ときレス | ナノ


赤い花(音羽/微裏※腹黒音羽さん注意)

午前3時。

明るすぎるくらいの月明かりが窓から差し込んでいて、
僕らを照らしている。

電気が全て消えた部屋に、まばゆいばかりの月明かり。
とってもロマンティックで、
さっきまでその光の中、夢中で抱き合っていた。

いつまでも慣れないきみをとろとろに溶かす快感は極上で、
その甘い肌を優しく撫で、舌で嬲り、苦しげな声が漏れる頃の表情がたまらない。
恥ずかしそうなのに、でももっとその先を期待していて、僕の意地悪な言葉に泣きそうになってる。

本当に苛めたいわけじゃない。
傷つけたいわけでもない。

でも、可愛いきみを見てるとどうしても衝動を抑えきれなくなっちゃうんだ。
許してくれるかな。

甘く響く声と熱い吐息。
縋りついてくる指とどこまでも熱くなる身体。
夢中できみを貪った。

大きな満月から降り注ぐ光。
きみの白い肌に浮かぶ汗がその光できらきらと輝き、
神々しいとさえ思った。

ーーー僕の愛しい女神。


やがて疲れ果て、気を失ったきみはそのまま眠りについてしまった。
僕はひとり、隣で眠るきみを見つめている。

なお月明かりはまばゆく、薄闇には彼女の白い肌が浮かんでいる。
そこについた赤い痕。
僕のつけたシルシ。

「今日もいっぱいつけちゃったな…」

彼女は普段あまり派手な格好をしない。肌を見せたりもしない。
だから、こうしてたくさんつけたとしても、それが誰かに見られることはない。

僕だけが知ってる秘密、だけど…

「ちょっとつまんないな…」

彼女と付き合っていることは誰にも言っていない。
事務所から恋愛禁止って言われてるし、
前に3MajestyとX.I.P.で約束した取り決めみたいなのもあるし。

これも秘密、か。

「やっぱつまんないな」

眠るきみの髪をそっと撫でると、瞼が少し震えた。
目が薄く開き、だんだんと瞼が上がる。数秒の後、可愛い栗色の瞳は僕を捉えた。

「慎之介…さん…」
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「あれ、私、いつの間に…寝ちゃって…」
少し前の記憶を思い出すかのように頭を少し動かす。
僕はなお、彼女の髪を一定のリズムで撫で続ける。
「ふふ。可愛い。いつも終わるとすぐ寝ちゃうんだから」
「…ごめん……」
しゅん、と項垂れる彼女を抱き寄せる。
「いいよ。可愛いから。大好きなきみが傍にいてくれるならなんだっていいんだ」
「慎之介さん……」
腕の中で小さく呟いて俯く。
その顔が真っ赤になっていることは容易に想像できた。

「ね……シたくなっちゃった」
声を顰めて耳元で囁くと、彼女の身体が強張る。
俯いていた顔を上げて、僕のことをまじまじと見つめてくる。
「えっ……今から…?」
「だめ?」
「……あのっ、私、もう……明日早いし…」
そう、彼女は2時間後に起きなければいけないことを知っている。
でも困らせたくて言ってみてる。
「えぇー」
「ごめん…っ」
「じゃあお願い聞いてくれる?」
苛めすぎたかな。
泣きそうになる彼女を安心させるように僕はひとつの提案をする。

「キスマーク、付けて」
「……えっ?!」
「きみの印が欲しいよ」
「でも…」
「僕はきみのものなんだ」

普段、彼女はキスマークをつけたりしない。
肌を滑る彼女のキスはふわふわで優しくて、くすぐったいような、
まるでホイップクリームのようなキスだから、
痕がつかない。

そのことを僕はちょっとだけ残念に思っていた。
もしかしたら、仕事で着替える最中にキスマークが誰かに見えてしまうかもしれないということを
彼女は心配して、あえて付けていなかったのかもしれないけど。

「キスマーク付けてくれないと、これからきみをさっきよりももっともっと激しく抱いちゃうけどいい?」
「そっ、それは…!」
「ハイ、決まり。ん。………ここにして」

僕は自分の鎖骨辺りを指差す。

「しなきゃだめ?」
「しないと朝まで寝られないよ?」
「うぅ……」

頑固な僕に観念したのか、彼女は僕が指差した辺りに唇を寄せる。
マシュマロみたいな彼女の唇がそっと当たって、それからきつく肌を吸われる。
ちくりとした痛み。

「んっ……」

反射的に自分の口から熱い吐息が漏れるのを感じた。
刺激的なキス。
彼女からのそれはとても珍しいことだから、僕の身体は自然と疼いてしまった。
本当はこのまま寝かせたくないんだけど…
仕方ない。

「痕、ついてる?」
「た、たぶん…」

満月は僕の背中越しに輝いている。
曖昧な返事なのは、僕の身体が彼女からは逆光でよく見えないに違いない。
彼女の瞼が震えるのを見た僕は、
痕がついていることを祈りながら、彼女の唇に淡いキスをする。

「ん……ワガママ聞いてくれてありがとう。おやすみ」
「…う…ん……おやすみなさい」

すぐに伏せられる瞳。
規則正しい寝息。
可愛い寝顔を、ずっと朝まで見ていたいけど。

彼女がつけてくれた印をそっと撫で、ゆっくりと目を閉じた。
愛しい人の甘い香りで満たされた部屋で、きっと今宵も彼女の夢を見るんだろう。



今日はイベントライブ。
様々な事務所に所属しているアーティストが一堂に会する、フェスみたいなイベント。
フェスとはいえ大規模なものではないし、共演者も知り合いばかりだからアットホームな雰囲気。

衣装に着替えて、メイクさんに身を任せる。
いつもイベントライブで僕らを担当してくれる男性のヘアメイクさん。
何度も顔を合わせているので僕たちは仲良くなっていた。

大きい鏡越しに、手際良く準備を進めていくメイクさんを見つめていたとき。

「シンくん、それ…」

左隣から声が聞こえてくる。
カイトだ。僕はなるべく顔を動かさないように、視線だけを彼に移す。
彼はメイクを終えたままの状態で雑誌を読んでいたようだ。

「ん?」
「ここ」
カイトは自分の首元を指差し、僕に何かを伝えようとする。
「なに?」
「虫さされ?」

その言葉に思わず笑みが零れそうになった。
可愛い彼女が慣れない仕草で懸命に付けてくれた愛しい痕。
それに気付いた彼。
僕はこの想いに気付かれないよう、鏡の中の自分の姿に目を凝らした。

「えっ、何かできてる?」
「なんか…赤くなってる…」
「…………ああ…」

僕は少し乗り出した身を戻し、再び椅子に沈む。

「これかぁ」
「いや、カイト……それは…」

右隣から遠慮がちに声をあげたのは霧島くん。
ふふ。彼ならわかってくれると思ってたんだ。

「キスマーク、ですよね?」
メイクさんがちょっと声を顰めて霧島くんの言葉を続ける。

「きっ、キスマーク!?!?」
右隣でカイトが突然慌てだす。
霧島くんは深いため息をついた。

「シン……恋愛は禁止だと言ったはずだが」
「うー…ん……そうだっけ?」
「ああ、言った」
「き、キスマーク……」
明らかに動揺した魁斗はそわそわしながら雑誌を閉じると、飲み物を手に取り、僕から視線を逸らす。

「さすが音羽さん!相手は女優さんですか?」
面白がるメイクさんが、興味津津といった感じで話しかけてくる。

「違うよー」
「えっ、じゃあ一般の方…!?音羽さんとお付き合いできる一般の方なんて…さぞかし凄い方なんでしょうね!」
彼はそう話しながら、メイクに続いて髪のセットに入った。
スプレーを使い分けながら、器用に櫛を操っている。

「上手いんだよ」
「おぉっ!床上手ですか?」
「ううん、料理が」

僕の一言で空気が張り詰める。
それに気付かないふりをしてメイクさんの次の言葉を待つ。

「へぇ…!彼女さんはお料理が上手なんですかー!得意料理はなんですか?」
「そうだなぁ…最近は…クロカンブッシュとか、ボルシチ…ミーゴレンとかかなー。でも和食も得意なんだよ」

それらは最近レストランに追加されたメニュー。
ねぇ、そろそろ気付くでしょ。

「シン」
「んー?」
霧島くんの声。怒ってるような、とっても怖い声。
「いいからそれ、消してもらえ。いくらライブとはいえ、後ろのスクリーン用のカメラで映されたら客席に見えるだろう」
「えー。勿体ない。昨日は珍しくつけてくれたんだけどなぁ」
「シン」
「いつも僕がたくさんつけちゃうから、昨夜はつけて、ってお願いしたんだよね」
僕は霧島くんの言葉に応えずに、メイクさんと鏡越しに目を合わせる。
さすがに彼も空気が重くなってきたことに気付いたのか、合わせるように微笑んだだけだった。
「…でも仕方ない。僕は王子サマだからね。隠してもらってもいい?」
「はい、わかりました」
メイクさんはそれ以上何も言うことなく、僕の鎖骨部分についた赤い痕の上へコンシーラーをぽんぽんと叩くように塗りつけた。
それから楽屋の重い空気は変わることなく、僕のヘアメイクを終えた彼はそそくさと部屋を出ていく。

鏡の前から移動し、楽屋のソファに腰掛けて今日の台本をチェックしていると、隣に霧島くんが座った。

「シン」
「ん?」
「もう1度言うが、恋愛は禁止だ」
「んー…でも好きなんだ」
ここで初めて彼の方に向き直る。
霧島くんは予想通り怖い顔をしていた。
「それは…」

なに?
”俺たちだって”って?そういうつもり?
”俺たちだって彼女を想ってる”って?

「でも相手は一般の子だし…あんまり話題性もないでしょ。霧島くんだって知らない子かもしれないでしょ?」
「…………」
「もしかして…心当たりある……とか?…ふふ」
「だって…」
今まで話を聞いていたカイトが声を上げた。

「料理上手……クロカンブッシュ…ボルシチ…ミーゴレンって…あのレストランの」
「カイト」
霧島くんがその言葉を遮る。

なに?答えを聞くのがやっぱり怖い?

「じゃあカイト、彼女に聞いてみてよ。僕と付き合ってるの?って」
「なっ…」
カイトは顔を赤らめた。

「霧島くんが思い描くその人の見えないとこに、キスマークがたくさんついているのを確かめてみたら?」
「っ…」

「言ったでしょ。僕、キスマーク付けるの好きだから。白い肌に赤い花を散らすの。綺麗だよ」
彼女のシルクみたいにきめ細やかで滑らかな肌を思い出すと、自然と口元が緩む。

「彼女は僕のもの。絶対……渡さない」
誰に言うでもなく呟くのと、楽屋のドアが開くのが同時だった。

「3Majestyさん、スタンバイお願いしまーす!」
「はーい!」
「……………」
「……………」
「あの…何かあったんですか?」
僕らを呼びに来たスタッフが不安げに僕を見る。
僕は瞬時に”王子サマ”の顔を作って、霧島くんとカイトを交互に見つめた。

「ほらほら、本番だよー。霧島くんも、カイトも。がんばろう」
僕の言葉を聞いて、安心したらしいスタッフはほっと表情を崩して頭を下げる。

ドアが閉められた後も、重い空気は変わらなかった。

でも大丈夫。
今日の僕にはきみが掛けてくれた魔法のシルシがあるからね。
なんだって出来る気さえしてくるよ。

レストランで働く、いつも明るく朗らかでちょっとだけ照れ屋さんな彼女。
そんな彼女の、夜の痴態を思い起こすような何かを二人に見せつけたくて、
衣装で隠れない”ここ”に、キスマークが欲しいっておねだりしたんだ。

僕たちが愛し合ってるってわかるでしょ?

メイクで隠されてしまったそこをひと撫ですると、
僕は誰よりも先に、楽屋から飛び出した。


*END*

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