ときレス | ナノ


常識人の背反(霧島/裏)

「よく似合ってる」

これが待ち合わせ場所に来た司さんの第一声だった。
ごった返す駅の中でも彼の姿はよく目立っていた。

「司さんこそ…!浴衣で来てくれたんだ!!」
ステージ衣装は白を基調としたものを着用している彼だが、
今日は珍しく渋めの色合い。
でも、夏らしく爽やかなデザインは彼にとてもよく似合っていて、
芸能人のオーラとでもいうのだろうか。
その魅力を隠し切れていなかった。

私が履いている下駄のせいで、少しだけいつもより近い顔。
汗ばんでいるのは慌てて来たからなのかな。

「少し照れるな。いつもと違う服というのは」
私の目の前に立った彼は、やれやれ、と首をかしげる。
その動作すらも様になっていて、気をつけないとひとつひとつに目を奪われてしまいそう。

「せっかくの花火大会だもん。私は司さんの浴衣姿が生で見られて嬉しいな」
「…生で?」
「あ、うん。雑誌の特集で3人とも浴衣着てる写真は見たから…あの浴衣も似合ってたけど、今日のも素敵だね」
「雑誌…見てくれてるのか」
彼は意外だというように、目を軽く見ひらく。
私はちょっと恥ずかしくなって視線を逸らした。
「あ……うん。恥ずかしいからあんまり言ってなかったけど…」
「そうか」

そっと、手を握られる。
視線を彼に戻すと、優しく微笑んでいた。

「嬉しいよ。きみの浴衣姿を見られて役得なのは俺の方なのに」
「そう?」
「ああ。……さて、そろそろ行こうか。混み始める前に」
「うん!」
握られた手をしっかりと握り返して、歩きだす。

いつもより少しだけ高い位置から見る世界は新鮮で、
見慣れた景色も不思議と違って見えた。

カランコロンと下駄を鳴らしながら、
ゆっくりと道を歩く。
私が歩きにくそうにしていることに、彼が気付いてくれたらしい。
歩き始めの頃よりもスピードがだいぶ落ちていた。
私はその気持ちに甘えて、足に負担を掛けないようにゆっくりと歩く。

頭一つ分以上、背の高い彼を見上げた。
「今日はお仕事だったの?」
「ああ。大丈夫。全部終わらせてきた」
私の言葉に彼はこちらに視線を向ける。
「無理…してない?大丈夫?」
「…大丈夫。ただ、今日の仕事は少しハードだった…精神的に」
そう言った彼は確かに辛そうで、私は繋いだ手にぎゅっと力を入れた。

「無理…しちゃやだよ?」
「大丈夫だ。今日は花火大会の予定があったから乗り越えられた…しかもきみと一緒なら外せるわけがない」
「んー…でも花火大会じゃ疲れは癒せないよね…」
「きみと一緒なら、どこに行こうが、何をしようが、十分癒してもらえるから」
「そうかなぁ…」
「じゃあ、癒えなかったときは考えよう」
「ふふ、なにそれ!癒しのメニュー考えればいい?」
「さぁ、どうかな」

彼は少し疲れた表情を崩し、笑顔を作る。
精神的に疲れたと言っていた彼は、一体どんな出来事に直面していたのだろう。
少し気になったけど、彼から話そうとしない出来事を詳しく聞かせてもらうのは憚られたので、
その話はこれでやめることにした。



「花火綺麗だったね!」
「そうだな」
打ち上げられた花火はどれも綺麗で、
子供のようにはしゃぐ私に、司さんは嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。

再び駅へと向かう人の流れに身を任せて、
花火の余韻に浸る。

手はずっと繋いだままだった。
人の波に流されそうになったときは、すかさず手を引いて抱きとめてくれたり、
周りに男性が多いときには抱きしめるようにして守ってくれた。
だから、手を離す時間がなかったのだ。

ようやく人の波から逸れ、
辺りからだんだん灯かりが消えていく。
花火大会会場近くの公園沿いを歩いているらしい。
道沿いに大きな樹がいくつも並んでいる。

近道、なのかな。

司さんに手を引かれるままに歩いている。
やがて足音はふたり分しか聞こえなくなり、
辺りには虫の声がこだましていた。

カラン、コロン。

さびしい灯かりの下、虫の合唱を聴きながらふたりで歩く。

「その…変なことを訊くが」
「え?なに?」
彼の言葉に顔を上げると、複雑そうな表情をしている。
「俺は…つまらない人間ではないだろうか?」
「え?」
「一緒に居て…楽しい?」
「うん、楽しいよ?」
「そうか…」
「どうしたの?急に」

様子が少し変だ。
花火大会の前、”精神的にハードだった”と言っていたことと関係あるのだろうか。

「俺は今日、現場で、常識に囚われ過ぎだと言われた。もっと自由に、もっと気楽に行動してみろ、と」
「うー…ん、そうかな?」
「俺は正直、シンが羨ましい」
「あいつはどんな発言をしても、どんな振る舞いをしても、”音羽慎之介だから”と、好意的に受け止められる」
「うん、それはあるかも…」
「カイトはグループの中でも弟分的なキャラクターだ。足りないところがあっても、キャラクターとして話が付く。でも俺は…」

手を握られる力が少し強くなった気がした。

「でも俺はそうじゃない。リーダーだからこそ、あの二人を引っ張り、グループをまとめなければならない。俺が強くなくてはいけない…」
「司さん…」
「常識でも、知識でも、あるレベル以上は身につけていないとならない。リーダーなら尚更だ。そう思って来たけど…それが裏目にでたらしい」
「そんな…!」
「常識に囚われ過ぎて、つまらない人間…か。面と向かって言われると結構きついな」

自重気味に響く言葉に、なんでもない風を装っていても、やっぱりショックだったんだなと思わせられる。
グループの為に努力を続けた時間や力を、無下にする酷い言葉。
確かに、常識に縛られ過ぎるのはよくないけれど、そんな努力をしてきた人間に”つまらない人間”だなんて言う人がいるなんて…!
メンバーのキャラのポジションとか、そういうことを知らない人であっても、それでも酷い言葉に変わりはない。

「そんなこと…ないのにっ…」
どんな言葉も、ちっぽけなものになってしまいそうでそれ以上は何も言えず、ただきゅっと手を握り返す。

気がつけば私たちは公園の中に入ってきていた。
昼間は子供たちが遊んでいるであろう公園も、今は誰もいない。
さびしげな遊具が置かれており、場所いっぱいに虫の声が響いているだけ。
灯かりも少ないこの場所に、なぜやってきたのだろう。

「癒して…くれる?」
「……え?」
「きっと、今夜の俺はどうかしている」
「!?」
手を解かれたかと思うと、今度は手首をぐっと掴まれ、引っ張られる。
「きて」
「ちょ、ちょっと司さん!?」

あまりに強い力で引かれ、転びそうになりながらも、懸命に足を動かす。
半ば引きずられるような体勢で、彼の背中を見つめる事しかできなかった。

林の中、
少し影になった場所にある樹の幹に身体を押し付けられ、
彼がしようとしていることを朧気ながらも分かり始める。

「常識に囚われ過ぎているというなら、思い切り背いてみるのもいい」
「い、いきなりどうしたの?!」
「今から、なにされるか、もうわかっているんだろう?」
「司さんはそんな人じゃない…!」
「……きみの中の俺も、常識人なのかな?」
くすくすと自嘲気味に笑う彼は少し悲しそうで、言葉を失う。
「そんなっ…!」
「今日、浴衣姿を初めて見たときから、ずっと我慢してきた……ん…」
「っ!」
彼は私の逃げ道を塞ぐように、身体を押し付け、唇を奪う。
二つの身体に挟まった両手で彼を押し返してみるもののびくともせず、
逆に抵抗をやめろとでもいうように、激しく口の中を犯される。

「っ…ふ…ん…」
「んっ……ぁ…っ!」

言葉も、呼吸も、思考さえも奪う激しいキスに、
いつしか身体の力が抜けて座りこみそうになってしまう。
しかし彼がそれを許さなかった。

「っ……と……どうした?」
「つ、つかささ…」
痺れた舌では上手く呂律が回らず、彼の名を呼ぶ事すらも儘ならない。
「ふ……可愛いな。気持ちいい?」
「…………」
「気持ち良くなかった?じゃあ、もっとしよう、さぁ、口を開けて」
「やっ…ぁ…」
顔を逸らそうとすると、ぐっと顎を掴まれ、無理矢理位置を戻され、再び唇を塞がれる。

「気持ちいい、って言って貰えるまでしなくてはな…んっ」
「ぁ……んっ……ふ…」
力の入らない足が身体を支えきれなくなってきたから、彼の浴衣を両手で必死に掴む。
こんなにぎゅっと握ったら皺になってしまうだろうと思うも、そうせざるを得ない。

「っ……ん…っ…」
「んっ……む…ぁ…」

じんと痛む唇から彼のそれが離れ、今度は耳に吐息を感じる。

「どう、気持ちいい?」
私は必死で頷く。
これでやめてくれるかもしれないという、淡い期待を抱きながら。

しかし涙で滲む視界に広がるのは、獣のようなぎらついた目をした司さんで。
拒絶の言葉を口にする前に、太ももに手が這うのを感じた。

「よかった。じゃあもっと気持ち良いこと、しよう」
「やっ…」

声を発する暇もなく、両肩を掴まれ、身体を反転させられる。小さな衝撃。
樹の幹に身体の正面を預け、背と彼の胸が触れ合う。

「ほら、手、幹について」
だらりと垂れ下がった私の両手を、彼が掴み、幹へと押し付ける。
そのままその手は襟元へと滑り、浴衣の胸元を大きく開けて下着をずりおろし、
露わになった胸を幹へと押し付けるよう、背を身体でぐっと押してきた。

「つかさ、さんっ…」
「なに?」
「やめ、てぇ…」
「すまないが、やめられない……色々事情があってな」

耳を甘く噛みながら、舌でラインをなぞられるたびに、背が震える。
吐息混じりの甘い声が、頭に響いて、身体がどんどん熱くなってくる。

「きみの白い肌は…闇に映える」
「ひぁっ!」
「ずっと想像していた。乱れた浴衣を纏うきみの姿を」
浴衣の裾をずるずるとたくしあげられ、両足が外気にさらされてしまう。
足に力が入らず、腰が抜けたような体勢は、まるで彼にお尻を付きだしているようで、恥ずかしさがこみ上げる。
涙流しながら、後ろを振り返っても、彼は愛おしそうな眼差しで私を見つめるだけ。
諦めて正面を向くと、後ろからあやすように髪を撫でられる。
樹に押し付けられた胸がちくりと痛い。

油断していると、たくし上げられた裾から彼の手が中に侵入してきて、
下着の中に指が滑りこんでくる。

撫でられたそこは音がしそうな程に濡れていて、恥ずかしさに俯いた。

「濡れてるな」
「っ!………」
「きみは常識に囚われない人間かもな。もしかしていつもより興奮してる?」
「して…ない…もん」
「本当に?」

もっと深くに指を突っ込んできたと思うとすぐに動かされ、ぐちゅぐちゅと音が響く。
背中をびりりと駆け抜ける刺激に背をしならせると、指の動きがもっと激しくなる。

「やっ、あっ、あぁっ…!!」
「見せて、きみの恥ずかしい姿……誰も知らない…俺だけの」
「いやっ、やだっ…ぁっ…!!!」
あっという間に意識が飛び、がくりと項垂れる。頬を汗が一筋流れた。

「イッた?」
「はぁ…ぁ……はぁ…」
「……知ってる?こういう行為を外でしてると、覗きがやってきたり、盗撮されたりすることがあるらしい」
休む暇もなく、今度は指じゃないものが入ってくる。
もっと熱くて凶暴なもの。
世間話をするみたいに淡々と話をしながら、司さんは自身を奥へ奥へと進めてくる。
両足をぐっと広げられ、少し地面から浮かされ、繋がった部分を拠り所にするような危なげな体勢に不安を覚えるが、
彼が最後まで収まると、ぴったりと身体がくっついてまるで司さんに支えられてるかのようだ。

「見られたら大変だな…きみの肌は闇に映えるから…目立つだろう」
「や、やだ…ぁ…」
「動くよ」
「ぁっ…!!!!」

ぐっ、と突かれて腰が跳ねる。
いつの間にか幹と自分の間にできていた隙間で胸が揺れる。

最初は遠慮がちに動いていた彼も、だんだんとその動きを速めてくる。
ガンガン突かれ、その動きと共に胸が跳ね、先端と幹が擦れる。

「胸の先っぽ、痛い?それとも気持ちいい?」
「いた…い…」
「後で舐めて消毒してやる」
「や……恥ずか…し…い!」
「こんなに気持ちよさそうなのに?」

一定のリズムで揺さぶられ、彼の甘い声がずっと聞こえていて、脳が溶けてしまいそうなほど気持ち良くて、
野外での背徳感も、誰かに見られる危機感も、全部吹っ飛んでしまいそう。

「口が寂しそうだな」
「ふぁ…」
「舐めて」
不意に口に指が侵入してきた。
私の口を後ろから覆うようにした伸ばされた手の指が何本か、口内に突っ込まれる。
言われるままにそれに舌を絡める。

「ぁ…気持ち良、い……上手い、な…ん……」
「ふぁ…ぁ…つか、さ、さ、ぁ……ん…」
「あまりにも、気持ち…良くてっ、ん……癖になりそう、だ…」
「やら…ぁ……あ…」
「拒絶する、きみの姿にすら、興奮する…ん……っ…うっ……」
「あっ、あっ…!!!」

時が止まったかのようだった。
額から汗が滑り落ちるのと同時に、激しく動いていた彼が果て、私は意識を手放した――。



カラン、コロン。

下駄の音が二組、住宅街に響く。
手は繋がれているものの、二人とも言葉を発しなかった。

彼は必死で謝ってくれていたが、私はどう返していいかわからず怒っている”ふり”を続けていたのだ。
いつも別れる公園に着き、足を止める。

月は空高く上り、日付がまわろうとしていた。

「本当にすまなかった…俺は…その…どうかしていた」
「……………」
「怒っているか?」
「……………」
「どうしたら…許してもらえる?」
「……全然常識人じゃない」
「…え?」
「司さん、全然常識人じゃない!もぉ!あんなとこであんなこと…!!」
キッと睨みつけると、彼は面食らったような表情をしている。

浴衣はぐちゃぐちゃ。解けはしなかったものの、緩んでしまった帯を結びなおし、
道を歩ける格好になるまで、時間がかかった。

あのときの司さんは、いつもと違って、怖くて、でもどこかしら抗いがたい魅力があって…
不思議な人だと思った。
でも、私の承諾も得ずに無理矢理するなんて信じられない!

「そうか…俺は常識人ではないか」
「うん!絶対違う!」
「ククッ…それは嬉しいな」
私が目を見開くと、彼はくつくつと笑う。
その表情は本当に嬉しそうで、こっちが驚いてしまった。

「じゃあ常識人のきみが考え付かないような、もっと面白いことを色々試してみよう」
「………何の話でしょうか」
「わかっていると思うが?」
「……もぉ!」

抗議の表情も虚しく、彼の目はきらきらと輝いている。
……いや、ぎらぎらといった方が正しいかもしれない。

常識人に見える人ほど、
相反する事柄に魅力を感じるのではないかと思う夜だった。


20130818


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