sacrifice/前篇
土砂降りの雨だった。
窓から見える昇降口から出ていく生徒たちの傘は色とりどり。
そんな景色を見るのが好きで、
下校時のざわめきを聴きながら、私はひとり外を眺めていた。
ふと肩を叩かれて振り返ると、そこには悠がいた。
「今日は2人で行かないか?」
いつもとなんら変わりのない口調。
おそらく「今日は2人で」という言葉からしてテレビの中へ、ということなのだろう。
「ん…みんな予定あるの?」
ふと教室を見渡すと、まだ千枝ちゃんも雪ちゃんも残っていた。
再び悠に視線を戻すと、彼は微笑んだ。
「ちょっと身体動かしに行きたいんだ。天気予報じゃもうすぐ晴れるっていうし…幸い今のところ救うべき人はいない。
ここのところずっとテレビ入ってたから、みんなには休んでもらいたいんだ」
「じゃー私は?」
「俺の我侭を聞いてくれる存在だから。な、付き合って?」
彼には珍しく、両掌を合わせて拝むポーズを取る。
恋人の我侭を聞いてあげるのも、たまにはいいかな。
「うん、いいよ。すぐ行く?」
小首をかしげて聞いてみると、彼は安心したように笑う。
「そうだな。雨強いし、ダッシュで行こう」
そう言って、私の手を取った―――。
*
テレビの中―――
雪子姫の城。
強い雨のせいで、傘をさしていたにも関わらずたいそう濡れてしまった。
ずぶぬれの男女がジュネスの家電売り場に入って行ったときは、
少し注目を浴びたが、隙をついてここまでやってきた。
「なんで今日クマいなかったんだろう?」
城の主を失って尚、彷徨うシャドウに警戒しながら足を進める。
「今日はジュネスでバイトだって言ってた」
「あ、そうなんだ……じゃあ、本当に2人だけなんだね」
少し前を歩く悠の背中を見つめて呟く。
テレビの中ではいつも4人以上で行動していたので、
2人だという事実が未だ信じられない。
いつも以上に緊張するし、いつも以上に前を歩く悠が頼れる存在に思えた。
「なに?俺と2人だけで嬉しい?」
少しだけ振り返りながら彼が笑った。
「もぉ。緊張してるだけ!」
緊張しているとは言ったが、
遭遇するシャドウは弱い物だらけで、
倒すのに手間もかからなかったし、2人といえど負ける気は全然しなかった。
(どうして悠はこの場所を選んだのかな…身体を動かすならもっと強いシャドウがいるところでもいいと思うんだけど…)
10体目のシャドウを倒し、
今いるフロアでのシャドウの反応を感じなくなったとき、
私は悠に声を掛けた。
「ねぇ、なんでここにしたの?悠ならもっと難しいところを選ぶと思った」
―――――――――。
ちょうど良い部屋を見つけたときだった。
彼女から声を掛けてきた。
俺はゆっくりと振り返る。
純粋な目をした彼女がとても愛しかった。
「名は、どうしてだと思った?」
乱れた髪を少し直しながら問う。
「え?2人だけだから限りなく安全に近い場所を選んだのかな…って」
彼女は武器をしまいながらそう答えた。
「そっか…俺はなかなか演技派みたいだ」
駆けだしたくなる衝動を抑える。
今すぐに、ああ、もう我慢の限界だ…!
「え?」
彼女の疑問符には答えずに、
部屋のドアを閉めた。
重たいドアが閉まる鈍い音が響き、彼女は小さく跳ねた。
俺の行動にひどく驚いているようだ。
「え、なに?どうしたの?」
一歩、一歩、踏みしめながら進む。
「このお城みたいな雰囲気って……なんか興奮しない?」
持っていた武器を少し掲げてみる。
「???」
彼女はまだ俺をじっと見つめたままだ。
「天城は、『白馬の王子様に迎えに来てほしい』って言ってたけど、どっちかって言うと俺は……」
悪魔かも。
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