ジュネスにて(陽介)
「記憶喪失なんだって?」
ジュネスのフードコート。
今日は日曜日だから、学校はない。
翌日から悠と同じ高校「八十神高校」に通うことになっている私は、必要なものを買いそろえようという悠の提案で、彼に案内されてやってきた。
紹介された男の子-花村陽介-は、このジュネスというショッピングセンターの御曹司らしい。
いまもエプロンをつけているところを見ると、アルバイト中だったのだろうか?
少し前に都会から引っ越してきたとか。
他所からこの街に入ったという点で、自分と同じだから、少しだけ彼が身近に感じる。
「はい…」
悠は見るものがある、とかで、花村君と二人にされてしまった。
テーブルを挟んで向かい同士に座っている。
休日のフードコートは人が溢れている。いろんな声が飛び交っていた。
「ちょっと、ちょっと〜!同い年なんだし、気を遣わないでさ!」
元気づけてくれようとしているのか、大ぶりなジェスチャーと共に笑顔を振りまく。
「う、うん」
「俺のことも、陽介、って呼んでよ」
「よ、よ…よう…」
軽い感じの男の子だと思ったが、その第一印象は当たりみたいだな、
なんて思いながらも、速くなる鼓動。
「陽介。はい、リピートアフターミー」
「よ、ようすけ…?」
「うん、なぁに?」
テーブル越しに、彼が首を傾げる。
「え、えっと…」
復唱しろと言われたから復唱したのに、問いを投げられて混乱する。
「ハハッ、名って可愛い」
陽介は妖しげに笑う。
「…はっ!?」
「おい、陽介。さっそくナンパか?」
突然ガタっと、椅子が引かれ、隣に悠が腰掛ける。
「なんだよ、鳴上。空気読めってーの」
「うちのお客さんだ。俺が守るのは当然」
悠は涼しい顔でこっちを見てくる。
「ここに来てくれてるんだから、俺んちのお客様でもあるぜ?なんなら、鳴上んちやめて、うち来る?」
「お前のとこにはクマがいるだろう」
「あ、クマにも会わせてやりてぇな」
陽介はフードコートを見渡したが、「う〜」と唸っただけだった。
「クマ吉、さぼってんな……」
「じゃ、俺達そろそろ行く」
悠は私の肩をそっと叩く。
私は頷いて立ち上がった。
「おう。また明日な!」
PPPPPPP……
陽介と別れようとした瞬間、悠の携帯が鳴る。
彼は通話を始めた。
彼を眼の端にとらえつつ、
陽介がこちらに一歩踏み出す。
「俺、本気になっちゃうかも」
陽介が私を見つめて、小さく呟いた。
周りの喧騒に、鼓動が溶けてしまいそうだった。