
思った以上に蜜が溢れていて、彼女が感じやすい体質なのだと知った。
気持ち悪いのか、しきりに腰を揺らす。
その様子に笑みが零れた。

「どうしたの?腰を揺らして……おねだり?」
「ち、ちがいますっ……!なんか気持ち、悪くて……」
「そうだろう。誰も触ったことのない場所なんだから」

潤ったその中心を探り当て、1本だけ指を入れてみる。
俺の身体の下で細い足が強張る。
さすがにきつい。

「名、大丈夫?力を抜いてごらん」
「で、できません……どう、どうしたら……」
「大きく息を吸って、吐いてみて」
「は、い…………」

彼女が息を吐いた瞬間に奥へと指を進める。
びくりと小さな身体が揺れる。
「ふふっ、きみの中、アツい……」
解すように中で指を動かしてみる。
彼女の表情が少し歪む。
「あっ……んっ…………ひ……っ」
「ここをほぐしておかないと、後で辛いから……少しだけ、我慢できるかい?」
「……はい……っ」
「いい子だ」

もう1本指を増やしてみる。
堅く閉ざされたそこを拓くようにゆっくり、でも確実に中を刺激する。
そして同時に、その入口の傍にある芽をつぶしてやると、蜜がどっと溢れて来た。

「ここ、気持ちいいかい?」
「あっ……や、そこ…………んっ……!!」
艶めかしい声が響く。
月光が彼女の表情をハッキリと見せてくれていた。
玉のように浮いた汗が一筋零れ落ちる。
まるで宝石のよう。

「俺だけの……宝玉」
首に垂れた汗を舌で舐め取ると、名の身体がびくりと震える。
困惑したような、快楽を耐えるようなその表情を永遠に見つめていたいと思った。

しかし一瞬の連続で永遠を紡いで彼女に捧げることは、もうできない。

月も傾いできている。

しとどに濡れたそこに入ったままの指は、
確実に締めつけられていた。

「もう、大丈夫、かな?」
「……はい……?」

続けざまに与えられる快楽に身体が反応しきれなくなってきたのだろう。
とろんと蕩けた瞳で彼女は答える。

「おまえを俺のものにするよ」
「…………は、はい……」
再びその身体が堅く強張る。
純真な初々しさが愛しい。

自分の衣を焦りながら脱ぎ捨てると、
ちょうど月が雲に覆われ、光が届かなくなる。

「……あ、あの……やはり、」
怖いのか不安に揺れる瞳。
「だめ、もう止められない……俺にも」
口を吸って微笑んで見せる。
俺たちには時間がない。

ほうら、やっぱり優しくしてやれるなんて嘘だった。
俺は自分の欲望に敗北を喫そうとしている。

急かされているのか、急かしているのか。
焦らされているのか、焦らしているのか。

もうわからなかった。

ただひとつ、ハッキリとわかることは、
愛しいおまえと、一刻も早くひとつになりたい。

それだけだった。

「……名」
「京也さん……」

世間から見れば、これは不徳の行為。
いくら前夜とはいえ、夫を持つ確固たる契りが交わされた後の逢瀬。

心だけじゃない、身体まで重ね合ってひとつになる。
批難されるだろう。

今宵のことは2人だけの秘め事。
いま生まれる熱は永遠に俺の心を焦がし続けることだろう。

「はぁっ……」
「ぅ…………んっ!!」

擦れた肌同士が汗でべたついてくっつくような感覚。
このままもっともっと熱くなって、蕩けてしまえばいいのに。

繋がったまま溶けて秋の夜に消える。
こんな気持ちいい夜に無へと帰すことができたなら、
それほど幸せなことはないだろう。
おまえとなら尚。

「はっ……ぁ………あっ……」
「きょう、やさん……ぁっ……」

痛み耐えながら零れる愛しい声が、俺の名を何度も何度も呼んでくれる。
彼女に全て覆われた俺はそのたびに熱く膨らむのを感じる。
痛みすら覚えるほどにおまえが絡みついてくる。

おまえの声が好き、心が好き、顔が好き、身体が好き。

「全部、……っ……おまえの、全部が、好きっ……」
うわ言のように、お前の身体を貫きながら呟く。
彼女に届いているかは分からない、痛みと熱さの中で彼女の意識は朦朧としている。

「好きだ、好きなんだっ………好き、……好き、だ……」
涙が溢れてくる。

どうしてもっと早く伝えることができなかったのか。
さすれば、おまえの未来を繋ぎとめることができたのに。

「もっと、ぎゅ、て……して……京也、さ……んっ……」
「する、いくらでもしてやる…………名っ……名っ」

彼女の両腕が俺の背に回る。
2人の身体の間で柔らかな膨らみが潰れ、俺の律動に合わせ俺の肌で擦れる。

切ない吐息の重なる闇夜。
月はまだ顔を出さない。

吐息の混ざり合う漆黒の部屋、闇を裂いて遠く彼女の名を呼ぶ声がした。

「ん……あ、兄上……!?」
「はっ……ぁ…だめだ……行かせない……っ」
「きゃっ……!」
「黙って……俺だけを、感じてくれっ……」
「むっ…………んっ……」
その口を手ですっぽりと覆って、彼女の声を押さえこむ。
俺はもう一方の手を虚空へと翳し、簡易な印を切る。
これくらいなら片手でも可能だ。

一瞬で、見えない壁が屋敷に張りめぐらされる。
結界。
これで少しの間だけなら、追手たちの目を欺く事が出来るはず。

お願いだから、
そっとしておいてくれ。
今だけは、今だけは……!

彼女の口を解放してやる。
熱い吐息が漏れる。
甘えるように俺の背中に両手をまわして深く息を吸い、吐いた。
密着した裸の肌が汗でとろとろになっている。

「朝までは、おまえは俺のものだ」
「…………はい……」
「愛してる……愛してる、名」
「私も……愛しています……京也さん……」
その声に滲む彼女の愛。
零れる涙を唇で吸う。
愛しい人の涙の味を永遠に忘れることはないだろう。

汗と体液でぐちゃぐちゃになった肌に、
意識が錯綜してくる。
何もかも捨てて、何もかも忘れて、めちゃくちゃにおまえを抱いていたい。

朝が永遠に来なければいいのに。
奇跡など起こりえぬと頭の片隅でわかっていながらも、
まるで全てを壊しつくすように、
ただ名の身体を何度も何度も穿つ。
俺をいつまでも忘れないように。俺がいつまでもおまえを忘れないように。

「はぁっ、あっ……んっ……ああっ……ひっ……ぅ……」
「きょ、やさ……んっ、ああっ、やっ……ふぁ…ああ……ん……」

獣みたいに見境なく欲望のままにおまえを抱く。
その香りも味も声も淫らな水の音も華奢な指の辿る軌跡も忘れないと誓う。

「名……っ……あ……ああああっ……んっ……」
「んっ……あっ……あ、んっ……ぁあっ……」

おまえの見る最後の俺は、優しいままの俺がよかったとふと思ったがもう止められなかった。

気がつけば月明かりが再び差しこんでくる。
薄紅に染まったおまえの顔がはっきりと見える。
美しく……神々しいとさえ思う。

俺の愛した、たった一人の女性。

どうか彼女の中に俺の記憶がいつまでも残るよう、
俺の触れた場所を、俺の囁いた言葉を永遠に忘れぬよう。
その心の奥に仕舞って、鍵を掛けて。

現世ではないかもしれない。
またいつか二人出会える日がきたら、共にその鍵を開けよう。

もう、決して道を違えぬと誓うように、
俺たちは最後の接吻をした。


2014.7.10.


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