ときレス | ナノ


梅雨の贈り物(霧島/微裏)

うだるような暑さに、天気予報は連日の傘マーク。
気分が滅入ってしまいそうな憂鬱な梅雨は、訪れる夏へのカウントダウン。

ファッション雑誌を開けば、浴衣に水着、夏ならではの装いの特集が組まれ、
「彼とデート」「初のお泊り旅行」なんて言葉もちらほら。

「お泊り…旅行……」
友達とだったら魅惑的な言葉なのに、
頭をちらつく彼の姿を思い浮かべるたびに気持ちが重くなる。

「司さんは、きっとこういうのダメっていうだろうなぁ…」

司さんに告白されて付き合い始めてから数カ月。
デートのときは手を繋ぐし、見つめ合えばキスをする。
立派な恋人同士……だと思っている。

でも彼はとても紳士的で、どんなに遠くに出掛けたとしても、
帰りは終電がなくなる前に家まで送ってくれる。
お酒に弱い私が酔ってしまったときも、家に送ってベッドまで運んでくれて…

そのまま帰る。

「大切にしてくれる、っていうのは凄く嬉しいんだけど…」

彼はそれじゃ物足りないんじゃないかって最近考えている。
雑誌のページを更にめくれば、「彼との体験談」という特集があって。
そこには、今の私たちじゃ考えられないような赤裸々なことが書いてあって、
思わず雑誌を閉じた。

なんとなく後ろめたくて周りを見渡すも、
ここはお店の休憩室。マスターはお店に出てるし、私ひとり。
誰もいないけど、頭の中がいかがわしい妄想でいっぱいになって途端に恥ずかしくなる。

私がこんな恥ずかしいこと考えてるってわかったら、
司さんは私に幻滅するだろうか…。

この前、友達と電話で話しているとき、司さんとの仲を聞かれたときも…

『えっ、キス止まり!?』
受話器の向こうで驚く友達の声色は真剣そのものだ。
私は、やっぱり、とうなだれ言葉を返す。
「うん……」
『付き合って結構経つよね…?司さん…手がはやいと思ってたんだけどなぁ…』
「えっ!?そうなの!?」
『いや、イメージで。でもそれって…大切にされてるってことじゃん』
「うん……そうなんだけど……私に魅力が足りないのかな…なんか…その…そういうことしたいって思わないのかも」
『あー』
「えっ、やっぱそんな感じ?私……」
『うーん……まぁ、恰好はちょっと地味かも?』
「うぅ…」
『あっ、じゃあさ、せっかく夏なんだし、大胆な格好してみればいいじゃん』
「大胆…って?たとえば?」
『胸元がざっくりあいたキャミと、ミニスカートとか!』
「そんなの恥ずかしくて無理だよ!!想像するだけで似合わなそう…」
『だーいじょーぶ!似合うと思うよ?それに普段のあんたとのギャップがあっていいと思う』
「ギャップかぁ…」

と。こんなことがあったのだ。

今日は閉店後にマスターがお店使いたいって言ってたからすぐ出てかなきゃいけないし、
ショッピングして帰ろうかな。
今度司さんと会うときに着ていくために。



最近司さんは忙しく、ふたりの休みがなかなか合わない。
早く買った服を着て、彼の反応が見てみたかった私は、休日が重なる日を待つのではなく、
仕事帰りに待ち合わせて一緒に帰る日にそれを決行してみることにした。

あの日、普段あまりショッピングをしない私は色んな店に入り、予算ギリギリまで夏の服を買い求め、
店員さんに勧められるままに下着まで購入した。

私の買った”アンジェリック・ブラ”という名前の付いたその新商品は、柔らかなパッドが入っていて、自然と胸を押し上げ、
くっきりとした谷間を作る機能を備えていた。

「すごい…」

半信半疑だったが、身に付けて鏡を見ると、想像していた以上にくっきりとした谷間。
触ればマシュマロのような感触が楽しめそうなほどに、美しい。

慣れないそれに少し抵抗があったものの、それと、揃いのショーツを身に付け、かなり胸のあいた白いワンピースを着た。
髪型を整え、両サイドの髪を耳に掛けて、片側を小さな花のついたピンで留める。

見違えるようになった私がそこにいた。



レストランを出ると、心なしか空気が湿っているのを感じる。
案の定、見あげた空は、どんよりとした雲に覆われていた。
朝、家を出た時は、真夏を思わせるカラッと晴れた青空だったのに…。

雨が降ったら嫌だなと思い視線を戻すと、見慣れた後ろ姿があった。
司さんだ。

「こんばんは。遅くなってごめんなさい」
「……いや…いまきたところ…」

その背中に声を掛けると、彼は振り返って笑顔を作り……
そのまま息を呑んで固まった。

「…………」
「つ、司さん……?」
「あ、いや……すまない。なんでもない。これからどこかに行くのか?」
「え?司さんと帰るんだけど…」
「そ、そうか……そうかそうか…」

視線をさ迷わせながら「そうか」を繰り返す司さん。
やっぱりこの格好は変だったのだろうか。

「あの……やっぱりこの服似合いませんか?」
「……は?」
「夏らしく…って思って…この前買ってみたんです。司さんに見てほしくて……でもやっぱり私には」
「似合わないなんて、そんなことあるわけないだろう」

私の言葉を遮る慌てたような大声。
驚いて身体を震わせると、彼は更に慌てたように「すまない」と呟いた。

「すまない……ああ、とてもよく似合っている」
「あ……ありがとう…」
「ふふ……」

司さんは、私の頭のてっぺんからつま先まで見つめると、柔らかく微笑んだ。
やっといつもの彼らしい余裕ある表情。
そのまま手を差し出してくる。
私はその笑顔に安心して、いつものようにその手を取った。

彼はいつも仕事の話をして楽しませてくれる。
今日は何のロケがあったとか、どこに行ったとか、誰と共演したとか。
3Majestyの他のメンバーの名前や、X.I.Pのメンバーの名前も出てくる。
私はそのたびに司さんの日常を知ることができて嬉しくなって、疲れもどんどん消えていく。
…けれど、今日の彼は言葉少なで、繋いだ手がなんとなく硬い。

「司さん?」
「………………」
「司さん?」
「……あ、ごめん、なに?」

このやりとりをさっきから何回も繰り返している。
終始上の空といった感じで、私の声が届いていないようだ。

私は彼に、自分の思う”大胆な”姿を見せたことを後悔し始めていた。
私のこの不可解な行動を彼は一体どう思っているだろうか。

胸元にくっきりと作られた谷間に、嫌悪感を抱いているんじゃないか。
露出の多い格好に、不誠実さを感じたんじゃないだろうか。
どうして彼は私の事を好きだって言ってくれたの?
好きだっていうのに、もっと恋人らしいことをしたいと思ってくれないの?
でもいざそうなったら上手く対応できない自分もいて…

頭の中がぐちゃぐちゃだった。
泣きそうになりながらも、彼と繋いだ手のぬくもりに励まされ、寸前でこらえる。
複雑な気持ちで、頭一つ分高い彼の横顔をじっと見つめた。


そうしているうちに、いつもの公園に辿り着いた。

「送ってくれてありがとう」
「…どういたしまして」
「…………」
「その……」

何かを言いかけてやめる司さん。
そんな彼を見るのは初めてだ。
いつもクールだけれど実は誰より熱く、素直な気持ちをぶつけてくれるのに、
その瞳は私を見ているようで見ていなかった。

なんだか無性に悲しくなって、早く家に帰って着ている服を脱いでしまいたくなった。
無理して笑顔を作って口を開く。

「じゃあ…今日はありがとう。おやすみなさい」
「あ……待って!」
繋いだ手を離そうとすると、逆に彼に引き戻される。

「……?」
「その………」
「あ」
「あ、雨……」

ちょうどそのときだった。
頬にぽつり、ぽつりと水滴が落ちてきたと思えば、瞬く間に土砂降りの雨へ変わる。

「おや……」
「大変!風邪ひいちゃう!とりあえずうちで雨宿りして!」
「…わ、わかった」

繋いだ手はそのまま、今度は私が彼を引っ張る形で、家へと駆け込んだ。



「びしょ濡れになっちゃったね」
「ああ……」

玄関を開け、彼を招き入れる。
二人の髪からは水が滴り落ちて、コンクリートの三和土が黒く染まった。
服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
司さんは佇んだまま閉められたドアを見つめてる。

「タオル持ってくるね。ちょっと待ってて」
まず私が靴を脱いで、彼にタオルを持ってこようとした瞬間。

「行くな」
「!」
私の声に振り返った司さんにぐっと抱きしめられる。

夏が近く、気温の高い夜。二人の肌を濡らした雨は体温であたたまり、暑さに拍車を掛けている。
濡れた服が気持ち悪いのに、服越しに感じる彼の身体がいつもよりとても熱くて、くらくらする。

それは濡れたせい?それとも…

「恵みの雨とはこのことかもしれない」
「……え?」
「先に謝らなければならないことがある」

私の耳元に唇を寄せ、彼は小さくため息をついた。

「実は今日……きみをどう引きとめようか、そのことばかり考えていた」
「…え?」

彼の鼻が首筋を触って、下に降りてくる。
私は動けず、彼の動きを目だけで追った。

熱い吐息が鎖骨をくすぐり、ぴくりと肩を震わせると、彼は微笑んだように感じた。

「きみの可愛い声を聞きながら、ずっと……ここに口づけたいと…思っていた」
「んっ……」

唇が鎖骨を通り過ぎて更に下に降りてくる。突然、ちゅ、と強く吸われて感じる小さな痛み。
やがて、深く作られた谷間の間に、ぬるりとした感触。
彼がそこに舌を差し込んだのだ。

「つ、かさ、さん…っ」
「やわらかい…」

差し込んだ舌を上下に動かし、そこを割り開き、奥を探る。
熱く湿った舌の感覚に、背筋にぞわぞわと痺れが走る。

「…んっ………はずかしい……っ」
「ここは白くて柔らかくて…さぞかし美味しいんだろうな」

彼は少し顔を傾けると、片方の胸に歯を立てる。
そして薄く開かれた唇の間から舌を出して、そこを嬲った。

「あ…んっ……」
「…試されてるのかと思った」
「……えっ……?」
「さっき公園で押し倒そうかと思ったくらいだ……んっ」
「ひぁっ…」

彼は、立てた歯をゆるゆると動かす。甘噛みするように。

「ん……美味しい」
「んっ…あっ……つか、ささん…」
「こういうことは…嫌い?」
「……わか、んない……したことない…から…あっ…」
「っ」

濡れた肌は熱くて、二人が重なっている場所なんてもう逆上せそうで。
だから、熱に浮かされたことにして、胸の内を伝える。

「でも……司さんとなら…嫌じゃない…と思う……」

その言葉を聞いた彼は更に強く胸に歯を立てる。
弾力を楽しむように、口を押し付けてくる。

「……ん…んっ…嬉しいよ」

彼は胸から唇を離し、たまった何かを吐き出すように、熱い息を吐く。
吐息の触れた場所から彼色に染まっていくようで、ぞくぞくする。

今度はもう片方の胸の膨らみに吸いつく。
思い切り強く吸い上げられると、足から力が抜けていくような感覚に襲われ。
彼の頭を抱きしめる。
吸った肌から唇を離して熱い息を吐いた司さんは目を細め、眩しそうに私を見上げる。

そんな彼を見つめ返すと、彼はその視線を逸らさずにもう1度同じ場所に吸いつく。
口を大きく開き、齧り付くように。舌が肌を擽り、私はぎゅっと目を瞑って大きく息を吐いた。

きっとだらしない表情をしているのだろう。
私の顔を見て満足そうに彼は笑うと、意を決したように顔を上げ、再び私を抱きしめる。
そして耳元に唇を寄せる。

「もう、いますぐにきみを抱きたいって思うけど…」
「い、ま…?」
「……風邪をひくといけない。お風呂に入っておいで。俺は帰ろう」
「えっ……」

半ば覚悟を決めていた心が殴られたような衝撃を受ける。
やっぱり、私には女性としての魅力が…

「その代わり、旅行に行こう。泊りがけで」
「……へ?」
「言ってる意味、わかるな?」
「…………」

司さんの言わんとしていることを想像して赤くなる。
雑誌で見た赤裸々体験談が頭を駆け巡った。
私の答えがないから不安に思ったのか、抱きしめてくる力が少し強くなる。
私は慌ててうなずいた。

「もちろん、きみが嫌じゃなければだが?」
「…いやじゃ…ない……」
「ふふ…じゃあ、決まり。誰にも邪魔されない1日を過ごそう。いい場所見つけておく。こういうときくらいコネを使っても許されるだろう」
「…うん」

承諾に安心した彼は、にっこりとほほ笑む。
そして私の濡れた髪を愛おしげに撫でると、腰に回した手を解いた。

「さて、俺は行こう」
「服、濡れてるからせめてシャワーだけでも」
「ダメだ。我慢できなくなってしまうだろ?」
「…………」
「それに、濡れた服のきみを見ていると辛くなる……その…透けているから」
「えっ!?」

私は自分の身体を見ると、ワンピースの下、肌が透けているのが見えた。
なんとなく恥ずかしくなって、さっきまで堂々と晒していたはずの胸元を慌てて隠す。

「きっときみの身体はどこも甘いんだろうな。楽しみにしてる」
「……もぉ…」
「おやすみ」

流れ星のような王子様のキス。
名残惜しそうに、唇は離れていく。

ドアを開けた彼の濡れたシャツから同じように透ける肌に鼓動を高鳴らせながら、
姿が見えなくなるまで見送った。


土砂降りだった雨はすっかりあがり、
雲間からはきらきらと星が覗いている。

夏はもうすぐ。

遠からず訪れるその日に心を躍らせながら、
彼の唇の感触を思い出していた。


* END *

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