ときレス | ナノ


小悪魔なきみと悪魔な俺(魁斗)

レストラン開店前。

(開店まであと30分、か。そろそろ来るかな)

カランカラン

まだ「CLOSE」というプレートが下げてあるドアのベルが鳴る。

「よ!」
「魁斗さん、いらっしゃいませ。あっ、まだ開店前だから鍵掛けておいてもらってもいい?」
「おう」

姿を現したのは、魁斗さんだった。
これくらいの時間に店に来ると事前に言われていたのだ。

「お、いい匂い」

香りをいっぱいに吸い込むような仕草をして、微笑みを浮かべる。
3Majestyの王子様。みんなの王子様。
司さんの指示の元、戦略に基づいた活動をし、その姿はどこからどう見ても完璧な王子様。
だけど、私にだけは素の表情をたくさん見せてくれる。

今日だって…

「チーズたっぷり挟んだホットサンド。温かいうちに食べてね」
「さんきゅ」
「でも、びっくりしたよ。いきなり電話で”弁当を作ってくれ”だなんて」

出来たてのホットサンドを容器に入れて、冷めないようにナフキンで包む。
おしぼりを添えて、紙袋に入れ、魁斗さんに渡した。

「仕方ないだろ…お前の料理が食べたくなったんだ」
「いつもみたいにデリバリー頼んでくれてよかったのに」
「今日はロケだから、スタジオじゃないんだ」
「そっか…じゃあ夜もきてもらえないのかな…」
「っ…………遠くだから、営業時間内にはこられないな…」
「そっか…寂しいなぁ」

紙袋を渡すときに少しだけ触れた手。それも一瞬で、魁斗さんの綺麗な指は名残惜しそうに離れた。

「お前それ本心から言ってないだろ」
ムッとした表情で魁斗さんが言う。
私はくすくすと笑った。最近魁斗さんをからかうのがちょっと楽しくなってきてしまっている。

「そんなことないよ?」
首を軽く傾げて見上げると、魁斗さんはますますしかめ面になる。

「お前なぁ…」
「だって魁斗さん、最近可愛くって」
くすくすと笑いながら言うと、頭上で「なっ」と声が上がる。

「どこが可愛いんだよ!」
「そういうところ!」
「〜〜〜〜っ!」
言葉にならないうめき声をあげる。本当に可愛いのだから仕方ない。

「でも、私、魁斗さんのそういうところ、好きだよ」
3 Majestyの中で一番話しやすいのも事実だ。もっとこの人を知りたい、もっと話をしてみたい、そう思わせる魅力のある人。

「……可愛くない」
「可愛いよ」
「お前のが…!」
「……?」

言いかけてやめる魁斗さん。
そっぽを向いて顔を赤くしている。
その顔を見上げると、後ろにある時計の針が開店時間少し前であることを告げていた。

「魁斗さんそろそろお店…」
「俺が可愛くなんて全然なくって、本当はどんなこと考えてるか知っても…お前は変わらず接してくれるか?」
不意に真面目な声が落ちてくる。
背筋に冷たいものが走った。まっすぐな彼の瞳は、私を見ているようで、その更に奥を見つめているようでもあった。
そこにいつもの”王子”はない。少し怖くなって、私は瞳を逸らす。

「あ、当たり前だよ。どんな魁斗さんでも、魁斗さんだもん」
「あーっ、もぉっ!」
「ひゃっ…」
強い力で抱き寄せられる。彼の鼓動が伝わってくる。

「そんなに安心しきった顔するな…俺はきっと…お前が考えてるよりもっと…ずっと悪い男だ」
「か、魁斗…さ…ん?」
「お前にこの想いを伝えたら嫌われるって…思ってるくらいに…ひどいこと考えてるかもしれない」
「そ、それって…どういう…」

背中に回された手がかすかにうごめく。
甘い痺れが背中を走る。耳元に掛かる息は切なげで、私は思わず唇を噛みしめる。

カランカラン

そのとき、ドアのベルがかすかに鳴って現実に引き戻される。
施錠済みのドアを、誰かが開けようとした音のようだった。

「あっ、か、開店時間っ!…出るときは裏口の方が…いいか…も!」
「…………っ…」
魁斗さんは、何か言いたげな強い視線で数秒、私を見つめた後、レストランの裏口へ消えていった。

彼の熱が、まだ身体に残っていた。


130329


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