夢/うたプリ | ナノ


  いつも傍に置きたい(蘭丸)



あいつのことを「同志」だと語るお前の姿に俺は安心していた。
「男女の仲」を超えた友情なのだと。

”超えた”という言葉には、元恋人だとか、好きだったとか、そういう意味合いがこもってないことも確認した。
俺の質問に首をかしげたあいつは、俺の気持ちなど全然わかっていないようだった。

真斗も可哀相だな。

こんなにいい女をそばに置きながら、手も出していないとは。
…いや、出せないのか。

こいつから感じる”信頼”が、自らを抑制せざるをえない状況にしていたんだろう。

「お前も罪なやつだな」
「へ?」
目の前で旨そうにケーキを食べる名を見る。
俺の言葉が聞こえていなかったようで「ケーキ、美味しいですよ」と微笑んでいる。
本当においしそうに目を細める表情に、自分の口元もつられて緩むのを感じた。

無防備すぎて隙が見つからない名。

欲しいと思ったものはなんでも手に入れてきたが、
こんなにハードルの高い獲物は久々だった。

抱きしめて、耳たぶを甘く噛みながら、艶めく髪に指をうずめて、恥ずかしがる声を楽しみながら、
服を剥いて、ぐちゃぐちゃによがらせて、「やめてください」と言わせたいのに。

勿論、それでやめるつもりはないが。

庇護欲を駆り立てるのに、逆に嗜虐欲も湧き上がる、不思議な女。
それが名。

今日は仕事帰りに名を呼び出し、気に入っているレストランに連れてきたのだった。

デザートまで平らげ、熱い紅茶に、ふぅふぅと息を吹きかける姿に俺はついに口を開いた。

「名」
「ふぅふ……?なんでしょうか?」
真斗の先輩だからと、俺にも敬語を使う名。でもたまにうっかり言葉を崩してしまうところが、俺は気に入っていた。

「俺と付き合ってほしい」
「………買い物ですか?」
「馬鹿か」
思わずため息をついた。
予約しないと入れないようなレストランに連れて来て、食事も終わりかけ。
甘いムードを盛り上げる生演奏のピアノが聞こえるこの場所で。
改まって言った俺の言葉に返したのが、買い物ってな…。

「ば、ばか…」
本当にショックを受けたように表情をするものだから、俺は少し焦って続けた。

「お前が好きだ。俺と付き合ってほしい。お前と付き合いたい」
「な、な!?」
「やっとわかったか」
「え、ええええ!?」

こんな場所に連れてこられる時点でそういうことなんだと、普通の女なら気付くものなんだけどな。
恋愛に疎いのか、それともこんな場所へは飽きるほど来ているか。

前者だろうな。

長い間、あの熱い視線を身に浴びてなお、それに気付かない鈍感さ。

「で、答えは?」
「…そんなこと…きゅ、急に言われても…」
「俺に今日誘われて、嫌な気しなかったんだろ?」
「は、はい…」
「他に好きな奴がいるのか?」
「……………」

いないと言え。
お前があいつの気持ちに”気付かないふり”をしているように、
自分の気持ちにも気付かないふりをしろ。

お前に好きなやつはいない。
そうだろ?

「……い、いえ、いませんけど…」
「俺の誘いに嫌な気がしない。他に好きな男がいない。じゃあ、なぜ受け入れない?」
「だって、好き、かどうかなんて、わからないし…」
不安げに眉を顰める名の瞳をまっすぐ見る。
瞳の奥、迷う気持ちを殺すように。

「お前は俺を好きになる。好きにさせてやる」
「…………」
「嫌いになったらそう言えばいい。こう見えて女に不自由しないからな。別にお前と遊びたくてこんなこと言ってるんじゃない」
「………」
「他のどんな女にも魅力を感じない。お前が…お前だけが欲しい」
「……っ……」

耳まで真っ赤にして。可愛い奴だな。

「嫌か?」

紅茶のカップから、もう湯気はたっていない。
代わりに目の前で縮こまっている女の顔は真っ赤で、湯気が立ち上っているかのようだった。

「いや…じゃ、ないです……けど…」
「じゃあ、決まりだ。お前は俺の彼女」
「………」
「……いいな?」

念入りに聞いてみる。
あまりにも言葉が少なくなって、いくら俺でも不安になる。
少し待つと、不安で揺れていた大きな瞳は、何かを決心したかのように光を宿し、
深く頭を垂れた。

「宜しく、お願いします」
「……よ、かった…」
「へ?」
「い、いや、なんでもねぇ」

つい、本音が漏れてしまったが、上手く取り繕う。

真斗と名の関係は鋼のようだと思った。
相手を想いあうからこそ、自らの気持ちを伝えない。
それで満足、ってことはないだろうが、それでもその関係が壊れることを恐れていたのだろう。お互いに。

真斗の名を見つめる瞳は熱くて、惚れてることは一目瞭然だった。
名は無自覚にしろ、真斗に対する態度は、誰に対するものとも違い、身も心も完全に許しているように見えた。
でも二人とも”恋人関係ではない”と言う。

時間の問題だと思った。
あいつらが自分の気持ちを口にするのは。
だから、俺は動いた。

まだ誰のモノでもない名をいつも傍に置きたいから。
俺のモノにしたかったから。

「好きだ」
「く、黒崎さん…」
「お前が欲しい」
「え、だってもう、付き合うって…」
「抱きたい、って意味に決まってんだろ」
「なっ!!!!!!」

名が発した声が優雅なピアノとぶつかりあい、周りの人間が数人振り返った。
お前は慌てて口元を押さえる。
俺は笑った。

「心配すんな。無理矢理したいんじゃねぇ。お前の心が完全に俺に向いたらでいい」
「………」
俺が言葉に含んだ意味合いに、名は何か気付いたようだが、頷いただけだった。
「ま、俺は辛抱強くないからな。お前とずっと一緒にいたら、我慢できずに食っちまいそうだ」
「っ……」

また白い頬を真っ赤に染めて、俯くもんだから。
だから、もっと見たいと思ってしまう。控え目な羞恥のその先の、お前の素顔を。

これからが、楽しみだな。


130318

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