ときレス | ナノ


特別な日だから(不破/Birthday)

トン、トン、トン、トン…

スチールテーブルに置かれた自分の指が、無意識に一定のリズムを刻んでいる。
リズムに合わせて、カップに残っている黒い液体が漣立つ。

まるで俺の心みたいに。

トン、トン、トン、トン…

傍らに置かれたケータイはいつまでも鳴らなくて、
俺は虚しさを感じ始めていた。

デビューしてから初めての誕生日。

6月に入ってから今日が近付くにつれて、
撮影現場や雑誌のインタビューのたびに、差し入れとは違う特別なケーキを用意してくれたり、
土産に高級な肉を持たせてくれたり…
その場所その場所で「誕生日」を祝ってもらう機会がたくさんあった。

はじめは面食らったけど、芸能界ではこれが普通なのだという。
困惑していた俺に、京也が「素直に受け取っておけ」と言ってきたので、そうすることにした。

いつもだったら誕生日なんて気が付いたら過ぎているのが普通だった。
人に言われて気付くことだって稀じゃなかった。
だから、今まで生きて来て、今回ほど誕生日を意識したことはない。


6月26日。
朝からX.I.P全員揃っての取材、ダンスレッスン、そしてインタビュー。
それらをこなしていたら、もう外は闇に包まれていた。

京也と透には、朝会うなり「誕生日おめでとう」という言葉をもらった。
覚えていたのか、と訊いたら、
「当たり前じゃん」という京也。
「あれだけ同じ現場にいて、ほぼ毎日ケーキ出されたら覚えてるでしょ」という透。
透らしい言葉だが、毎年誕生日は欠かさず祝いの言葉をくれる。

でも今年はもう1人。
きっと俺はあいつからの言葉を待ち焦がれている。

気配りの上手なあいつの性格からして、
0時ぴったりに連絡くれるんじゃないかって淡い期待を抱いていたが、
ケータイが鳴ることはなく。

それから21時間経過しようとしている現在も、
目の前にあるケータイはうんともすんとも言わなくて。

京也と透は先にあがり、俺はひとりだけ雑誌の撮影があってスタジオでスタンバイしているいま、
仕事が終わらない事に対する不満よりも、あいつからの連絡がないことに苛立っていた。

トン、トン、トン、トン…

テーブルを叩くリズム間隔が次第に狭まっている。
知らずうちに深いため息が零れた。

自分勝手な感情だというのはわかっている。
俺の誕生日なんて知らないかもしれない。
いや、知っていてもどうでもいいのかもしれない。

名前も知らない現場の相手は祝ってくれるのに、
いつも通うあの店の……好きな女は祝ってくれない。

誕生日というものが、こんなに切ないものだということを初めて知った。
幸せな日であるはずなのに、あいつの顔が見られないだけで、声が聞けないだけで、こんなにも辛い。

特別な日であるから、尚更。

「不破くんごめんね」
「…あ……え?」

突然話しかけられて我に返る。
現場のディレクターだ。近づいてきたことにも気付かなかった。
彼は眉をハの字にして、俺の顔色を窺うように頭を下げる。

「撮影、予定より押しちゃって」
何事かと思ったらそんなことか。

「あぁ…いえ……特に予定もありませんし」
素直にそう言うと、彼はほっとしたようにため息をつく。
「そうなの?なんとなくイライラしてるように見えたから申し訳ないなって思って…」

俺は動かしていた指を止めた。
そしてその手でコーヒーカップを取る。中身はすっかり冷え切っていた。

「すみません、うるさかった…ですよね。あの…別にイライラしているわけじゃなくて…」
「そっか…よかった。じゃあ、もう少しで撮影始めるから、宜しくね」
「はい、宜しくお願いします」

ディレクターが去っていくと、もう1度深く深く息を吐く。
撮影を終えたらどこかで飯を買って家に帰る。
それだけ。
いつもと同じ。

……同じじゃない。
いつもだったらきっと、
こんな気持ちだったらきっと、
店に寄っていくだろう。

ドアを開けて、あいつの声を聞いて、
あいつの笑顔を見て、
あいつの料理を食べて、
食後に旨いコーヒーを飲んで、
あがりの時間が近かったら、どんなに疲れていてもそれまで待って、
家まで送っていくだろう。
あいつは俺に力と安らぎをくれるから。
自分の時間をつぶしても、傍に居たいと思ってしまう。

でも…今日はなんとなくあいつと顔を合わせたくなくて、
店に行くのは憚られた。

「拗ねてるだけだ、こんなの…」

かっこわりぃ。

自分がこんな情けない感情を持ち合わせていたことに驚くと同時に、嫌気がさす。
派手な服着て、顔作って、カメラ睨んでも、心の中はこれっぽちも大人になりきれてなくて。
モデルの俺を慕ってくれるファンをも裏切っている気がして、消えてしまいたくなる。

それでも時間は進む。

「不破さーん、スタンバイお願いします」
「はい」

遠くからスタッフの声が聞こえる。
羽織っていたシャツを脱ぎ、立ち上がった瞬間、ケータイが光った。
表示されたのはあいつからのメール受信の知らせ。

ケータイに手を伸ばしかけた時、もう1度名前を呼ばれ、
後ろ髪を引かれる思いで、まだ光るそれに背を向けた。



この時間まで忘れていたのだろうか?
とか、
いまさらじゃないか、
とか、
憤る気持ちを覚えたのは確かで、
またそんな感情を抱く自分に嫌気がさしたが、それ以上に胸がはずんで仕方なかった。

『いまからお店来られる?』

たったそれだけ。
あいつからのメールは、一文だった。

それでも、あんなにささくれ立っていた心が鎮まるのを感じる。
お店に来られる?と訊いてくるということは、来てほしい、ということだ。

理由はどうであれ、あいつに求められるのは気分がいい。

撮影は20分という短い時間で終わった。
撮影に入る前に、あいつからの連絡を見られなかった俺は、
早く仕事を終わらせ、ケータイにきたメールを開きたくて仕方なかった。
その気持ちで、気合を入れ直して臨んだからだろう。

その結果、写真もいい物に仕上がり、開始時間が押していた撮影も終了予定時刻前に終わった。
ディレクターはじめ、スタッフ全員の満足げな表情が嬉しかった。
私利私欲の為に真剣だった…と真実を告げることはできないが、手際良く、質の良い仕事ができたのならそれが一番だ。

あいつからメールがきた20分後に、俺が送った『いまから行く 大丈夫か』というメールに、
あいつはすぐ、
『ありがとう、待ってるね!』と返してきた。

こんな時間だ。レストランの営業も終わってるし、ひとりで待っているに違いない。
帰り仕度もそこそこに、楽屋を飛び出した。



レストランに近づくと、店の灯かりは消えていた。真っ暗。
いつもなら営業が終わっていても、ドアに「CLOSE」の札が掛かってるだけで店内は明るいことも多い。

帰った?

「まさかな…」

『CLOSE』と書かれた札が下げられたドアをいつものように開ける。
鍵が掛かっているかとも思ったが、ドアはすんなり開いた。

カランコロン…

もうすっかり馴染んだあの音が鳴っても、店内から物音ひとつしない。

「おい…」

闇に呼びかけても返事はなく、
何も見えない店の中、慣れている場所とはいえ、手探りで歩く。
暗闇に目が慣れるまで時間が掛かりそうだったから、ケータイを取り出して足元を照らした。

あいつはどこだ?
まさか、なにかあったんじゃ…

俺が最後にメールを受け取った時間からおよそ30分間。
俺がここに来るまでに強盗に押し入られたとか、急病になったとか、誘拐されたとか…
大事なとこで抜けているあいつのことだ、何かに巻き込まれたということも十分あり得る。

1度もたげた不安は徐々に膨らんで…焦ってケータイの番号を探す。
アドレス帳からあいつの名前を見つけて、通話ボタンを押した。

トゥルルルル……

耳に押し当てた部分から呼び出し音がする。

トゥルルルル……
『♪〜』

「ん?」

耳から聞こえた音とほぼ同じタイミングで音楽が鳴り始める。
ホールのどこかから聞こえる。

「おい!いるのか?」

どこかで倒れてるんじゃ…!

(わあっ、マナーモードにするの忘れたよ)
(うわ!ばっかじゃねーの)
(ちょ、はやく切らないと見つかっちゃうよ)

よくは聞こえないがひそひそと話し声が聞こえる。
電話を耳から離して辺りを見渡した瞬間……

パーン!!!!

耳をつんざくような大きな音がしたかと思うと、
店内が一気に明るくなる。

「「「お誕生日おめでとーーーーー!!!!」」」

「………は?」

目の前に現れたのはいくつも繋げて並べられたテーブルの上に載せられた色とりどりの料理。
牛丼、ビーフカレー、カツカレー、ハンバーグ、ミートパイ、ミートローフ、ステーキ、ローストビーフ、
メンチカツ、カレーうどん、酢豚、唐揚げ…

これでもかと盛られた料理に、俺の似顔絵が描かれたバカでかいホールケーキ。

料理の置かれたテーブルの向こう側にいたのは、京也、透、そして、あいつだった。

「あー!びっくりした!まさか電話掛かってくるとは…」
「お前がマナーモードにしないのが悪いんだろー?鈍くさいなーもぉ」
「どうどう?ケント!驚いた?」
京也の目がきらきらと輝いている。
先程まで胸に渦巻いていた不安が急に取り除かれた反動で、いまどんな気持ちか自分でよく把握できていなかった。
そんなに期待した目で見つめられちゃあな…と、
とりあえず頷いておく。

「………ああ…」

「うわっ、反応うっす…!」
京也ががっかりした表情で、頭に手を当てる。その大げさな反応に透が笑う。
「これね、みんなで飾り付けたんだよ!可愛いでしょ?」
あいつは笑顔で店の壁を指差す。

折り紙で作った輪っかを繋げて作られた飾りが、半ば弛ませながら壁の端から端までくっつけられている。
青が目立つのは、俺のカラーを意識してのことだろうか。
その間、一定間隔で花飾りが付けられ、華やかさを演出している。

「……俺の為に?」

「当たり前じゃん、他に誰がいるの?」
透は手元にある飲みかけのグラスの中身を口に運ぶ。

「1週間前、彼女から突然メールがきてね。パーティを開きたいって。ケントには絶対内緒にしてほしいって」
京也がケーキにロウソクを立てながら言う。

「で、俺らには飾り付け手伝えだの、料理手伝えだの…仕事帰りで疲れてるのに」
「手伝えなんて言ってないでしょ!透さんが、やらせろって言ったくせに」
「はぁ!?やりたいなんて言ってない!お前がどうしてもっていうから手伝ってやっただけで…別にお前の為でもケントの為でもないんだからな」
透は持っていたグラスをテーブルに音を立てて置いて、あいつに噛みつく。
「はいはい」
あしらいながら、あいつは楽しそうに笑っている。

「ケントいくつだっけ?ロウソクいくつ必要?」
どデカイハート型のケーキにぐるっと一周ロウソクを立てた京也が俺を見る。

「立てられるだけ立てればいいじゃん!ついでに花火もね」
透は京也の手からひょいっとロウソクを奪い、空いている場所にブスブスと差していく。

「こらー!せっかく綺麗に出来たんだから崩しちゃだめ!」
「ちぇー、でも花火はいいだろ?」
「じゃあ、2本だけね」
「へへっ、そうこなくっちゃ」

透は短めの花火を、描かれた似顔絵の頭部分に2本立てて「鬼みたいかな?」と笑う。

俺はようやく事態を飲み込み始めていた。
これは俺の為に開かれた誕生日パーティ。

1週間前、あいつが京也と透にメールをし、パーティを開く事を提案した。
ふたりは俺に気付かれないように仕事を終え、このレストランにきて、彼女を手伝う。
2人から聞いて、俺のスケジュールを把握していた彼女は、準備が終わったころ俺にメールをする。

忘れていたわけじゃない。
どうでもよかったわけじゃない。

彼女から連絡が全くなかったのは、俺を驚かせたかったからなのだ。

「黙っていてごめんなさい」

気が付くと、彼女が傍らに立っていた。申し訳なさそうに眉根を顰めている。
京也と透はケーキに立てたロウソクに火を付けている。

「びっくりさせたかったの。きっと色んなところでお祝いしてもらってるだろうから、一番印象に残ることしたくって…京也さんと透さんに付き合って貰って…」
「…ああ」
「びっくりさせたかったからお祝いのメールも送らなくて……怒った?」
彼女は本当に不安げに俺を見上げる。
いつものレストランの制服ではなく、少しドレスアップしたパーティ用の格好をしている。
薄く大人の色のついた唇につい、目がいってしまう。

「やっぱり怒ったよね…」
「違う、怒るわけない」

俺は言って、その華奢な身体を抱きしめる。

「ちょ、剣人さん…!?」
「…悪い、見とれてた」

「あ!こら!ケント!」
「ちょ、透!火を振り回すな!」

彼女は遠慮がちに俺の背に腕を回し、胸に顔を埋めた。
「ありがとう……」
「うん」
「今までで一番嬉しい誕生日だ…」
「……良かった…!」
腕の中の彼女が満面の笑みを浮かべる。
俺もつられて笑みをこぼした。

「ほら、ケント!火ついたぞ!消して」
甘い香りに酔いしれていたところ、京也の声で現実に戻る。

「花火にも火ぃ付けたから火傷しないようにしろよー」
透の全く心のこもってない声がする。

「ったく……なんでお前は同時に花火にまで火をつけるんだ」
俺は彼女の身体を離すと、ケーキの方へ歩み寄る。

「抜け駆けした罰」
はいどーぞ、と透がケーキへ手を差し伸べる。

「俺の肺活量なめんな」
思い切り息を吸い込んで、ふぅっと吐き出すと、パチパチとはじける火花以外の火が消える。

「おめでとう!」
「改めて…おめでと」
「これからも、よろしくな」

3人の楽しそうな顔に、昼間の慌ただしさも、夜のイライラも全て消し飛ぶ。
築いていきたいもの、掴みたいもの、そして守りたいもの。

趣味じゃねぇ派手な衣装着て、顔キメて、カメラを睨むことにどこか違和感を覚えていた。
誰に向けて歌うでもない愛の歌を歌うことに疑問を抱いていた。
与えられたことをただこなす日々に嫌気がさしていた。

でもーーーー。

京也に会わなかったら此処に居なかった。
透に会わなかったらここまで来られなかった。

そして、お前に会わなければこんなあったかい気持ちを抱く事もなかった。

不器用な自分が何も考えず自然に零れる笑顔は、照れでもなんでもない。
素直にこの気持ちを伝えたいから。

「……ありがとう」

これからも傍で笑っていてほしい。



*END* *Happy BirthDay Kento!*



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