風邪の功名(陽介/微裏)
なんつーか…
やばい…
まじヤバいって!!!
「大丈夫?いまタオル換えるね」
名は俺の額に載った小さなタオルをひょいと取り去る。
氷水が揺れる小気味よい音がした。
「す、すまねぇ…」
情けない声で謝りながらも、心中穏やかではない。
お陰でかかなくていい汗かいてるっつーの!
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2日連続で学校を休んだ。
ここ何年か熱なんて出してなくて、どうすればいいのかよくわからなかった。
とりあえず薬飲んで横になってたら、遠くでチャイムの音がした。
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「来ちゃった。大丈夫?」
重い頭を押さえ、ふらつく足取りで玄関へ。
ドアを開けると、そこにはビニール袋を提げた名が立っていた。
そしてこの一言。
「来ちゃった。大丈夫?」
……………は?
「ちょ、わっ、ええっ!?」
理解するのに少し時間がかかった。
なんせこの体調だ。余計に頭が混乱してしまう。
「あ、れ?いま何時…?」
ドアに身体を預けて空を仰ぐ。
おかしいな。まだ青いぞ。
「お昼休み、だよ。」
俺の言わんとしていることがわかったのか、彼女は笑った。
「昨日も休んでたでしょ?メールしたけど、やっぱり心配になって…」
ていうより、会いたかった…んだけどね。
って俯く。
僅かに見えるはにかんだ笑顔が眩しい。
ああ、頭がくらくらする。体が熱い。
風邪のせいだけじゃねぇ、絶対。
「まだ時間あるだろ?あがってく?」
「う…ん、どうしようかな…本当はこれ渡しにきただけなんだけど」
名はビニール袋を掲げた。
*
それにしても暑い。
なんてったって梅雨入りしたはずの空が真っ青だ。
「うわっ…」
不意に空が遠くなる。足から勝手に力が抜けて、玄関に尻もちをついた。
ずり落ちた背中に、ドアの装飾が突き刺さる。
いってぇ…
「だ、大丈夫!?肩貸すから、部屋戻ろう?」
え…?
待て、触らないでくれ…
名は俺の気持ちなんて知るはずもなく、
力が入らない人形のような俺の腕を自分の肩に回し、顔を覗き込んでくる。
「あ、だ、大丈夫だから、ひとりで、あ…あ、歩ける…し」
慌てて振り払おうとしても、力が入らずに手は空を掻く。
「いいから!歩ける?」
柔らかい肌、良い香り。
「よいしょ」という小さな掛声が俺の首筋を駆ける。
いろんな意味で、もうダメだ。
*
俺の部屋。
こもった熱気を解き放つように。名は窓を開ける。
窓を開ける気力すらなかったようだ俺は。どうりで暑いと思った。
「何か欲しいものある?一応、飲み物とお薬は買ってきたんだけど…」
ビニール袋の中から何本かペットボトルを取り出すと、小さいテーブルに並べる。
その様子を俺はベッドに横たわりながら見ていた。
急いで来てくれたんだろう。
制服のシャツが汗をふくんで背中に貼りついているのがわかる。
今日は白……。
に見えるけどどうなんだ……?
もう視界がぼやけてきて色が認識できない。
それでも白いシャツから透けて見えるそれに、俺の頭にはよからぬ妄想が蔓延してゆく。
邪な考えを悟られないように寝返りを打った。
「熱があるときはスポーツドリンクが良いんだっけ…?」
背中越しに彼女は一人つぶやく。
少しして、液体が氷をわずかに砕く音がして、背後に気配を感じた。
「陽介、飲める?汗かいてるでしょ?水分補給しないと」
「お…おう…」
鎮まれ俺……(の息子)!!!
ベッドに名が近づいてきただけで暴れだしそうだ。
一般的に体調悪い時って性欲なくなるって聞いたんだけど…おかしいぞ、こりゃ。
「起きられるかな…手、貸すから」
俺の返事を待たずに名はベッドと俺の隙間に手を差し込んできて、その手に力を込める。
前述の通り、人形のような俺の身体は重たくはあるだろうが、簡単に彼女の意のままに動く。
彼女が力を込めた瞬間、彼女に抱かれるような体勢になった。
いつもは背の高い俺が見下ろしている彼女にこんな風に見下ろされて、
白い下着で包まれているであろう胸にも、こっちの心臓が壊されそうだ。
「ふふ、陽介、赤ちゃんみたい」
コップを俺の口に運びながら、お前がそんなこというもんだから…。
全身に一気に血液がめぐる感覚。
今までの俺が嘘だったみたいに、両腕を名の首に回して、引きよせ、思いきりキスをした。
「んっ……!!」
彼女の手からこぼれおちた飲み物は、俺と彼女の胸を濡らす。
冷たくて気持ちいい…
どこもかしこも熱くて仕方ねぇよ…
「よ…すけ…んんっ…っ」
言葉なんて紡ぐ暇を与えない。
ねだってねだって。
俺の中の欲望ごと全部、彼女に流し込んでしまうように。
「っあ…はぁ」
名の身体から力が抜けたのを感じたので、腕に込めた力を弱める。
すぐにキスできそうな距離を保って、俺らは見つめあう。
ふと視線をずらすと、彼女のシャツは案の定、スポーツドリンクに濡れてしまっていた。
「………甘えさせてくれ」
彼女のほんのり色づく首筋に、
今すぐかみつきたい衝動を抑えて願い乞う。
「………実は学校、早退してきたの」
白い首筋をさらに赤く染め上げて。
漂う香りに、俺の心も体も暴れだしそうだ。
そろそろ自制心という言葉を忘れよう。
青空の下で呟いた愛すべき嘘は、ふたりの熱に溶けてしまったようだ。
何も気にすることなく、甘えさせてもらおう。赤ん坊のように。
「俺の風邪、移してもいい?」
彼女を抱えるようにベッドに倒れこむ。
そして、彼女をベッドへ沈める瞬間に消え入りそうな声がする。
「……馬鹿」
仰る通り、風邪ひいてまで性欲を抑えきれない俺は本当に馬鹿だな。
心配して見舞いにきてくれた名があんまり可愛いもんだから、普段は我慢強い俺もお手上げでさ。
明日は二人そろって休むことになりそうだ。