ときレス | ナノ


sing with me. (霧島 ver.)

「………」

「………」

画面に映し出された数字は「96点」
司さんはわずかに眉間に皺を寄せた。

もうこの部屋に通されて3時間が経過している。

3Majestyの曲「Show up!」のカラオケ配信が始まってすぐ二人で訪れたとき、
司さんがカラオケの採点モードで出した点数は「92点」だった。

それだって十分凄いのに、
本人は納得できないらしい。

100点絶対とりたいモードの司さんに連れられ、
週1でカラオケにきては挑戦しているけれど、
まだ満点を出せていない。

「あんまり歌い過ぎるとノド痛めちゃうよ?」
「ノドが弱くてアイドルは務まらない。これくらい平気だ」
「もぉ…」

あとで蜂蜜入りのホットミルクティを作ってあげよう。
蜂蜜はノドにいいから。
きっと歌い過ぎでかさついたノドをケアしてくれるはず。

「もう1度…聴いてくれるか?」
「司さんの気が済むまで付き合うよ?」

うむ、ありがとう、と彼はリモコンの「履歴」から再び「Show up!」を選択する。
履歴ページには見事に「Show up!」が並んでいる。
むしろそれ以外の文字は見つからない。

♪〜

イントロが流れ出す。

91、94、97、99、91、92点……

ずっと90点台をさ迷い、あと一息のところまで行っては大きく点数を下げる…
その繰り返し。

司さんの生歌をこんなに長い時間聴いていられるのは嬉しいけれど、
やっぱりノドが心配になる。

「これで…決める」

マイクを握り直し画面と向かい合う。
私も画面に映し出される歌詞を見つめながらも、
ちらちらと司さんを盗み見る。

ステージでは大勢のファンの子たちに。
テレビでは画面の向こうのもっと大勢のファンの子たちに。
心をこめて全身全霊で歌っている司さん。

でも今だけは、
この時間だけは、
私が彼の歌を独占している。

幸せすぎて口元がゆるんでしまう。

画面を鋭い瞳で見つめながらも、
時折目を細めて微笑み、爽やかな声を響かせる司さん。

ああ、だめだめ。
あんまり見つめたら気になっちゃうよね。

彼を見つめたい気持ちをぐっとこらえて画面へと向き直る。

「僕らはアダムとイブの子供なのさー」

最後のフレーズを歌い終わった彼はふっと微笑む。
会心の出来だったようだ。

「もう何回も言ってるから聴き飽きたかもしれないけど、やっぱり上手だね。司さん」
ぱちぱちと拍手をすると、彼は笑って、マイクをテーブルへと置く。
そして私の方へと向き直った。
「きみの前だと上手く歌える気がする」
そう言いながらドリンクをひとくち。
「?」
首を傾げる私を見て、彼はストローから口を離す。
グラスの中の氷がからりと音を立てて崩れる。

「好きな相手にはかっこいいところを見せたいだろ?」
「………なっ…」
「なにか?」
「えっ…あの……」
「あ…」
「……え?」

テレビに映し出された得点。

「……100点…」
「え……あ…!!!司さん!!!100点!100点だよ!!!」
「あ、ああ……」
「わぁ…やった…!!!」

興奮して思わず立ち上がる。
彼の方はというとソファに身を沈めたまま、あまり表情を変えない。

「どうしたの…?せっかくの満点なのに…」
「いや…いざ獲れると実感がわかないな」
「ふふっ…変なの!」
「…というより、週1のカラオケデートがもうできないというのが残念なのかもしれない」
「あ…それは…ちょっと寂しいかも…」
「ちょっと?」
「あ、ううん…!」
「じゃあ今度はきみが100点とるまで通う?」
「無理ー!!」
「ははっ」

彼は無邪気に笑う。
歌っているときとは違う表情。

「こっちに」
立ち上がったままの私に、自分のすぐ隣に座るよう促す。
断る理由もないので、おずおずと隣に腰掛ける。
今まで向かい合って座っていた分、とても近く感じる。

「さて」
「あの……なんでしょう」
「ふふっ…勝者にご褒美はないのかなって」
「えっ、ご褒美…?私、今日なにも持ってきてない…」
「例えば…」
あまりに近くて、まっすぐ彼を見られず、少し俯く。
すると、彼が更に近づいてきた気配がした。
ソファの背もたれに腕をまわし、ぐっと距離を詰めてきたようだ。

体温が近い。
思わず肩を竦める。

「キス、とか」
「えっ…!?」
驚いて顔を上げると、間近に端正な顔。
綺麗で青い瞳に意地の悪い色が浮かんでいる。
まるで私の困惑した表情を楽しんでいるみたい。

「さ、どうぞ」
私の返事を待つことなく彼はその瞼を伏せる。
青い瞳が隠れる。

背もたれに回された腕が退路を遮断して、身動きがとれない。

ここは観念するしかない……みたい。

その白い頬に小さくキスをする。

さっき塗り直したグロスがちょっとついちゃったかも。
肌から顔を離して改めてみると、うっすら唇の跡が残っていた。

「ごめん、グロスついちゃった…拭くね」

テーブルに置いてあるおしぼりに手を伸ばした瞬間、
その手を掴まれる。

間近には丸い青。

「場所が違う」

即座に奪われる唇。
強く掴まれた手首はぴくりとも動かない。

ソファに置かれていた腕は、私の背に回され、身体は更に密着する中、
まるで、もっともっとと強請るように唇を押し付けてくる。

「んっ……ぁ…ふっ」
「ん……っ」

2人の熱い唇の間でグロスが溶ける。

唇の感触を味わうように何度も食まれ、
解放された頃にはすっかり息が上がっていた。

「うっ…ん……」
「は…ぁ……ごちそうさま」

目の前の彼はにっこりと笑う。まるで天使のように。

「もぉ!びっくり…したんだから…!」
「きみが場所を間違えた罰だ」
「〜〜〜〜!」
「ん……このグロスはちょっと甘い…?」
彼は目を丸くし、微かに唇を舐める。
その仕草が妙に色っぽくて、火照った身体がまた熱くなってくる。
「……うん…。チェリーのフレーバーなの…」
だから視線を逸らして答える。

「へぇ……もう1回」
「えっ……ふぁ……あ…ん」
「ん……っ…ホントだ…」
顎に手が添えられ、少し上を向かされる。
頭が固定され、色んな角度からのやわらかな感触。
「っ……はぁ…ぁっ…ん」
「でも甘いのは…ん……っ…きみのくちびるだから…だな…ん…」

鼻に掛かった甘い声と熱い吐息に、
頭の中までかき乱されてるみたいで、だんだんふわふわと夢見心地になってくる。

「つかさ…さ……くる…し…」
「ふふ……じゃあ今度こそ、ごちそうさま」

ちゅ、
と音を立てて、唇が離れていく。
溶けあっていたそこが離れるのが酷く寂しく思えてしまうくらい、
彼のキスに夢中になっていた。

「はぁ……もぉ!きっ、キス禁止!」
「なっ……」
「………と、突然のキス…禁止…」
「……んー…、では突然でなければいいんだな?」
「…………」
「じゃあ次の採点できみの方が高得点だったら、その願い受け入れよう」
「えぇ!?」
「さぁ、もう1回だ」

と、履歴ページを開く司さん。

結局、その願いは叶うことなく。
再び100点をとった司さんは微笑みながら、隣へ座る様に要求してきたのでした。


……悪魔のような微笑みを浮かべながら。


*END*

2014.2.26.



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