絡みつく想い(伊達/裏)
「はぁ、楽しかったなぁ」
久しぶりの休日。
普段、なかなか店を休むことができない私を気遣って、
学生時代の友人が私の休みに合わせて、食事に行こうと誘ってくれた。
気兼ねのない友人との久方ぶりの再開。
昼間は映画を見て、夜は食事をして。
昔話に花を咲かせた後、勢い余ってカラオケまで行ってきた。
お店に流れるX.I.Pの曲に、
いまこの歌を歌ってる人と付き合ってるんだ…とは言えなかったけれど。
それでも、会えない日でも恋人の姿をポスターやカラオケ店のテレビの中で見るなんて不思議だ。
時刻は23時を過ぎ、終電が近いという友人と別れて帰路についた。
京也さんにも、今日は友人と会うから、会えないってメールしてあったし、
あとは帰宅して、明日の仕事に備えるだけ。
夜に沈んだ街は昼間と打って変わってとても静かで、
コンクリートを叩く、自分の足音だけが響く。
明日の準備を頭でシミュレーションしながら、バッグの中にある家の鍵を探す。
見えてくる家のドア。
その前に誰か立っているようだ。
“怖いな…”
街頭に仄かに照らされたその人の姿はあまり見えず、私は歩く速度を落とす。
こんな時間に他人の家のドアの前に立ってるなんて…。
変な人だったら怖いから、いなくなるまで待ってから家入ろうかな…。
もう少しで家なのに面倒…
そう思っていたら。
「き、京也さん!?」
そこにいた人物はほかでもない恋人だった。
「どうしたの!?こんな遅くに」
「おかえり。待ってたよ」
私の声で顔を上げた京也さんは笑顔を作る。
「何かあったの?」
「いーや。名を待ってた」
「え?」
「それよりさ、寒いとこにずっといたから冷えちゃった。家入れてくれる?」
「う、うん…」
春はすぐそことはいえ、夜は冷える。
自分の身体を抱きしめるようなしぐさをした京也さんは白い息を吐く。
私は慌てて頷き、鍵を開けた。
「どうぞ。すぐに暖房つけるからね」
「………」
「京也さん?どうしたの?風邪ひいちゃう…」
「なぁ…」
「ん?」
「………ううん、なんでもない。お邪魔します」
ドアが閉まらないよう押さえていた私の隣をすり抜け、靴を脱いでから、部屋に上がる。
いつもとちょっと違う彼の様子を不思議に思いながら、
私はドアを閉め、それから、しっかりと鍵を掛けた。
中に入ると、立ち尽くした彼。その背中に声を掛ける。
「今日はどうして?メールもしたのに」
「俺が会いたかったから。来ちゃだめだった?」
くるりと振り返って微笑んだ顔はいつもの京也さん。
あれ?私の勘違いだったのかな?
「ううん、ダメじゃないよ。ただ、こんな遅くにわざわざ…、もしかして何か相談事とか?悩みとか?」
「んー…まぁ、そうかも」
「私でよければ聴くよ?アドバイスとかできないかもだけど…」
「いや、お前次第」
「……え?」
「朝から楽しそうだったな」
「………?」
頭一つ分高い、彼の綺麗な顔。
たくさん、たくさん見てきたはずなのに、その瞳にはいつもと違った光が燈っている。
仄暗くて、計り知れない闇のような。
「映画行って、ディナー。それからカラオケ。すごく楽しそうで、俺さ、オトモダチに妬いちゃったよ」
「ど…どうして…?」
心臓がスーっと冷たくなり、身体が熱くなる感覚。
どうして?京也さんが?
「最近さ、お前がモテモテみたいだって、知り合いの記者から聴いてね。
俺はお前に夢中で、お前以外興味なんてなくて他のこと全然見えてなくて…。
でも、冷静になって周りを観察してたら、みーんなお前のこと見てた。
どこかの澄ました王子たちも、うちの野獣たちも」
「…………」
「だから今日も、そいつにお願いしてたんだ。逐一、お前の様子を報告してほしいって」
「…………」
静かな部屋に、心臓の音と京也さんの溜息だけが聞こえる。
「ストーカーみたいだって思ったか?」
「…………ちょっと…」
「ハハッ。正直な子。でも…俺をこんな風にさせたのは間違いなく名だから…悪い子ちゃん」
逞しい腕が伸びてくる。
あっという間に背中に腕を回され、抱き寄せられる。
あったかくて、安心する胸の中なのに、今日は酷く苦しい。
「あのレストランには、お前の料理を…いや、お前を求めてたくさんの人がやってくる。
お前はその期待に応えて、うまい料理ととびっきりの笑顔でもてなしてる。
サイコーだよ…でもさ」
「………」
「それはお前以外だってできるだろ?」
「なっ…!!ひどい!!なんでそんなこと言うの!?」
胸の中で身を捩るも、彼の力は緩まない。
熱い胸の中で、彼の熱い鼓動がどくんどくんと響いてくる。
いつもより速いリズム。
酷いこと言ってるって…わかってるの…?
「現にお前が来る前は、じいさんがひとりでやってたんだ。酷いって罵られてもいい。酷いこと言ってるのわかってる。
お前にはレストランがある。でも俺には……」
”お前しかいないんだ…”
痛いくらい哀しい声が落ちてくる。
もがくのをやめて、顔をあげようとすると、
彼は顔を逸らし、また改めてぎゅっと抱きしめてくる。
「いまサイコーにださい顔してるから見ないでくれ」
「京…也さ…ん」
「俺には…お前しか…」
胸と胸に挟まれた自分の両手がじんじんと痺れる。
彼の苦しげな声に、抱き返すこともできない己がとてもやるせない。
「俺を捨てないで…」
「何言ってるの?私の恋人は京也さんだし、私は京也さんが好きなんだよ?」
「ホントに?」
見えない顔。
背にまわされた手が、そろりとそこを這う。
急に動いたので、小さく声を上げてしまった。
「俺も、お前が好き」
ようやく回されていた腕の力が緩み、
彼の身体との間に隙間が出来る。
挟まれた腕をそろりと動かし、うまく力も入らぬまま彼の腰に回した。
「名…」
名前を呼ばれて見上げれば、哀しげに微笑む京也さんの顔。
その頬には光の粒。
「どうして泣いてるの?」
もう1度そろりと腕を動かし、彼の頬を撫でる。
光の粒を拭うと、彼は申し訳なさそうに笑った。
「お前が好きすぎて苦しいから、かな」
「…………」
「信じてないだろ?」
「………うん…」
「お前が俺を心配してくれるその顔見てるだけでイきそう」
「……!?」
ハハッ、と彼は眉をハの字にしながら笑い、
頬に触れていた私の手を取り、軽くキスをする。
ちゅ…
触れた瞬間にあった切れ長の目が、酷く欲情していて、めまいを覚えた。
彼の視線は縋るようでいて、支配者のようで、混乱してしまう。
そして掴まれた手をそのまま彼の…
「あっ…」
「な?」
服の上からでも窮屈そうに膨らんだ熱いそこに手をあてがわれて、小さく声をあげた。
「どう…すれば…いいの?」
自然にそんな言葉が出てしまう。
ストーカーみたいな行為されて、酷いこと言われて、
怒って突き放して然るべきなのに、
どうしても彼を拒むことができない。
これが彼の魅力。
むしろ自分から相手を悦ばせようとしてる。
もっと求められたいと思ってしまう。
どうしちゃったの、私。
「わかってるんだろ?」
掠れた声。彼が追い詰められているときの声。
この声が好き。
「名…慰めて…くれる?」
背に回されていた腕が解かれ、頭を優しく撫でられる。
大きな手のひらにこうして撫でられるのが好き。
京也さんが好き。
「暗く…しないの?」
「お前が必死で俺の咥えてる顔が見たいから、だーめ」
悪戯っ子のようにくすくすと笑う。
半ば諦めに似た気持ちになりながら、それでもその行為を拒むという選択はしない。
私は彼の腰に腕をそのままに、床に膝をつく。
目に入った自分のコートの裾に、まだそれすら脱いでいないことに気付いて笑う。
ベルトのバックルに手を掛けて、解く。
ちょっと硬くて爪が痛い。
「んっ…」
手首でちょっと擦ってしまったみたいで、
頭上から艶めかしい吐息が聞こえた。
「ご、ごめん…」
「悪い子ちゃん…そういうテクも身に付けちゃったの?はぁ…焦らし上手攻め上手?」
ようやくベルトを外し、ファスナーを下ろす。
明るいところでみるのは滅多にないから、どうしようもなくドキドキしてしまって、
ちょっと視界を狭めながらパンツと下着に手を掛けた。
どうしてこんな大きなものが自分の中に入るんだろう、ってくらい、
硬く膨張したものを目の当たりにして、慄く。
手のひらで包み込むととっても熱かった。
軽く刺激しただけでも、頭上から吐息が降ってきて、意地悪してるみたいな気持ちになる。
「ね……もう…っ…早く…名っ」
頭をやんわりと包む、彼の震える指がはやくはやくとねだる。
「んっ…」
先端に口づけると、既に濡れていて、彼が酷く興奮しているんだろうなと感じると同時に、
自分に欲情してくれたことが嬉しくて、そっと頬張る。
「っ…!」
「んっ……」
口に入れた瞬間、また質量を増したそれに、息苦しくなる。
口の中いっぱいに広がる熱。
たどたどしく舌を絡ませると、また熟れた吐息が降ってくる。
「はっ…名…ん……っ…」
「っ……む…ん……」
口を塞がれ、息が上手くできない。
京也さんの熱と、色っぽい声と、溢れてくる体液と混ざり合う唾液。
声にならない声をもらしながら、懸命に彼を咥える。
「あっ……ん……っっ…」
頭に添えられた手にぐっと力が入ったので、
彼の顔を見上げると、眉根を寄せて、必死に快感に耐えている表情。
「その顔……たまんねー…くっ…」
「っ…ん……ふ…っ……」
私の顔もきっとだらしないのだろう。
限界まで口を開けて、呆けた顔で、懸命にそれを刺激する。
「ねっ…う、動かして…みて?」
「…っ……ん……」
返事も半ば、頬張ったままの顔を前後にゆっくりと動かす。
口に入りきらない部分を手で包み込んで擦りあげる。
「ぅ…!くっ……」
普段こういうことしないから、全然上手くできてないと思う。
それでも感じてくれてる彼がとても愛しい。
リズムを刻む。
リズムに合わせて小刻みに漏れる声に耳を犯される。
口の端から零れた液体がコートの裾を濡らす。
やっぱり脱ぐべきだった。
「あっ……ああ……っ……!名っ…名」
「ふ…ぁ……ぁう……」
「名…好き……好きで仕方ないんだ…名…名っ…」
熱に浮かされたように私の名前を何度も呼ぶ。
苦しくて涙が溢れて来たけど気にならなかった。
むしろ彼の表情が見えなくなるのが残念だと思った。
「っ、も……う、ダメだ……イきそ…!」
「っ……ふ……っ…」
「あっ、離して…っ…くっ…あっ!!!」
「ふぁ…!?」
口の中で弾けて迸る白いそれがノドの奥を刺激して咽る。
すぐに抜いてくれたにも関わらず、飛び散った白色は私の顔と服を汚した。
「けほっ…っ…けほっ…」
「…ごめん……気持ち良すぎて夢中になってたら…」
「う、ううん……だいじょうぶ…けほっ」
「吐き出して……飲んで、って言ってみたいとこだけど」
くすくすと笑う。
その声からは先程の切なく痛々しい様は感じられず、ほっとすると同時に少しさびしくなる。
「ごめん。汚しちまった。寮に帰るときクリーニング出してくから。せっかくのカワイイ服が台無し」
「ううん…大丈夫だ…よ?」
「でも、ぐちゃぐちゃになったお前を見て、また興奮してるのも事実だから、まだ帰れないかも」
「…え?」
光の下ではなるべく見ないようにしていた彼のそこが、
また立ち上がっているのが目に入る。
驚いて目を見開くと、京也さんは笑った。
「ねぇ、次はお前んナカでイきたい」
「…もぉ……」
「もっと…もっと、俺のこと愛してるって、感じさせて?…名?」
「………」
また縋るような寂しげな瞳。
演技なのか、天性のものなのか。
私がそれに弱いことを彼は熟知しているらしい。
アイドルとして地位も名声もありながら、
”お前しかいない”と繰り返す。
ワイルドさで売っているアイドルの弱い部分に、
酷く心打たれてしまう。
罠だって、わかってるのに。
こうして彼は私をずるずると彼のナカに引きずり込む。
いつか、出られなくなる日が来る、
そんな予感が胸をかすめる。
「名……好きだよ」
「…うん」
「俺を捨てないで」
「…うん」
彼のでべたべたになっていることにも構わず、
私の頬を愛しく撫でる。
「一生、離さないで」
「…うん」
離さないで、
は、
”離さない”
の意味。
そうでしょ?京也さん。
2014.4.1
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