ときレス | ナノ


the secret in his fortress(霧島 / 微裏)


「不純異性交遊という言葉を知ってる?」

黄昏どき。
窓の外からは運動部の荒々しい掛け声が絶え間なく聞こえる。

温度の感じられないこの部屋で、
私は彼と二人きり。

なぜ改めて呼び出されたのかもわからなかった。
話があるなら教室で言えばいいじゃない。
普通に話す、クラスメイトなんだし。

「知ってるよ。それで?」
「心当たり、ない?」
「…………ない」

一瞬、昨日のことが頭をよぎる。
ふわふわした彼との甘すぎるキスの時間。

結局、私が飴の味をあてるまで、
悪戯で強引なキスは続いた。
酸素も体力も奪われ、懸命に呼吸を繰り返す私を、
楽しそうに眺めていた彼の表情を思い出す。

…サディスティックな一面があるのかもしれない。

とんでもない人を好きになったものだと、
少し後悔する。
でもその気持ちはすぐに新しい興味へと変わって行った。

もっと、彼を知りたい。

帰りたくないと駄々をこねる彼を引きずるように、
保健室から出た。

あまりにもむくれるので、
続きはまた今度、と告げると、
じゃあ、明日ね。と明るい表情へとすぐ変わる。

やはり、
とんでもない人を好きになったものだと。
自分を少し恨みはしたけれど、
彼への気持ちに変わりはなかった。


今朝、1限目の途中、
『いるよ』とメールがきた。

おそらく、私がここでこうしている時間にも、
彼はいつもの場所で私を待ってくれている。

…寝てるだけかもしれないけど。



「へぇ。…気付かなかった?」

回想は、響いた低い声に中断される。

私に背を向けたままの彼は窓の外を見つめている。
正された背中の向こう、青い空に飛行機雲が長く長く、棚引いていた。

「何に?」
「キス、してた」
「………」
「保健室で。あんなに長いキスを見たのは初めてだったかもな」
「……趣味悪いのね」
「…見られる方が悪いだろう?」

そう言って、生徒会長はくるりと振り返る。
無機質な部屋。綺麗に並んだ机と椅子。
卓上は見事に整理され、黒板も輝いている。
塵ひとつ落ちていないんじゃ、と思うほど、造られたような部屋。

ここの長…、
ここを支配している彼の性格をよく表していた。

「霧島くん」
「なに?」
「それを言うためだけに私を呼びだしたの?」
「教室で言ってほしかった?性的活動を声高にひけらかしたい願望があるとは、いささか意外だな」
変わらず纏う余裕ある空気。
口元にはうっすら笑みを浮かべ、私の出方を窺っているように見えた。

「用がないなら帰る。人がキスしてるとこ観察する趣味のある人とこれ以上話すことはないから」
睨みつけても、彼の表情は変わらない。

「観察は興味がある対象にしか行わない。よって、きみのキスには興味があるということだ」
突然、何を言い出すのだろうこの人は。

「……音羽くんの方じゃなくて?友達が言ってたよ、男の人って比べたがるんでしょ?テクニックとかそういうの」
そう言うと、彼は初めて声を上げて笑った。
馬鹿にしているとか、蔑んでいるとか、そういう下品なものではない。
上品で彼らしい、静かな笑い声。それはとても楽しそうに聞こえた。

「………」
口を噤んだままその様子を見守る。
彼の後ろの空に、もう飛行機雲はない。

前髪を少しかきあげ、霧島くんは私がいる出口の方へ近づいてくる。
話は終わったんだろうか。

「話が終わったんなら帰る」
「待て」

踵を返そうとすると、腕を掴まれた。
繊細で知的な彼らしくない強い力。

「い…痛いよ…」
「行くのか。あいつのところへ」
「…………答える必要ないでしょ」
「行って、キスして…もしかしてそれ以上のこともしてる?」
振り返って睨みつける。
「………」
予想に反し、彼は真剣な表情をしていた。
眉間にしわが作られそうなほど、歪められた眉。
端正な顔立ちは影を潜め、先程の余裕は微塵も感じられない。

不意を付かれて、声が出なかった。

「端的に言おう。俺と付き合ってほしい」
「………へ……?」

なんとも間抜けな声が出てしまった。
思い詰めた表情をする彼から出た思いがけない言葉に、
ぐっと心臓を握られた感覚。身体が一気に熱を持つ。

「聞こえなかったか?俺と」
「聞こえました!聞こえたけど…どうして?」
「きみが好きだからだ。他に理由などない」

ブラウス越しに肌に食い込んだ彼の指。そこからだんだん痺れが広がって行く。

「………私で遊んでる?」
「何を馬鹿な。俺は、欲しいと思ったものを手に入れたいだけだ」
「……私が好きなのは音羽くんだから。霧島くんには…」
「比べたがると言っただろう?きみが比べてくれないか?」

ぐっ、と掴まれた腕を引っ張られ、
彼の熱い胸に抱き寄せられた瞬間、もう一方の腕に出口を塞がれる。
音羽くんの甘い香りとは違う、清涼感溢れるミントのような香り。
鼻を抜けるようなそれと裏腹に、彼の腕は私の身体を離さぬよう、どんどん強く抱きしめてくる。

両腕ごと彼の胸の中に収まってしまった私は、
顔を見上げて睨みつけることしかできない。
肩を揺すって脱出を試みるも、それは無意味なことだった。

睨みつけた視線の先、彼は再び笑みを浮かべていた。
今までに見たことのないようなその微笑みに不意に胸が高鳴る。
庇護欲を掻きたてる、例えば子犬や小鳥に向けられるような、愛しげな眼差し。

「きみが欲しい」

後頭部を掴まれ、顔を固定される。
髪の間に彼の細い指が入りこんで、背がざわつく。

彼の綺麗な顔が近付いてきたと思った次の瞬間には、
既に拒絶の言葉は奪われていた。

「んっ……!!」
「っ……ふ………」

音羽くんのとは違う感触、唇の弾力を楽しむようなこともせず、
性急に舌を差し入れてくる。

まるで焦っているように、全てを奪い尽くすかのような勢いで、
彼の熱い舌が蠢いている。

「ぁ……んっ…っ…」
「ん……ふ、っ…ぅ…」

抵抗することも叶わず、
彼にされるがままになりながら、
心の中で、ただひたすらに保健室にいる彼の名前を呼ぶ。

相手を音羽くんだと思おうと必死なのか、
音羽くんに助けを乞うているのか、自分でもわからなかった。

彼の唇から洩れる甘い溜息は、
必死に抵抗する私の耳をも擽って、
背徳感と焦燥感を煽る。

彼のワイシャツの裾をぎゅうっと握りしめる。
そんなことは彼の行動に何も影響を与えなかった。
むしろ気付かないかのように、
私の中を味わい続ける。

「っ……ぅ…ん…っ」
「ふ……ぁ…んっ…」


シャッ…!

そのとき突然物音がした。

そちらを見ると、いままで窓を覆っていたカーテンが開けられている。

「見られるの、はぁ……ぁ…嫌いではないんだろ?」
一瞬唇を離した彼は、
意地悪く微笑んでそう耳元で囁く。
「ちが……っ!」
否定する言葉はまたもや彼の唇で消されてしまう。

運動部の掛け声は相変わらず聞こえるし、
別校舎からこちらが丸見えだ。
ここからじゃ保健室だって……!!

また私の口内をぐちゃぐちゃに乱した後、
荒い息を吐きながら、唇を解放する。

至近距離で見つめながら、彼は私の髪を何度も撫でる。

「きみは俺のものになるんだ」
「…………」
「きみを手に入れる為ならなんでもしよう」
「…………」
「俺は生徒会執行部のトップだ。全生徒を掌握している。加えて教師たちの信頼も厚い。……言いたいことはわかるだろ?」
軽く小首を傾げ、挑発的な眼をする。

睨みつけた私に再び小さくキスをし、彼はパッと両腕を広げた。

放り出される身体。
よろめいて、壁に身体を預けるしかなかった。
足に力が入らない。
ずるりと床に座り込んで、私を見下ろす男の足元を見つめる。

「どうだった?彼のキスと比べて」
「はぁ……はぁ……」

酸素が届かない脳ではうまく考えが整理できない。

「少し猶予をあげよう。よく考えてみることだ」

降ってくる言葉。
視界から消える靴。

乱れた衣服を整え、鞄をひっつかむ。
振り向きもせず彼の城を飛び出した。


2014.6.16.

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