満天の恋人(辻)
満天の星が、空いっぱいに広がって俺たちを見まもっている。
そんな気さえした。
何気ない言葉ひとつさえも聞き逃したくなくて、
お前の声に周波数合わせたら。
他のなんて全部ノイズ。
屈託なく笑う顔に今日も心があったまる。
いつからなんだろう、こんな気持ちを抱くようになったのは。
初めて会ったときは、
スタジオの近くにあるレストランの店員と客、ただそれだけの関係で、
そのときはまだ新人感丸出しで、オーナーに怒られてばかりいたっけ。
メニューもそんなになくて、たまに注文訊き直しにきたり、食後のドリンク忘れてたり、対応がちょっと遅かったりしたから、
鈍くさいなって思ったときもあった。
でも、慣れない現場、腹の中で何考えてるかわかんない大人たちにへらへら笑顔作られて、こっちはすっげー気遣って。
霧島くんにはダメだしされて、シンくんには笑顔でかわされ、自分の中にどんどん黒くて嫌なもんが溜まっていくのを感じていた。
どうしようもなくて、やりきれなくて、
無性に逃げ出したくなっても、俺にはこの道しかなくて…
きっと背を向けたらそれで終わりなんだろうけど、自分の中に残るプライドが邪魔をする。
こんな気持ちでこれからずっと続けられるのだろうかって思った。
そんなときだった。
へなちょこレストラン新人店員だったお前が、日に日に腕をあげていくのを目の当たりにした。
新しいレシピを次々と生み出し、客それぞれの好みを把握し、それを参考にしているのを知った。
レストランが閉店した後も、店の電気は消えなくて、厨房とホールを行ったり来たりしているお前が見えた。
ホールにはあらゆる料理が並べられていて、ひとつひとつ味見をしてまわる。
お前は時折笑顔を浮かべ、時折泣きそうな顔になりながら、ひとつひとつを仕分けしていき、
最終的に残った料理が後日、メニューに追加された。
どんなに大変でも俺たちの前では笑顔を絶やさないお前。
その姿に、
ー頑張っているのは俺だけじゃない、
そう思えるようになった。
はじめは店員と客、
世間的に見れば一般人とアイドル、ってところだろうけど、
そんなただの何気ない関係。
でも俺にとっていつしかお前は、
一般人でもない、ただの店員でもない、それ以上の存在になっていた。
休みを訊き出して外に連れ出したとき、最初は困ってたな。
自分もどう接していいかわからなくて、他人の目も気になって…結果、離れて歩いてたり。
でも会話に困ることはなかった。
だって、俺、お前のどんなことだって知りたいと思ってたから。
一緒にいる時間が増えて、店にいるときとはまた違うお前を見つけられた。
たまに俺を試すような発言や行動をとることもあって、そんなのに振り回されっぱなしで。
悔しいけど、正直勝てないと思う。
惚れた弱みってこういうこというのか?
そんな優しいあいつに、霧島くんやシンくん、X.I.Pのメンバーも一目置いてるのを感じる。
一目置くどころか、好きなんじゃないかって…そんな気もする。
世間で誰が一番人気とか、そういうのは全然興味ない……
って言ったら嘘だけど、それよりもっと大事なことがあるのは確かで。
「なぁ」
「ん?」
「俺……輝いてる?」
いつもの公園で、並んでベンチに座り、隣のお前を見つめる。
ーお、不意を突かれた時のビックリ顔。それ好き。
「ど、どうしたのいきなり…」
「自信…ないんだ。こんな俺が、みんなに支えて貰えるようなアイドルなのかって。みんなに元気とか…勇気とか…あげられてるのかな」
「突然…変なの」
「へ、変って!お前なぁ…」
「魁斗さんは頑張ってるし、輝いてるよ?」
「………霧島くんやシンくんよりも?」
意地悪い質問だと思う。あいつは誰の味方でもある。
そんなお前がたまにどうしようもなく憎らしくなるときもあって…
…お前は案の定、答えに困っていた。
だから、
「俺は…」
隣の彼女の方へ身体の向きを変える。
そして空を見上げる。
お前もつられて空を見上げる気配がした。
「あの幾千の星の中にお前がいたとしても…すぐに見つけられる」
「……魁斗…さん?」
「で…、もし俺が…あの中のどれかの星であるとしたら、1番強く輝くあの星でいたい。…お前にすぐ見つけてほしいから」
空から視線を下ろすと、目を丸くしたお前とぶつかる。
「……じゃあ…アルタイルが魁斗さん…かな?」
「アルタイル?」
「彦星って言ったらわかるかな?」
「あ…」
七夕。
そうだ、今日は7月7日。七夕だ。
「じゃあお前が織姫な」
嬉しくなってそう言うと、お前は顔をばっと赤く…したように見えた。
暗がりだからよくわからないけど。
「魁斗さんって意外とロマンチスト?」
「ばっ…お前が言い出したんだろ?!」
「ふふっ……でも嬉しいかも」
はにかむ笑顔に、いつ言おうかずっと考えてた言葉を口にする。
「……あのさ……一応訊く。……抱きしめてもいい?」
「…えっ……改めてそう聞かれると…って…わっ……答え聞く前にっ…!」
「反応遅いお前が悪い」
「う……」
7月。
夜とはいえ気温は上がったまま蒸し暑い。
ぎゅっと抱きしめた身体が火照る。
でも全然不快じゃなくて、むしろこの熱に浮かされたくてたまらない。
「満天の星空の下でこういうことするのもいいな。粋な演出」
お前の潤んだ瞳の中に星がひとつ、ふたつ、きらきらと輝いている。
もっとよく見たくて、前髪を優しく撫で、かき分ける。
「……魁斗さんってやっぱりロマンチストだね……んっ……!」
「っ……ん……ちゅ。……静かに。雰囲気が壊れるだろ」
「…もぉ」
鼻先触れ合ったまま見つめていた視線を外し、お前は俺の胸に顔を埋めた。
照れてるときにするその仕草もたまらなく可愛くて。
俺はもう1度ぎゅっと腕に力を込める。
離さないように。
お前がそばにいてくれる限り、俺は誰よりも輝くプリンスで居られるから。
どうかずっと、俺だけを見つめていて欲しい。
2013.07.06
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