夢/うたプリ | ナノ


  いつも傍にいてほしいから(聖川)


「ん…」

気付くと、冷たい床の上に横たわっていた。

頬が冷たい何かと擦れる感触。ざらざらしている。
床……いや、これは畳だ。馨しい新品の畳の香りが十分すぎるくらいに鼻腔をくすぐる。
畳が敷いてあることからしてここは室内だろう。

頭がぼんやりとしている。
身体がだるく、腕や足などが鉛のように重く、動かしにくい。

真っ暗闇で辺りの様子は全くわからない。何の音も聞こえない。
私はそろりと手を伸ばしてみる。手は空中を掻くだけで何にもぶつかることはない。

「……」

声を発しようとしてふと考えた。
なんと言えばいいのだろう。「こんにちは」も「誰かいますか」も違う気がした。
少し声が出しにくい。声が喉のあたりで詰まる感覚。

「あ…」

それでも思い切って声を出してみると、思いのほか響いて、鼓動が高鳴った。
もしかして自分はいま、その存在を誰にも気付かれてはいけない状況の中にいるのではないかと思い、緊張したが、何も反応はない。

「あの……」

もう1度声に出してみるが、やはり何も返ってこない。

少し肌寒い。
自分の体をさすってみて初めて、着ている服がいつもと違うことを知る。

これは、着物?
絹であろう滑らかな生地に指が滑る。さぞ仕立ての良いものなのだろう。
肌に直接触れていることから、下着はつけていないようだ。

一体なぜこんな恰好をしているの?
私はなぜここにいるの?

記憶をたどってみると、あの夜に辿り着く。

「真斗…」

そうだ、確か、真斗がいつもみたいにうちを訪ねて来て、蘭丸先輩と付き合ってるのかと問われそして…

カッと頬が熱くなる。
意識を手放す前、彼の手によって絶頂を迎えてしまったのだ。
深く執拗なキスと、いつもからは想像もできないくらいの強引な行為を思い出して、身体が震える。

「真…斗……」

名前を読んだのと、少し離れたところで音がしたのがほぼ同時だった。
私は驚いて音の出所を探す。
探すも何も、視界は真っ暗なのだから成す術もないのだが、きょろきょろとあたりを見渡してしまう。

小さな灯かり。
柔らかな光が壁に反射しているのが見える。
そして、小さく規則的に響く何かの音。

からん、ころん。
からん、ころん。

だんだん近づいてくる。

急に怖くなって私は少しでもその光から身を遠ざけようと、尻をついたまま急いで後ずさった。
すると突然背中が壁に辺り、強い衝撃を受ける。

「うっ……」

思わずもれた声に、灯かりの持ち主が気付いた気配がした。

「名……?」
その声は…
「真斗!!」

私は少し前の羞恥の感情など忘れて、安堵の声を上げる。
暗闇で不安に押しつぶされそうになっていたところに聞こえた声はよく知る真斗のものだった。

「真斗!真斗!」
「落ちつけ名」

灯かりが先程よりもはやく近づいてくる。

からん、ころん、という音は彼の履物の音だろう。
その小気味よい音がすぐそばまでやってきた。
灯かりも大きくなり、それは彼の持っているろうそくの火だということがわかった。

そしてそこに映し出されたのは、真斗と格子だった。
木目が見えることから、おそらく木を組み合わせて作られた木製の格子。
私の座っている場所は畳が敷き詰められ、私と真斗の間には木製の格子。

「名……」
真斗は微笑みを浮かべながら私の名を呼ぶ。その声は優しくて、でもどこか違和感を覚えた。

「真斗…!助けて…」
彼は格子の向こう側の壁に据え付けてある燭台に立てられた、いくつかのろうそくに火をともす。
光同士が合わさりどんどん大きくなるにつれて、だんだんこの部屋の様子が見えてきた。

私の座っている場所は畳が敷き詰められた小さな部屋。明りとりの小さな窓が高い位置につけられているが、他に窓はない。
そして私と真斗の間に格子があること、真斗は自由に動き回れることから、閉じ込められているのは私の方、ということになる。

これは資料で見たことがある。
犯罪者収容のための施設ではなく、私的な理由によって対象を監禁するための施設。座敷牢。

「真斗……?助けに来てくれたんだよね…?」
「助ける?変なことを言うのだな」

彼は微笑みながら纏っている着物のふところから鍵を取り出す。
そして、格子に取り付けられている鍵を開けると、扉を開けた。
立ち上がり近づいてみるものの、予想に反して真斗は、人が1人通るのがやっとという大きさの枠を通り、こちら側に入ってくる。

そして内側から器用に、元の通りに鍵を掛ける。

「真…斗?」
「ひとりにさせてすまない、名。怖かっただろう?もう大丈夫だからな」

真斗が一歩ずつこちらに近づいてくるたびに、私も一歩ずつ後ずさる。
足が畳を摺る音が響く。二人分。

「安心しろ。人払いしてある。ここはお前の部屋だ」
「私の…部屋…?」
「お前の為に、屋敷の中に作らせた」
「ここは…真斗のおうちなの…?」
「ああ、だから安心しろ」

真斗の家だというならば安心だ。だが…

「ね、ねぇ?どうして私はここにいるの?」
彼の機嫌を伺うように訊いてみるも、その質問すら彼には不思議なものであるかのような表情を浮かべ、こう答える。
「どうした。混乱しているのか?お前はここの住人になった」「
「住人……?じゃあ出られるんだよね…?」
座敷牢のようなこの部屋。悪い予感が間違ったものであるのを祈りながら問うてみるも、その祈りは届かない。
「お前がここから出る必要はない。あの入口は俺がここに入る為のものであって、お前は使わなくてよいのだ」

言葉を失う。
ここに私を閉じ込めるつもりなの…?

とん…
背中が壁にぶつかる。着物1枚越しに触れた壁はとても冷たくて、触れた箇所から鳥肌が立った。
真斗は尚、こちらに近づいてくる。優しい笑みを浮かべて。

「真斗…?言ってる意味がわからないよ…?」
「お前はもうどこにも行かなくてよいのだ。怖いことも、苦しいことも、辛いこともない。ここで生き、ここで死ぬ。死ぬまで俺と一緒だ」
「……え?」
舌が痺れたように動かなくて、言葉が出てこない。
真斗の穏やかな微笑みからは想像できない言葉たちが次々と並べられるのを、呆然と聴いているだけ。

「俺がお前を愛す。命を賭けて…最期まで」
「え?……おかしいよ…?真…斗?」
「だからお前も俺だけを見ろ。俺だけに抱かれて、俺だけを感じて、俺の腕の中で逝け」

もう彼との距離は数cm。
「っ!!」
「どこへ行く」
壁伝いに距離を取ろうとするも、顔の両側に両手をつかれ、逃げ場を奪われる。
美しい顔が近付いてきて、頬を舌が這った。

「どうして泣いている?」
「………え?」

私、泣いているの?

ぺろりと頬を幾度も撫でられるのは、涙を舐め取られているからのようだ。

「お前の味…」
「真…斗……」
「身体が動かしにくいのか?…薬がまだ効いているのだろう。直に治る」
「ど…して……?」
「いつも傍にいて欲しいからだ」
「…………」
「それだけだ……」

真斗はまっすぐ私の瞳を見つめ、そう言うと今度は唇にキスを落とした。
優しい、優しいキス。でもどこか苦しそうで。
それは雪のように儚くてどうしようもなく切なくて、私はまたひとつ涙を零した。


※続く※


20130514

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