ときレス | ナノ


sing with me. (透 ver.)

俺らの曲がカラオケ配信され始めてから1週間。
もう十分、練習する時間は与えたつもり。

っつーことで。




暗い部屋。
隣の歌声と、店内BGMが混ざり合ったヘンな音が微かに聞こえる。

春はすぐそことはいえ、まだまだ肌寒い3月。
渡したコートをハンガーに掛けてくれたお前に礼を言ってからソファに腰掛ける。

「今日寒いね」
「ちょっと薄着だからじゃねーの?」
「だって春物着たかったんだもん……久しぶりのデートだし…」

なにそれ、俺に見せたかったって?
綻びそうになる口元を慌てて引き締め、ぷいっと顔を逸らす。

「ふぅん…ま、似合ってるけど」
「え?」
「なんでもない」

実質、VSライブ中は全然外で会えなかったし、ふたりでゆっくり会うの久しぶり。
バレンタインすらライブ前でばたばたしてたから、サイコーにお預け状態。
少し離れてソファに腰掛けた彼女から漂うシャンプーの香りにさえドキドキして。

伸ばしかけた手をぐっと抑えて、拳を作る。

こんな昼間からがっついてかっこ悪い男だって思われたくない。
今日は長いんだから。

今日の完全オフをもぎとる為に、
昨夜遅くまで書き物仕事して提出して、心配事なにもないようにして出てきた。
呼び出し食らったらたまったもんじゃない。

だって、
今日はずっと一緒にいたいから。

1日ずっと一緒に居られるって思うと、気分が昂ぶっちゃって、何話したらいいかわからなくて、
大きいテレビ画面に映るカラオケ機種独自配信の映像をなんとなく眺める。

すると突然隣から声が上がる。

「あっ!」
「?」
「X.I.P!透さん!透さんだー!!」

画面に映し出された俺らのCDのCM。
なんか変な感じだ。
俺の目の前で、画面の中の俺に興奮する彼女。

嬉しいような、嬉しくないような。

事前に運ばれてきていたコーラにストローを差して、荒々しくかき混ぜる。
なんとなく画面から目を逸らした。
きっと続けて流れるのはあいつらだから。

「あっ、3Majestyも…!わあ…すごいね…!」
「…………」
「透さん?」

俺が何も反応しないのを不思議に思って、お前は首を傾げる。

「あっ、もしかして妬いた…とか?」
「……っ!?」

突然とんでもない言葉が聞こえたから、コーラをノドに詰まらせて咽る。
そんな間抜けな俺を見て、隣の彼女はころころと笑った。

「ふふっ、冗談だよ!そんなこと言ったらまた”うぬぼれんな”とか言われちゃうし」
「けほっ……っ……。っっったりまえだろ!!うぬぼれんな」
「はいはい」
「〜〜〜〜っ!」

なんかあっちのペースに巻き込まれてる気がする。
気に入んない。

「確かさ、X.I.Pと3Majestyのデビュー曲がカラオケに入ったんだよね?今日生歌聴けるの楽しみにしてたんだ!」
「何言っちゃってンの?俺が聴く方だけど。俺の生歌をタダで聴こうなんて100万年早い」
「…えっ!?」
「練習する時間、十分あっただろ?」
「えぇ!?ていうか、透さんの前で歌う勇気なんてありません…!」
「だーめ。歌うの。これ決定ね。ハイ、入れたから」

近くにあったリモコンを操作して「CHEAT DANCER」を入れる。
マイクを彼女の前に置いて、俺は腕組みをした。
俺は歌わないよーってポーズね。

目の前に置かれたマイク、そしてすぐに流れ出すイントロに、泣きそうな表情を浮かべるお前。
ああ、イイネ。その顔。

「うぅ…無理……」
「大丈夫。もし上手く歌えなかったら俺がリードしてやる」
「ホント?」
「でも最初は歌ってみなよ。見ててあげる、この透様が。俺の曲を”上手に”歌う、お前を」
「っ…うぅ……」

観念したのかマイクを手にする。
俺の視線を振り払うように画面だけを、きっ、と見据えて、息を吸った。


***


「わあ…88点…!」

採点モードもプラスで設定しておいたから、
歌い終えると、画面に点数が映し出された。

「それ可もなく不可もなくってとこ?」
「えっ、良い点数……じゃないかな…?そこそこよかったよね…?」
「正直に言ってほしい?」
「……遠慮しておきます…」

彼女の歌声は明朗でクリアで、歌っている姿はとても楽しそうだった。
緊張はしてたけど。
でも聴いてるこっちもノリたくなるような、そんな歌声。

聴いていて楽しかった。
だから…

「ま、悪くはなかったんじゃねー?」

褒めてやると、彼女は嬉しそうに笑った。

「ホント!?」
「でもまだ曖昧なとこ多いだろ」
「……ハイ……」

3人分を1人で歌うんだし、3Majestyの曲よりメロディアスじゃないから、ハードルは高いはず。

「じゃー、言った通り俺がリードしてやる」
「わぁ…!じゃあついに透さんの生歌…!」
「さーね。とりあえずこっちきて」
俺のすぐ隣を軽く叩いて、そこに座る様に促す。
「えっ?」
「はやく」
「ん……うん…」

戸惑いながらも立ち上がった彼女は、俺の指定した場所に座ろうとする。
その瞬間、その手を掴んで引っ張った。

「わ!」
「よ、っと」

自分が両足を開いたその中に、彼女を収める。
後ろから俺が抱き締めるような形だ。
シャンプーの香りがさっきよりずっと濃厚で、今すぐ首筋に顔を埋めたくなる衝動に駆られる。

「いっ、いきなりどうしたの!?びっくりした…!」
「新センターの透センセーが手取り足取り教えてやる」
彼女のお腹の方へ両腕をまわし、自分の身体を背中にくっつける。

あったけー。

すっぽりとおさまった彼女は何が起こるのか不安なのか少し肩を竦めた。

「じゃ、もーいっかい」
「えっ!?」
俺は手元のリモコンを操作して再び同じ曲を入れる。

「間違ったとこあったら教えてやるから」
「う、うん……でもこの体勢歌いにくい…緊張する…」
「いーの。ずっと会えなくて…ずっとこーしたかったんだから…」
「!……もぉ…」
俯く首筋が少し赤くなったように見えて、俺は笑う。

いつだったか。
俺がうなじにぐっとくると言った頃から、彼女はデートのとき髪を結ってくることが多くなった。
結んだ姿も可愛いけど、俺の為に髪を結おうと決める彼女がなお可愛くて、くすぐったくなる。

イントロが流れ、
歌詞が画面に表示される。

さっき彼女が間違って覚えていた部分を頭の中で反芻して、
そこがきたら教えてやるつもりだった。

どうやって?


こうやって。


画面に向かうお前の視線を確かめてから、
むき出しになった小さな耳に唇を寄せる。

「空っぽの部屋ーお前が欲し…ひゃあっ!と、透さん!?」
「んー?…んっ……」
薄く硬いとこに歯を立て、すぐあとに舌でなぞる。

「やっ……くすぐっ…た…」
小さい身体がびくんと震えて、俺の腕の中で跳ねる。

「っ…ん……さっきんとこ間違ってたから教えてやろうと思ったの」
「だからって、耳っ、舐めな…ぁっ…」
「んっ……ははっ…マイク通したお前の声…リバーブ掛かっててエロい」

がくりと項垂れて、ただその刺激に耐える姿も可愛くて、
1回でやめるつもりだったけど止まんない。

お前の手からマイクが零れ落ちて、嫌な音を立てた。

彼女は小さく頭を振りながら俺の唇から逃げようとする。
煽られた俺は、ますます逃がすまいと、腰に回した腕に力を込めて、耳から首筋へ、キスを繰り返す。

春物の服は薄手で、お前の体温を直に感じる。
冬よりもっと近づける。

寒い冬は二人でぬくもりを分かち合いたい。
でも、今はお前の体温を奪いたい。

首筋をきつく吸って跡を残し、
手が違うとこに伸びそうになる前に、腕の力を緩める。

彼女はその瞬間、少しふらつきながらも立ち上がり、少し離れた場所に倒れ込む。
そして頬を膨らませてこっちを睨んだ。

あー…
怒られるかなー…

「もぉ!透さん!?」
「そんな感じちゃって…エロいの、お前」
「だ、だって…!」
「隣の部屋に聞こえてたかもねー。あー。恥ずかしいやつ」
「!!!」
「可愛かったけど…」
「!!……ず、ずるいよそういうの!」
「ずるいのはお前だろ?!いつも俺を煽って焦らして!」
「え……?」
「………知らねー」

ハァ〜
かっこわりぃ。

言うつもりなかったのにそんなこと。

自分はアイドルだし、あっちはレストラン経営者だし、
忙しい中、こっちの都合に合わせて貰ってるってわかってんのに。
でも俺がいないときも、レストランには客がいっぱいきて、
あいつ目当てで通ってるやつらだって…少なくとも5人知ってるし。

「……ずっと二人きりで会えなくて…不安にならない方がヘンだろ」
「…私だって…」
「…?」
「会えないと不安だもん…いっつも透さん何してるのかなって…可愛いアイドルの子たちと一緒なこととかあるのかな…とか…ちゃんとご飯食べてるのかなって…」
「おいおい…最後……」
「ずっと会いたかったの…」
「…っ!」

そう言って涙でうるんだ瞳を伏せた姿を見て、自分のガキっぷりに嫌気が差した。

「ごめんなさい」
「…え?」
「悪かった。なんかもう…俺…お前に触れる口実が欲しかっただけ。イジワルして悪かった」

流れる重い沈黙。
俺は床を見つめ、彼女の鋭い視線に耐える。
聞こえてくる音は相変わらずの不協和音。

そんなイヤな時間をとめたのは
彼女の笑い声だった。

「透さん…ふふっ」

神妙な俺の表情が面白かったのか、お前は突然吹き出した。

「おい!人があやまってるときになー!」
「ごめん、ごめんなさい…ふふっ」
「おいっ、笑ってんじゃ…」
「じゃあ、お詫びに生歌を聴かせるよーに!」
俺がいつも命令するときみたいな言い方で、彼女は言い放つと、リモコンで曲を入れる。

「なっ…!」
「TOHRU with X.I.P!新センター、透さんの生歌を!……聴きたいな?私」
「………仕方ねー。トクベツだかんな」

何万人の聴衆が居ても、
テレビの向こう側に何千万人のファンがいても、
いつもお前の為に歌ってるつもり。

”ガキっぽい俺 無茶したい”
歌詞がいまの俺に沁みる。

”鼓動が乱れて おれはイッちゃいそう”
後ろから抱きしめるだけで鼓動はめちゃくちゃ暴れて、
マイクから漏れたお前の声だけでイッちゃいそうだった。

歌詞、どう考えても俺とお前のことだろ?

だから、今日は本当に、目の前のお前の為だけに。

乱れる夜の、その前に。
お前を夢中にさせてやるから。

覚悟するように。


* END *


prev / next

[ back to top ]