ときレス | ナノ


星になれたら(音羽/微裏)※ヤンデレ注意

「はぁ……っ……」

きつく繋いでいた手がうっすら汗ばんでいる。
きみの小さな手を潰してしまうんじゃないかと思うくらい、
強い力で握っていたから仕方がない。

甘い吐息が僕の髪を揺らす。
僕の声もすっかり熱を帯びていて、吐息と共に零れてしまう。
我慢する力も残ってない程、きみを貪った。


まだ夏には遠い、少し穏やかな夜。
それでも愛しあった後の僕たちの身体はどこもかしこも熱くて、
触れ合っている部分からとろとろ溶けてしまいそう。

指を少しだけ解いて、きみのとなりに倒れ込む。
買い換えたばかりふわふわのベッドが大きく揺れた。

「……ん…っ………はぁ……はぁ……」

ベッドに倒れ込んだまま、乱れた息を整える。
隣のきみは、きっといつもみたいに気を失ってるんだと思う。
正しく言うと寝ちゃってる、かな。

僕がいつも思いっきり抱くから、限界まで付き合ってくれるきみは、
行為のあと意識を失ってしまう。
規則正しく漏れる吐息が、きみが眠っていることを教えてくれる。

それでね、少しすると長いまつ毛がそろりと動く。
甘い秘密の時間の扉を開けるように。

ほら。
お姫様のお目覚め。

とろりと重たそうな瞼を一生懸命開けて、
まだぼんやりとした世界で一番先に僕を見つける。
そう、一番先に見つけるのは僕以外じゃだめ。

「……しん、のすけ、さん?」
さっきまで辛そうな、でもそうじゃない声を散らしていた唇が、
そっと囁く。

「なぁに?」
優しく答えて白い額にはりついた髪の毛をそっと掬う。

きみが目覚めたとき、
その脱力して動かない身体をしっかり抱きしめて、髪を撫でているのが日課。
僕の腕の中にいるきみはまるでお人形さんのよう。

……本当にお人形さんみたいに、
いつも僕のそばに置いておけたらいいのにな、って思うけど、
その願望は心の中に閉まっておいてる。

きっとそう話したら、きみは笑うから。
慎之介さんはロマンチストだね、って。

―――本気なのにな。


緩慢な身体を動かし、僕の身体にすり寄るきみ。
ふんわり広がるいいにおい。

「私、また寝ちゃってた?」
「ちょこっとだけね」
「……いつもごめん……」
照れたように俯く。
その髪に顔を埋め、香りを胸一杯に吸い込む。
瑞々しい果実の香り。

「いいんだ。きみの可愛い寝顔が見られるから」
「恥ずかしい……」
「さっきまでの方がもっと恥ずかしいことしてたのに?」
「……もぉ!」

いつも通りの穏やかな夜。
窓から入ってくる風が心地よい。
少し湿っていて、冷たい。

「そういえば、今日は七夕だね?」
言いながら名が顔を上げると、視線がぶつかる。
まだほんの少しだけ赤い顔。
やっぱり今日は無理させすぎちゃったかな。

「そうだね。日付が変わって7月7日だ」

日付が変わる少し前に、お風呂上がりでぽかぽかのきみを攫ってベッドに閉じ込めたんだっけ。
時計を見ると、もうすぐ2時半だ。

「織姫と彦星、今年は会えるかな?」
「んー……どうだろう?天気予報では曇りみたいだね」
「そっかぁ……」

彼女の肩越しに窓の外を見ると、
月がぼんやりと霞んでいる。朧月。
―――曇りじゃなくて、雨が降るのかも。

寂しそうな表情をする名の髪を一層優しく撫でる。
濡れていた髪はすっかり乾いたけど、変な跡がついちゃってる。
明日の朝直してあげないと。

……あ、そうだ。

「ねぇ、名」
「うん?」
「もし、僕と名が離れ離れになっちゃったらどうする?1年に1度会えるか会えないか、まるで織姫と彦星みたいな状況に陥ったとしたら」
「えー!」
大きくて零れそうな瞳がさらに見開かれる。
視線をさ迷わせるところを見ると、これが例え話じゃない可能性もあると考えているのかもしれない。
安心させるように、よしよしと頭を撫でる。
「例えば、だから」
「う、うん……」
「どうする?」
「……困るよぉ……」
「困るだけ?」
「んー……」

単なる思い付きの、些細な問いに一生懸命悩む彼女の腕が無意識に僕の背中に回される。
細い指が背を優しく撫でただけで、スイッチが入ってしまいそうになるから困る。
きみに朝まで付き合って貰うことになっちゃう。

深呼吸して、その衝動をなんとかやり過ごす。
名は僕の背の触り心地を楽しむかのように、ゆっくりと優しくその手を動かしている。
気持ちいいけど、ちょっとエッチ。

もう1度深く息を吐いてから、問いに戻る。

「僕だったらね」
「うん?」
「もし、きみと僕が1年に1度しか会えない、しかも会える保証がない状況になるとわかったら……」
「うん」
「死んじゃうかも」
「……えっ?」
「だってさそうしたら天国で楽しく暮らせると思うんだ。……きみと……」
「…………」
「ふたり同じ場所で一緒に命を断てば、きっと次の世界を一緒に始められる……そんな気がして」

そこで言葉を断ちにこりと笑うと、彼女は困ったように笑った。


その困った顔が好き。
だから、こんな風に無理なこと言ってみたりする。

八の字に歪んだ眉は、
僕の言っていることを一生懸命理解してくれようとしている表情。


突拍子もないことだって思うでしょ?
……そうでもないんだよ。

そんな想いは胸にしまって。


泣きそうにも見えるその表情をほぐそうと、
僕は笑顔を作る。


「……冗談だよ?」
「もぉ!」

唇を尖らせ、僕の裸の胸に顔を埋める名。

「ふふっ、ごめんね。きみの困った顔が見たくて」
「……ちょっと、怖かったんだから」
「僕ならやりかねないから?」
「ううん、慎之介さんが突然遠くに行っちゃう気がして。朝が来て起きたら、隣にいないんじゃないかって……」
「それは随分急だね」
「……そんなのやだ……」
おどけた声で返しても、彼女の声は少し震えているように聞こえた。
思いがけないところできみの愛を感じて胸が高鳴る。
「ははっ。きみを置いてどこかに行ったりしないよ」

いやいやと首を振るきみが愛しくて、
ぎゅうっと抱きしめる。
彼女は安心したのか首の動きを止める。

「慎之介さん、どこにも行かないで」
胸に感じる、彼女の唇。
ちゅう、と吸われてぞくりと震える。
彼女なりの仕返しなのだろうか。だとしたら随分と意地悪な行為だ。
やっぱりきみを寝かせたくなくなっちゃう。

「どこにも行かないよ……約束する」
「…………うん……」
「きみも、どこにも行っちゃだめだよ?」
「…………」
「名?」

返事がない。
やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。

「寝ちゃった」

体勢のせいで、寝顔がよく見えない。
でも身体を動かすと彼女を起こしてしまいそうだから、今夜は我慢することにした。

丸まった彼女の背中に、やわらかな月光が降り注いでいる。
しかしそれも寸前まで迫っている薄雲にやがて遮られてしまうだろう。

やはり明日は雨になる。

白いむき出しの背中をしっかり覆うよう、
ブランケットを掛け直す。
月から彼女を隠すように。

「冗談なのは、半分、かな」

もし、
きみと半永久的に離れ離れにならなくちゃいけなくなったら、
僕はすぐにでも命を断つだろう。

きみがそばにいない人生なんて考えられないよ。

そして星になるんだ。
いつでもきみを見守ることができるし、
きみからも見つけてもらえるでしょ?

夜空を見上げるたび、僕を思い出してくれればいい。
きみの心を永久に繋ぎとめておけるならそれ以上幸せなことはない。

僕は夜空に散って、天の川の欠片になるだろう。
きみを想いながら。

そして、
きみの瞳の中で輝き続ける。永遠に。


2014.7.7.

prev / next

[ back to top ]