ペルソナ4&3 | ナノ


  A drive(前篇)


「なぁ、あいつにどこ触られたんだよ?教えろよ」

俺は、名の太ももを撫でながら、その身体に圧し掛かる。
俺の少ない語彙の中じゃ、さらさらとつるつるの中間くらいか。そんな彼女の太ももの肌触りは最高で。
興奮してやまない心がどんどん駆り立てられる。
怒りの感情が、どうしてか加虐欲に変わっていくもんだからたまらない。

怯えた彼女の瞳に映る俺は、どうやらうっすら笑っているようだ。
自分で可笑しいと思う。
でもひきつる頬は、怒りの感情じゃなくて、

もう
彼女をめちゃくちゃにしたくてたまんねぇ。

そうだろ?

俺。

<A drive―――衝動>

「名!」

警察署から出てきた名は、俺の姿を認めると、小さく微笑んだ。その弱々しい笑みに、心が痛む。

その肩に、見たことのないコートが掛っていた。少しくたびれたそれは、おそらくあいつのものなのだろう。

俺が彼女に駆け寄ろうとすると、名の名を呼ぶ声がした。名は声のした方を振り返る。その人物は、たったいま彼女がでてきた警察署内からよろよろと走りながら出てきた。

確かあの人は、いまこの街に起こってる事件を堂島さんと一緒に担当している足立という刑事だ。常に寝ぐせのついた髪、冴えない動き、いつも堂島さんに怒られてるとこしか見ることのない、
なんとも頼りない刑事。そいつがいま名の前に立ち、彼女の両肩を優しく掴む。
名の心がそいつになびく可能性は無い。絶対だ。
そんな風に思ってたから、俺は何も言わずに見守っている。俺の視線に気づくことなく、足立はもう少し彼女に歩みを進めた。

ちょっと、近いんじゃね?

白い吐息が闇に浮かぶ。
時刻は夕方6時。

冬は日が落ちるのが早い。辺りは暗闇に染められている。ポケットに突っ込んだ手はかじかんでいて、早く彼女を抱きしめたい衝動に駆られていた。
足立がスーツの上に何も着ていないところを見ると、
名が羽織っているコートは、あいつのものなのだろうか。

「気をつけるんだよ?何かあったらすぐ俺を呼んで」
足立は、まっすぐ彼女の眼を見つめながら言う。
名は小さく頷いて、コートの合わせ目に手を添えた。

すごく寒そうだ。早く温めてあげなくちゃ。
それは俺の役目だ。

「足立さん」
我慢できずに、俺は沈む静寂を断ち切った。
「あ」
足立は今気付いたかのように、こっちを向き、ようやく彼女の肩から手を離す。

「ごめん、すっかり待たせちゃったみたいだね」
「いえ……ありがとうございました」
「大したことはしてないよ。帰りは宜しくね。」

別にあんたに宜しくされる覚えはねーんだけど。
でも、俺は雰囲気で軽く会釈をする。
「お大事にね。コートは今度会ったときにでも。それじゃ」
再び足立は名に向き直り、にっこりと笑うと、署内へ戻っていく。

その後ろ姿をしばらく見つめていた名だったが、
くるりとこちらを向くと、歩くそぶりを見せる。

「待って!行くから!」
俺は彼女に走り寄り、肩を抱いた。

「足、怪我してんだろ?大丈夫か?」
「う、うん……捻挫と擦り傷くらいだから……」
彼女は照れたように俯く。それでも、片足に体重を乗せているせいか、バランスが曖昧でふらついている。

「ほら、寄りかかれよ。その為に俺がいるんだろ?」
少し強引に、更に肩を抱き寄せると、大人しく、体重を預けてくる。素直なところが、本当に愛しい。

「俺んち寄って、温かいもの飲んで行けよ」
「……うん」
この時間、うちには誰もいないから気を遣わずに済むし、本当に寒そうな名を少しでも温めてやりたかった。ホットミルクか、ココアか…。
確か、この前お土産にメイプルティーもらったな…。飲んでみるか。
俺は彼女の肩を抱いて、サポート役をこなしながら、
家路をゆっくりと辿った。

***

「ありがとう」

俺の部屋に着いてすぐに暖房点けて、彼女をベッドに座らせた。
ベッドって…別にやましいこと考えてたり、期待してなんかじゃない。

恋人同士になってから何回も愛し合ってるし、自分をコントロールできない程、今は飢えてもいない。
付き合ってない頃だったら、部屋に連れてきてすぐ押し倒してただろうな。

第一、今日は名が怪我してるし、大切にしたいから、立っている高さからあまり段差のない、ベッドに座るよう促した。

俺って、なんて紳士的。

大人しくしているよう声をかけてから、部屋を後にした。メイプルティーは見つかったものの、味が予測不可能だったから、無難にココアを作ることにした。
記憶のかけらを必死に集める。ミルクを温め、ココアパウダーを投入。程よい熱さに冷ましてから、部屋へ戻った。
ドアを開けると、名は手持無沙汰なのか、あたりをくるくると見渡していた。

「ココア…で良かった?」
「うん。陽介が作ってくれたの?」
「こんなのカーンタン。俺にも作れるものはあるっての」
少しおどけた口調で返すと、名はけらけらと笑った。

良かった。今日、初めて笑顔を見られた。
彼女は、ふうふうと湯気を掻きわけ、液体をさます。こくんと、一口飲むと、ほっと息を吐き出した。

「ありがとう、すごく美味しい」
「だろ?惚れ直した?」
「うん!」
「単純」
「もう…」
からかってやると、ぷぅっと頬を膨らませるもんだから、可愛くて仕方ない。
俺もその表情に癒されて、心が軽くなった気がした。

======

名が怪我をしたと連絡があったのは、
俺がバイトの休憩に入ってるときだった。

携帯に見たことない電話番号が表示されてるもんだから、
不思議に思って出てみると、少し高めの頼りない声が聞こえてきた。

『もしもし、花村くんかな?稲羽警察署の足立といいますが』
「あ、ちわっす…どうかしましたか?」
『実は名さんを保護しておりまして…。堂島さんは今日は出張で署にも家にも戻れないから、悠くんに連絡しようと思ったんだけど、
彼女がきみに連絡してくれっていうもんだから、こうして電話したんだ』
「えっ……名、ど、どうかしたんですか!?」
『どうやら、不審な男に突き飛ばされたようでね。足を負傷しているんだよ』
「は……!?」

それから先の会話はよく覚えていない。とりあえず足立さんにすぐ行く旨を伝え、電話を切った。お礼を言うことすら忘れていたと思う。

不審な男。
変質者だろうか?それとも、例の事件の犯人だろうか?

どっちにしろ名が怪我をしてるんだ。
今は安心させてやらなくちゃ。

俺は無理言ってバイトを切り上げ、全速力で警察署へ急いだ。
俺が一緒に帰っていれば……
こんなことにはならなかったはずなのに…!!

誰にぶつけることもできない怒りに胸を満たされ、
震えが止まらなかった。自分が許せなかった。
こんなときに傍にいられないなんて…!

あいつが警察署から出てくるまで、気持ちがおさまらず、
かみしめた唇からは血の味がした。

=======

でも今こうして、名が目の前にいる。
笑ってくれてる。
本当にうれしくて、安心して、拍子抜けして。さっきまで胸を焼いていた怒りなんてどっか行ってしまった。
いつでも俺の手の届く範囲にいてほしい。じゃなきゃ、守れない。こんなの俺の我侭なのに、そう願ってしまう。

「どうしたの?」
「あ、いや……その……大丈夫なのか?」

冷たい手を温めるように、マグカップを両手で握りしめた名が訝しげにこちらを見る。
それから、不意に視線をずらして、それから床を見つめた。

「うん……たぶん平気。突き飛ばされただけだし…」
「悪かった……守れなくて…」
「そんな…陽介にはテレビの中でだって、いっぱいいっぱい守ってもらってるんだもん!それに今日のは私の注意が散漫になってたからだし!」
「でも…!そんな……お前のせいじゃないよ…」
「ホント、大丈夫だよ。すぐに足立さんが来てくれたからラッキーだったのかも」
「え…?」
「鮫川沿いを歩いてたらね、いきなり後ろから強い力で突き飛ばされて……。地面にうずくまって立てないところに足立さんが来てくれたの」

名は羽織っていたコートを少し掴んだ。その時の状況を思い返しているのだろう。少し震えている。

―――――。

そのときだ。

似つかわしくない嫉妬のようなものが、俺の心に影を落とした。彼女を護ってくれた男に対しての劣等感を、感じてしまった。
「足立」という名前を出す彼女が、少しだけ照れているように見えて、マグカップを掴む俺の手に少しずつ力が入っていく。
「私ね、混乱しちゃって…立てなかったの。だからね、おんぶしてもらっちゃった」

は?

<おんぶしてもらっちゃった?>

なんだそれ。
なに嬉しそうに言ってんの?

―――ああ、まずい。

怖い思いをした彼女を安心させてやりたいって、そう思ってたくせに、俺の想いは別の場所へ向かおうとしている。はにかみながら微笑む名を見て、真っ当な思考が遠ざかるのを感じる。視界にちらつくコートがうざくて、俺は、マグカップを机に静かに置くと、ベッドに腰掛ける彼女の隣に移動した。

「陽介?」
「脱げよ」
「……え?」
「そのコートだってあいつのだろ?……脱げよ」
「ど、どうしたの…?怖いよ…陽介」
「脱がねーのか?んじゃ、俺がやってやんよ」
「え、あ…!!」

動こうとしない彼女に痺れを切らして、コートの襟元に手を掛けた。そのまま力任せに開いて、彼女の身体を引き寄せる。そしてコートの内側に手を滑りこませ、腰を抱いたまま、邪魔なそれを思い切りひきはがす。
反動で、彼女の手にあったマグカップが滑り落ち、着ていた制服を濡らした。引っかかって脱がせにくかったが、するりと両腕から引き抜いてやると、
元のくたりとした質感を取り戻したそれは、まさに「足立」を連想させて、忌々しく感じたから放り投げた。

「…………」
名は何も言わずに目を見開いたままだ。

なにその目。
俺を責めてんの?
どうしてこんなことしたかわかってない?
俺が悪いの?

―――へぇ、そう思うんだ。

「驚いた?」
「……………」
「わりぃ……制服汚しちゃったな……」
「……………」
無言を貫く彼女が俺を責めているのを感じる。

我慢が、できない―――

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