ときレス | ナノ


After the LIVE (霧島 / 微裏)

鳴りやまない歓声。
いくつも上がる拳。

ステージ中央の彼らはまだ動かず、
会場をじっと見つめていた。

1000人以上入るこの会場を、真っ白に染める彼らの歌声。

最後の曲が終わり、
最後の音が消える。

その瞬間、まるで音に解放されたように動き出した彼ら…3Majesty。

慎之介さんも魁斗さんも、そして司さんも、本当にかっこよくて…。
関係者席にいる私は、会場全体の空気にあてられて、泣いてしまいそうだった。
ここにいる誰も彼も、みんなが彼らをまっすぐに応援していて、
3人はその声援に正面から応える。
その純粋な関係が嬉しくて、ここにいられることが、彼らを支えられることに幸せを感じる。

3Majestyを応援できてよかった。
彼らはこんなにも熱く、ファンに応えてくれる。

笑顔で手を振る姿が滲んでいる。
泣いちゃだめだと言い聞かせて、ひとつ深呼吸。

目を閉じると、お客さんの歓声が荒々しい波のように身体に満ちる。
まるで音の波に放り込まれたように、そこにただ身を沈ませる。

少し後、ゆっくり目を開くのと、客席にもライトがあてられたのが同時だった。
ひとりひとりの顔が、しっかりと彼らに見えているようで、そのひとりひとりに視線を移し、「ありがとう」と繰り返す。
眩しい笑顔は、更に会場の空気を熱くした。

続く歓声。
ステージ上の彼らは3人で手を繋ぎ、それを高く掲げた後、深くお辞儀をする。
大きくなる声。沸き起こる拍手。

素敵で、キラキラしていて、
まるで夢を見ているようだった。

ステージで笑っているのは、お店に来ているときとは違う、
アイドルの司さん。

ふたりでいるときともやっぱり違うから少しだけ寂しい気もするけど、
あんなに輝いている彼を応援しない理由があるだろうか。

私はぐっと拳を握りしめて、誰よりもまっすぐ司さんを見つめようと決めた。
視線を上げるとなんとなく彼と視線がぶつかった気がして、鼓動が高鳴る。
けれどそれはすぐに外され、別の方向へ。


ここでは私の恋人ではない、みんなの光。

応援すると決めたんだから。
寂しい心に蓋をして、ステージから退場する彼らに誰よりも大きな拍手を送った。


*


「えっと…3Majesty…3Majesty……楽屋……どこ…」

差し入れを抱え、控室の方へ。
オールエリア通行可能なパスを渡されていたから、どこでも自由に行くことができた。
しかし、肝心の楽屋が見つからない。
スタッフさんに案内してもらおうとするも、みんな忙しそうで声を掛けるのが憚られた。


そうしているうちに―――。

「迷った…」

地図なんて持ってない。
ときおり、壁に据え付けてある会場案内パネルが唯一の道しるべだったけれど、
複雑でよくわからなかった。
どんどん奥に入ってきてしまったからか、
だんだんとスタッフの姿も見えなくなっていた。

自分の足音だけが響いて、不安になってくる。

「会えなくても仕方ないかな…」
差し入れはまた改めて渡せばいい。
紙袋に入っている、3人のイメージカラーでラッピングされたお菓子を見つめ、
小さく溜息を吐いた。

どこまでも続くコンクリートの壁。
見た目もほとんど変わらず、どこも同じに見える。
これ以上進んだら、今度は帰り道がわからなくなりそうだった。

「戻ろうかな」

ライブの後は打ち上げがあるだろうし、
今日はお店には来ないだろう。
家に来るかな?後でメールしてみよう。

そう決め、踵を返そうとしたときだった。

「名?」
「えっ…」

背中に響いた声。
探していた彼のもの。

「司さん!」

振り返ると、衣装のままの彼がいた。
汗で細かく分かれ乱れた髪、紅潮した頬、まだ暑いのか衣装の胸元を開けている。
見慣れない彼の姿に、動揺してしまう。

―あまりに、かっこよくて。

新しい彼を知るたびに、どんどん好きになってしまう。
私は毎日、彼に恋をしている。

「お……お疲れ様!」
動揺を悟られないように、笑顔を作って駆け寄る。
静かな通路に、ヒールの音だけが響く。

彼はその言葉に、ようやく口元を綻ばせた。
しかし、まだ表情が硬い。

こちらをじっと見つめ、まるで何かに耐えているように微かに眉根を寄せた。
泣きそうにも見えるその表情に、心臓が冷える。

「どうしたの?体調、悪いの?」
「………いや」
一言つぶやいた彼は、おそるおそる手を翳し、私の髪をそっと撫でる。
腫れものに触るような手つきに、悪い想像が頭をよぎる。

「もしかして…来ちゃまずかった?」
「…………」
「……司さん?」
「こっち、来て」
「…えっ、わあっ…」

荷物を提げていない方の手を掴まれ、近くのドアの中へと押し込められる。
いつもの彼では考えられないような少し乱暴な動作に、不安が渦巻く。

バタンッ…

急いでドアを閉め、勢いよくそこに背を預ける司さん。
心臓を叩くような大きな音が辺りに響いた。


無造作に放り込まれた私は居場所がなく、視線を彷徨わせるしかなかった。
彼の次の言葉が怖かった。

来ちゃ、まずかったかな…

付き合ってることは、まだ誰にも言っていない。

いつも差し入れを持ってきているから、
関係者だって誤魔化すこともできるから大丈夫だってこの前言ってくれたけど、
やっぱり行動に移すのは良くなかったのだろうか。

さっきまでの感動が、徐々に冷えていく。
アイドルと付き合うことはそういうことなんだと、
目の前に突きつけられているようで、泣きそうだった。
さっきまでの幸せな涙とは違う、哀しい涙。

差し入れの入った手提げを握り直して、
動かない司さんを見据える。

「わ、私…帰るね。押しかけちゃって…ごめんね」
最後の方なんて、うまく言えてなかったかもしれない。
声が掠れて、震えて、みっともない。

私の言葉に、司さんは少し視線を上げる。
虚ろな瞳なのは、ライブの疲れからか、それとも私に呆れているからなのか。


迫ってくる絶望に、足元が崩れそうだった。
そして突きつけられた言葉。

「………きみが、ここにいるのはよくないな」
「………」
ハッキリ言われると辛い。
私は唇を噛みしめて、彼の凭れるドアから外に出ようと足を踏み出す。

「ごめ…」
「ライブのあとは…自分が自分じゃないみたいで……名」
「えっ…」
すり抜けようとした瞬間、彼の腕に攫われる。
ぐいっと引き寄せられ、抱きすくめられ、そのまま身体を反転させられた。


―――ダンッ!


強い力でドアへと押し付けられる。
金属音と共に背中に衝撃を感じた。
鈍い痛み。

端正な出で立ちとは裏腹に、
しっかりと筋肉のついた2本の逞しい腕が、強い力で私の汗ばんだ手首をドアへと縫いとめる。


少しかがんで、私の目線と同じ高さになる彼。
濡れた前髪の隙間から覗く瞳は、いつもの優しいそれとは違う、何かに追い詰められたような色が滲んでいて、


怖い。

「………」
「……?」
「……っ…」

彼は何かを言い淀んでは噤む唇を、
私の耳へと寄せる。

「つ、かさ……さん?」
「……ライブは楽しんでくれた?」
「も、もちろん……」
「……俺も、楽しかった」
「う、うん」

熱い吐息が耳をくすぐる。

至近距離で囁かれて、熱い身体に自由を奪われ、彼の行動を見つめることしかできない。
いつもと様子の違う彼に、戸惑いが隠せない。

必死に青色の瞳に縋るけれど、そこからは何も読みとることが出来ない。
手首を掴んだ彼の指がもどかしげに蠢いている。
彼がしたままの革の手袋が、衣装についた飾りが肌に擦れて冷たさと違和感を覚えた。

「どうしたらいいかわからなくて…」
「……え?」
「興奮がおさまらなくて…自分が止められなさそうで…きみを…」
「つかさ、さん?」
「めちゃくちゃにしたい衝動に駆られて……どうしようも、ない」
「つ、つかささ…」
「黙って…っ」
「っ…!!」
声は途中で断たれる。

彼の濡れた唇はさらなる刺激を求めるように、ぐいぐいと押し付けられてきて、
声にならなかった吐息が彼の唇を染める。

手首は更に強い力で掴まれ、熱い2つの身体はぴったりと重なり、足と足が絡み合う。

彼が角度を変え、唇を押し当ててくると共に、その勢いで二人の服に皺の波が生まれる。
大きな身体にすっぽりと包まれた私は首を高く上げさせられながら、
その熱いキスを受け入れることしかできい。

欲望まみれのキス。
愛や恋なんてどこかに置いてきたような、
野性的で、執念深く、扇情的なくちづけに、身体が熱くなる。

「んっ…」
「っ……」

くちゅくちゅとふたつの濡れた舌が絡み合って、
溢れた唾液が零れ落ちるのを感じたが、彼はキスを止めない。
微かに漏れる自分の声が甘く、興奮で昂ぶっていて、
思わず耳を塞ぎたくなる。

慣れたいつもの場所と違う、
冷たく無機質なこんな部屋で、
私たちの熱だけがエスカレートしていくようだ。

手首から離れた彼の手が私の両頬を挟み、更に追い打ちをかける。

深く、深く、絡まる。

私も自由になった手を動かし、彼の濡れた髪に指を差し入れる。
置いていかれないように必死だった。

「ん…ふぁ……っ…ん…」
「ぅ…ん……ぁ…ふ」

閉じた瞳、
暗闇の中で、彼の舌と唇だけを感じる。

私の両足を割った彼の太ももが、ゆらゆらと動いているのを感じて、
思い切り、いやいやと顔を左右に振る。

「はぁっ……ぁ……はぁ…だめ、だめだよ、司さん、こんなところで…」
「はぁっ…はぁ……んっ…はぁ…だめ…鎮めて……俺を……」
離れる舌、下唇は触れ合わせたまま言葉を紡ぐ。
近くで揺れる青い瞳は切なさで濡れていて、どうしようもなく愛しくなる。

「司さん…」
「もう、少しだけ……おかしくなりそうなんだ…」
「…………」
「……はぁ…っ……名の前では、とても紳士じゃいられないな…」

まるで自分の嘲るように彼がそう呟く。
聞き覚えのあるフレーズ。
まだ記憶に新しい、ステージの彼が脳裏を過る。

彼が再び瞳を閉じた。
隠れた青い瞳を悦びで濡らしたくて、
私も目を閉じた。

宛がわれる唇はまだ欲に塗れていて、
求められる悦びで堕ちてしまいそう。


またひとつ、彼を知る。
もっと、彼が好きになる。



明日もきっと、私は彼に恋をする。



* END *


prev / next

[ back to top ]