ときレス | ナノ


俺だけの…(透)

閉店後の店に、ふてくされた男の子がひとり。
席に座って、頬杖ついて。
厨房に居る私をじっと見つめている。

「次はチーズ…っと」
メモしたレシピでチェックしてから、冷蔵庫から目的のものを取り出して、分量をはかる。

「ちょっと多めにしようかな」

確か好きなものはチーズ、って公式プロフィールに書いてあったっけ。
チーズカレーも好きだったし。

「それ、チーズ?」

不意にホールの方から声がした。
透さんだ。

猫のようなくりんとした瞳を持ち、凛とした空気を身に纏う、クールでちょっとだけ意地悪で、そして我儘。
でも、たまに見せる抜けたところが可愛い、X.I.P. のメンバーのひとり。


今日は閉店後にふらっと現れて何かと思えば、エビチリが食べたいというので作ってあげた。
勿論、透さんの為に、激辛エビチリ。

辛さと旨さを両立、共存させるのって難しいんだよ。
って言ったら、じっと私の目を見た後に、一言「ありがと」なんて言うから驚いた。


私が新しいレシピを開発したいからまだ店に残るというと、「じゃあ僕も」とずっとそこに座っている。
エビチリは完食。コーラも完全に飲みほしてしまっているのに。

「うん、チーズだよ」
遠くからの問いかけに、少し声を上げ答える。


「まさかとは思うけどさ」
「うん?」
「それってあいつの為に作ってるんじゃないよね?」
「あ、あいつ…?」
「辻・魁・斗」
「………」
「否定しないの」
「うん、だって…作ってほしいって、頼まれたから……」
「………………」
「と、透…さん?」

沈黙が怖い。

ふとホールを覗いてみると…
うわ…明らかに不機嫌そう…眉間に深いしわが…

手を止めれば実際に調理に掛かる時間がわからなくなってしまうから、手を止めずに作業を続ける。


「ねぇ…」

ドキリ。

少しの沈黙の後、突然響いた声はあまりにも近くて、心臓が跳ねあがる。

「やだよ……お前があいつの為に料理作るのなんて…」
「でも、お客様のリクエストはやっぱりレシピに加えた方が幅が広がる…っ!」

卵を溶いていた右手を掴まれる。

「ちょっと、危ないでしょ!」
「っ……危ないのはどっちだよ!」
「………っ」
「やだっ、やだやだやだ!お前は俺のなのに…!」

いやいやするように、首を左右に振りながら、今度は後ろから私を抱きしめる。
手に持っていた泡だて器が、床に落ちてカランと音をたてた。

その音に動じることなく私の髪に鼻を埋める彼に、ぎゅっと音が聞こえそうなくらいに抱きしめられる。

幼い顔立ちながらもしっかりとした体つき、頭ひとつ分以上高い頭の位置。
普段は、アイドル相手だし、お客様だからと、距離を保つようにしているけれど、こうして自ら踏みこんでくるときの透さんは時にあかごのようで、時にケモノのようだ。

「あいつ、嫌い……」
「もぉ……」

魁斗さんと透さんが犬猿の仲だということは知っている。

「じゃあ 魁斗さんじゃなければいいの?」
私の髪にうずめていた顔をあげて、今度は瞳を覗きこんでくる。

「それ、本気で言ってんの?」
「え?」
「もしかして、他の奴らからも言われてる、とか…?」
「うん、ホットドック、チーズケーキ、ハンバーガー、ステーキ…」
「……はぁ…」
透さんはため息をひとつつくと、再び私の髪に顔を埋める。

「はぁ…いいにおい……ねぇ」
「ん?」
「いつになったら俺だけのになってくれるの?」

大人びた台詞。
でもくっついた身体から響いてくるのは、速すぎる鼓動。
デビュー前選挙で3位だった透さん。
いつも他の二人には負けないって必死に頑張ってるの知ってる。
だから、背伸びもするし、だけど大人以上の勇気を持ってるのも知ってる。

熱すぎる透さんの熱が身体中に伝わってきて、眩暈がする。
苦しくなって体重を彼に預けると、ようやく彼は私の異変に気付いたようだった。

「ちょ、だ、大丈夫かよ!」
「う、うん、へーき……ちょっと熱くなっちゃった」

きっとそれはお酒に酔うような感覚。
嗜まないけれど、たぶんこんな感じなんだろう。

「水、飲むか?」
「うん……ありがと…私ね、透さんに酔っちゃったのかも」
少し待っても返事がないので、高い位置にある顔を見上げてみると、彼は目を丸くしていた。

「ば、ばーか」
「えへへ…」
「大人しく介抱されてろ」
「うん…ありがと………んっ」

ちゅ、
小さな音。唇が熱くなる。

「……やっぱ危ないお前。無防備すぎ」

唇が離れても、その距離数センチ。
吐息が甘くてくすぐったくて、更に熱が上がってしまいそうだ。


130327

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