ときレス | ナノ


痺れる味は…(透/微裏)

最近、透さんが料理にチリソースをかけるところを見ていない。
以前、私がレストランで働き始めたころは、どんな料理にもこれでもかというくらいかけていたのに。

「…で、それが不思議だって?」
「うん」

お店の閉店後に訪れた彼に思い切って聞いてみると、呆れたような表情を見せこう言った。

「今でもかけてるよ」
「えっ、でも見たことないよ?」

彼に料理を出すときは、一応チリソースも一緒に添えているのだけれど、
最近その量が全くと言っていいほど減らないことに気付いていた。

「ははっ、なんだよ、そんなにチラチラ俺のこと見てたの?」
「ちっ、違うよ!チリソースの量が減らないなぁって…」
「ああ、そっちね…」

小さくため息をつき、透さんはつまらなそうにそっぽを向く。
そして手に持っていた紙袋を掲げた。

「そんなことより、お前、お腹すいてるだろ?今日は差し入れもってきた」
「えっ、ホント?ありがとう」

渡された紙袋はほのかに温かく、良い香りがする。
中を開けてみると、ホットドッグだった。

「あ!これって…」
「そ。駅前に最近できたパン屋の人気メニュー。お前、研究熱心だから食べてみたいんじゃないかって思ってさ」
「わぁ…ありがとう!ずっと行きたいと思ってたんだけど、仕事の後だとお店もう閉まっちゃってて…」
「だと思って」
へへん、と得意げな笑みを浮かべる。
いつも憎まれ口叩いていても、なんだかんだ気を遣ってくれる透さんに私はいつも元気を貰っている。

「食べていい?」
「どーぞ。いっこは俺のね」
「うん!いただきます」

ほんのり焦げ、カリカリとした表面はほどよい硬さと苦み。
齧ると中はふわふわもちもちしていて、歯触りも歯ごたえも心地よい。
自家製だというウインナーはジューシーで、断面から溢れる肉汁を、その外側に挟まれた新鮮なレタスとたまねぎが受け止め、優しく包んでいる。

「うん…美味しい!」
「そりゃよかった」
「うん、透さんも………って、わぁ…」
「だから言ったろ?今でもかけてるって」

彼の左手に乗ったホットドッグは先程までの形状は見る影もなく、私のと違って真っ赤に染まって…
それがチリソースだということはすぐに分かった。
久しぶりの常識外れの量に、出会った頃の思い出がよみがえる。

「いただきまーす」

ぱくりと齧り付いた彼の表情はひとつも変わらず、それどころかとても幸せそうな表情で、チリソースのたっぷりかかったホットドッグを咀嚼している。
いや、もはや包み紙部分でパンが隠れており、見える部分は全て真っ赤に染まっていることによって、それはチリソースに染まった何か、にしか見えない。

「うま」
「透さん…辛くないの?」
「それ聞き飽きた」
「だって…チリソースの味しかしないんじゃ…」
「ま、そーだね」

どんどん食べ進めていく彼の顔色は全く変わらず、驚き見つめる私を、不思議そうに見つめ返してくる。
本当にあの辛いチリソースがたっぷりかかったホットドッグを食べているのかと疑問を抱いてしまうくらいに態度の変わらない透さんだが、それは紛れもなくチリソースで。
口にしたら辛くて舌が痺れてしまいそうな香りがする。

「なに?食べないの?」
「う、ううん…食べる」
「どれくらい辛いか気になるんだ?」
「うーん…気にならないと言えば嘘になるけど…」
「ん……ごちそうさま」

言った彼の顔を見ると、口の端に赤いソースが付いているのが見えた。

「ね、透さん、口にソースついてる」
「え、まじ?どこ」
「右側」

私は自分の口の右端を指差して、彼に伝えると、彼は自分の右端を拭う。

「とれた?」
「あ、ごめん、私から見て右だから、透さんにとって左側だ」
「おい」
「はいっ」

急に不機嫌な声を出すので、私の誤りに気分を害したのかと不安になる。

「とって」
「…はい?」
「いいからとってよ」
「……ソース?」

透さんは頷く。
私はテーブルに置かれている紙ナプキンをとり、彼の唇に寄せた。

「!!」

その瞬間、ナプキンを持った手を掴まれ、顎を掴まれる。

「違う。どれくらい辛いか、気になるんだろ?」
「と、透…さん?」
「食べてみてよ」

固定された顎。彼は私の唇へ、ソースが付いていると思しき場所を近付ける。
彼の形の良い唇の左側、チリソースが私の唇に触れる。

「んっ……」

ツンとした香りを感じた刹那、びりびりとした痛みが唇を走る。

「どう?辛い?」

私の唇が触れている場所のすぐそばで、彼の吐息を感じる。

「うぅ……から…い……」
「ホント?」

掴まれていた手が解かれ、今度は両頬を彼の大きな手で挟まれる。
そして唇を少しずらされ、真正面からキスされる。

「んっ…」
「ふ……」

突然の事に、驚き、開いた口の隙間から彼の舌が入ってきて、
私の痺れた舌を、透さんの舌が掬いあげては落とし、その場に押しとどめたと思えば、また絡め取られる。
舌は未だ痺れて上手く動かせず、彼がそれをあざ笑うかのように弄んでいる。
私の意思を奪い、全てを染めるような彼の情熱的なキスに、体温が上がる。

「っはぁ…ふあ…」
「んっ……はは…お前、顔真っ赤」

触れ合う鼻先。
まだ唇の距離は数センチ。
彼の赤く濡れた唇が視界に入って、くらくらする。

「だ、ってぇ…」
「辛いから?それとも、きもちいーから?」
「えっ……んっ…」

答えを聴くことなく、再び唇を塞がれる。
両頬に添えられていた手はいつの間にか後頭部に回され、ぐっと顔を押し付けられる。
もう一方の手は腰に回され、腰のくびれ部分を撫でられるたびに、無意識に背中がびくりと震える。

上手く呼吸ができずに、涙で視界がぼやける。

「くる…し……んっ…」
「泣くほどきもちい?」
「はぁ…んっ……うん…」
「……ばーか」

照れたように呟くと、

ちゅっ、
と小さく音を立てて、透さんがようやくまともに唇を離す。
でも二人の体勢は変わらず、くりくりとした瞳が近くで私をじっと見つめる。
腰に添えられた手が妙に気になって、鼓動の高鳴りは全くおさまらない。

「はぁ……俺がチリソースかけないのは……お前の料理だけ」
「へ…?」
「間抜けな声だすなよ……だってさ、お前の料理は、お前が研究して、試作重ねて、一生懸命作ってるの知ってるから…もったいないじゃん。」
「……透さん……」
「んだよ…褒めてんだかんな」
「……うん…」
「あとは……甘いものも好きになってきたから」
「え、そうなの?」

初耳だ。甘いものと言えば慎之介さんで、透さんがスイーツを注文したところは見たことがない。
目を丸くしていると、ぎゅっと抱き締められた。

「きゃっ」
「甘い物って、お前のこと」
「なっ……」
「こんなドラマみたいな台詞、言わせるなよ恥ずかしい」
「あ、甘いの…?私」
「……………」

私の零した言葉に、押し黙る透さん。

「透……さん?」
「あー、辛いの食べたら甘いのも食べたくなったなー」
誰に言うでもなく大げさに声を上げる透さん。

「ええっ!?」
「つーことで、デザートはお前。拒否権はナシ。いっただきまーす」
「ちょ、だめ、ここじゃっ…!」
「バレなきゃだいじょーぶ…ほら、大人しくしろ」
「…んっ……もぉ…」

あなたの甘えた声は、私の作るどんなスイーツよりも甘美であらがえない魅力と中毒性があるのを知ってる?
今夜もあなたに甘く痺れる時間が来る。


*END*


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