trap(主人公)
「部屋、綺麗にしてるんだね」
名が悠の部屋を見渡しながら呟く。
二人は想いを通わせた恋人同士。
理由は違えど居候である二人は、1つ屋根の下に住んでいるのだが、堂島と菜々子の手前、互いの部屋に入ったことはなかった。
というよりも、夜に顔を合わせることはなかった。
風呂上りの姿を見せるのはやはり照れくさくて、
夕飯後は外へ出かけない限り、二人が顔を合わせることはなかった。
学校の帰り道、名がふと放った一言。
「そういえば、私、悠の部屋行ったことないよね」
彼の身体を熱い血液が巡る。
この振りは…
「ちょっと…興味あるな。悠の部屋」
おそらく深い考えはないのだろう。
赤く染まる空を見上げながら彼女は微笑む。
穏やかなその笑みとは対照的に、悠の鼓動は加速度を増す。
(俺の…部屋に来たい…?)
いつもは冷静な彼も、指先までしびれる感覚。
夢にまで見たその行為……
ひとつ屋根の下にいるにも関わらず、
シャワーの音が聞こえるにも関わらず、
濡れた足が廊下を叩く音を聞くことができるにも関わらず、
その扉を開くことはできない。
毎日お預けをくらっているようなものだ。
いつも冷静で頼れる悠でさえ、リーダーである前に高校生男子である。
夢の中に彼女を引きずり込んだことだってある。
瞼の裏に彼女を連れ込んで…
これは男のサガだ。
「なら、来てみる?」
鼓動を抑えながらなるべく冷静につとめる。
「え?いいの?」
名の顔には興味津津と書いてあるのがはっきりわかる。
悠は心の中で苦笑した。
(期待してるのは俺だけか)
「菜々子ちゃん起こすと可哀想だから、静かにな」
「うん、わかった!」
堂島家はすぐそこ。
家の前に集まっている猫に駆け寄る名を眺めながら、悠は静かに微笑んだ。
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そしてその晩。
夕飯を終え、堂島と菜々子が寝静まった後。
悠はソファで読書をしていた。
左手で本を持ち、ソファに置かれた右手がせわしなくリズムを刻んでいるのを、彼自身自覚し始めた頃、足を忍ばせて名が部屋を訪れた。
「部屋、綺麗にしてるんだね」
「いらっしゃい」
ゆっくりと本から顔をあげる悠。
おそらく初めてだろう。夜更けに彼女の姿を見かけるのは。
パジャマを着た彼女は、ほんのり上気して朱く染まった顔できょろきょろと辺りを見回している。
「本、読んでたの?」
「まぁ、そんなとこ」
ちっとも頭に入っていなかったに違いない。
悠は曖昧に笑った。
「ふむふむ…見られて困るようなものは何もないみたいだね!」
悠を試すように、彼を見つめる。
「さーて、果たして問題のものはどこに隠されているのか!ご本人に聞いてみましょう。ズバリ隠し場所は!?」
名は、マイクの形に象った手を悠の口元に運ぶ。
「……期待しているものはない」
悠は冷静に呟く。
「…なーんだー。」
彼女はマイクを崩すと、ベッドに歩み寄る。
その背中を見つめる悠の口元に浮かぶ妖しげな微笑みに気付かずに…。
「たいてい、ベッドの下っていうけど、今どきはそんな人いない…か……ん?」
ごそごそと手をのばして、見えたものを引っ張り出す。
「なに?何か見つけた?」
疑問符に含ませた快楽の音。
彼の手の上で鳴くは、いま。
「え、あ…えっと…なしなし!なっ、なんでもないよ!!」
名は手にしたものを再び元の場所に戻そうとする。
彼はその手を後ろから強く掴んで引き寄せた。
「あっ…」
「何があったのか教えてくれたっていいだろ?」
彼女の耳元で小さく息を吐くと、それだけで首筋が染まる。
悠は熱くなる彼女の身体を抱え、ベッドへと倒れこんだ。
「我慢……できるわけないだろ?」
「えっ……」
「同じ家に好きな女がいるなんて…夜が来るたびに気が狂いそうになる」
背中から抱きしめている名の、紅に染まる頬をつ…と撫でて、悠は苦笑した。
「こんなんじゃもう我慢できない…好きだから…すべてを見たいんだ」
彼女の手にしている雑誌を取り上げ、放り投げると、身体の位置を反転させる。
「もっと近くに感じさせてくれ…」
ベッドに散らばる髪を掬い上げてキスを落とす。
名の瞳は揺れる。熱くなる身体はもう止まりそうにない。
分け与える、
情熱と愛を。
ふたつの熟れた唇が触れ合い、
衣服の擦れる音がする。
この熱も、初夏の空に溶けよう。
霧のない夜空に、ひとつ、恋が咲く。
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書き終えた後に、悠くんはベッドではなくお布団ということに気付きました。
Oh……!