ときレス | ナノ


隣にきみがいるから(霧島/Birthday)

コンコン、

「失礼します」

楽屋のドアをノックし、ドアを開ける。
この瞬間が結構緊張する。
今日は特別な日だから、より一層。

時間がない司さんに無理を言ってスケジュールを空けてもらった。
これを届けるために。

「すまない、俺のためにわざわざ足を運んでもらって…それで俺に用事とは?」
「うん、これ…」

袋から白く四角い箱を取り出して、ゆっくりと開ける。

「特製バースデーケーキです。お誕生日おめでとう、司さん」
「これは…俺の為に?」
「うん」
「そうか…では遠慮なく戴こう」
入っていたケーキナイフに手を伸ばした彼を止め、
代わりに私がそれと手に取る。
箱の蓋をしっかりと押さえつけ、どれくらいの大きさで切ろうかと考える。

「きみにこうして特別な料理を作ってもらえるのは幸せなことだ」
彼は言って、机の上に載せたケーキと私を交互に見つめる。

「司さんの為に、低カロリー、甘さ控え目、実は野菜が隠れてるんだよ」
「なるほど…」

だいたいの大きさが定まったので、
ケーキナイフを入れ、一人分にカットしていく。
お店で切ってきた方が手間が掛からないと思ったが、
完全な形で届けたかったから、作ったままの形で運んできたのだ。

こうして改めてみるとちょっと大きく作りすぎてしまったような気がする。
でもホールケーキってあんまり食べる機会ないし、
せっかくの誕生日だもん。
普段徹底したカロリーコントロールをしている彼のことだ、
今日くらい甘いものを食べても罰は当たらない。

「きみは味見したのか?」
「うん、勿論!美味しいよ?」
「そうだろうな」

司さんの分と、自分の分を、それぞれ小皿に取り分け、フォークを添える。
彼は私の一連の動作を嬉しそうに見守っている。
あまり明らかな感情を露わにしない彼だけど、一緒にいる時間が長いとわかってくる。
これは嬉しいときの表情。

少しだけ口角が上がって、目がとても優しくなるの。
本人は、もっと感情を表に出す訓練をしている…とか言ってたけど、
そんなもの必要ないくらい彼の感情は豊かだし、人に伝わってると思う。
勿論、それはドラマ撮影とか、番組の為なんだろうけど…。

彼のことを盗み見ていたのが原因だった。小皿を持ち上げた瞬間ー

「あ」

小さくわけたケーキは、元の姿に比べて不安定な形になっていた。
そこで私がよそ見をしていた結果、
司さんへと渡そうとしていたケーキが横倒しになってしまったのだ。

なんという失態。
プロにあるまじき失敗だ。

「ご、ごめんなさい、こっちが私のね」
「いや、いい。そっちをくれないか」
「…え?」

私の手から少し強引に皿を奪うと、
倒れた拍子に転がった生クリームのホイップを指で絡め取り、
それを自分の口へと運んだ。

「ん…」

一連の優雅な動作とは裏腹に、彼から漏れた声は色っぽくて、
一気に心拍数が上がる。
なぜか私が恥ずかしくなって目を背けてしまった。

生クリームを舐めただけじゃない!
でも、なぜかいけないところを見てしまったような背徳感…

「ん……美味しい」
「よ、良かった!自信作だから…っ!」

顔を上げた瞬間、
顎に指が添えられたかと思うと、綺麗な顔が近付いてきて…口づけられた。
軽く舌先を吸われ、すぐ離れる。
何が起きたか一瞬わからなかった私も、
その状況を理解し、一気に顔に熱が集まる。
呆然と彼を見つめると、くすくすと笑っていた。

「どう?味見のときと同じ?」
「そ、そんな…よ、よくわからないよっ」
「ほぉ。じゃあもっと食べる必要があるな」
「だ、だめ!司さんの為に作ったんだもん!」

言いながら、彼から少し離れると、そうだな、と納得したらしい彼が皿を机に置く。

「さぁ、座って。きみが俺だけに作ってくれたケーキを一緒に食べよう」
「…うん!」

椅子を引いて、隣同士に座る。
すると、彼がこちらを向いて軽く首を傾げた。

「俺のだけの為に作ってくれたケーキ。甘美な響きだな」
「そ、そうかな…」
「誕生日…というのは、多少甘えても許されるものだろうか」
「……え?」
「食べさせてくれないか?」
言った瞬間、彼の顔がほんのり赤くなった気がした。
いつも王子然としていて、クールな雰囲気を纏う彼がそんなこと言うのは初めてで、
度肝を抜かれる。
目を丸くしていると、司さんはコホンと咳払いをした。

「いや、ごめん。忘れてくれ」
真っ赤になってフォークを手に取った彼が愛しくて、私は自分へと切り分けたケーキから一口大崩し取り、軽く持ち上げ、
彼の方へと差しだす。

「はい、あーん」
「!?」
「こういうこと…だよね?」
「そ、そうだが…」
「はい、遠慮なくどうぞ」

フォークに載ったケーキを、ずいっと彼の方へ差しだす。

「…いただきます」

彼は観念したように目を閉じ、ひとつ小さなため息を吐くと、
私に近い方の手をぐっと伸ばして、私の肩へとまわし、身体のバランスをとりながら、
ケーキへと口を寄せる。

白いふわふわの塊を、フォークから奪い取っていく彼の動きに合わせて、
私の腕も揺れる。
肩に置かれた手が熱い。心なしかぐっと強く力が入った気がして、胸が高鳴る。

ケーキを咀嚼している最中も、その手を離すことなく、
ぐっと縮まったその距離に動揺を隠せない。
ここは、楽屋で、もしかしたら慎之介さんや魁斗さんがすぐにでも現れるかもしれないのに…!

「どうした?顔が赤い」
「……だって、司さん、近い…誰か来たら…」
「構わない。……というのはさすがにまずいか。どうもここにきみがいて、俺の誕生日を祝ってくれているという事実に浮かれ過ぎているな」
自分を嘲笑うかのように小さく鼻を鳴らす。

「じゃあ、もうひとつだけ…我侭を聞いてくれるか?」
「うん、とんでもないことじゃなければ」
私の答えを聞いて、彼は笑う。

「きみが欲しい」
「……え!?!?」
肩に置かれた手に、ぐっと力が込められる。
「キス……してもいい?」
「………い」

ガタン。
そのとき、扉の外で小さな音がし、心臓が跳ねあがった。
誰か入ってくる?!

「つ、司さん、誰かきちゃう…!」
「見せつけてやればいい」
「んっ…!」

微塵も動揺していない彼の顔が近付いてきて、言葉を奪われる。
あまりに突然のできごとで驚いて目を瞑ると、
真っ暗な世界で、繋がった唇の感触だけがリアルに感じられた。

「っ……ん…ふ…」
「うぅ…ん…」

軽い、昼間のキスとは違う。
濃厚でくらくらして、とびきり甘い口づけ。
ほんのり生クリームの味がしたような気がして、興奮に拍車をかける。

「……ふふ」
「…んっ……」
「このまま帰すのは勿体ない表情をしている」
「…えっ!?やだ、私…!!」
唇が離れると、そこには満足げな表情をした彼が居た。

「今夜、空けておいてくれてるんだろう?」
「……うん…」
夜に会うことは前々から約束していた。
けれど、日付を跨いでしまう可能性が高かったから、
こうして無理を言って楽屋に呼んでもらったのだ。
彼の為に作った特製バースデーケーキは、誕生日に食べて欲しかったから。

「よかった。誕生日くらい、大切な人と過ごしたい…」
「司さん…」
「朝まで居座るつもりだから、その覚悟で頼む」
「居座るって…!」
司さんの言い方に笑ってしまう。
それじゃまるで不法占拠かなにかしているようだ。

「続きは、そのときだ」
「……うん」

返事をすると、ようやく肩に置いていた手が離れ、解放される。

「よし。…じゃあ二人でこの特大のご馳走を食べよう」

目の前にある皿の上で、倒れているケーキに対して、
彼はもう1度小さく「いただきます」というと、フォークでそれを器用に食べ始める。
その横顔はとても幸せそうで、
こっちまで幸せな気持ちになってくる。

ケーキを渡したこの瞬間から、
来年はどんなバースデーケーキを作ろうか考えている自分が可笑しくて、
でもそんな状況がとても幸せで、知らず笑みを浮かべていた。

味見したときよりも、ケーキが格段に美味しく感じたのは、
隣にあなたがいるからだね。

司さん、お誕生日おめでとう。


2013.08.02

prev / next

[ back to top ]