秘密(藍)
その声。
嬉しそうに弾む笑い声。嫌いじゃない。
うるさいなぁ、なんて言いながら、ちゃっかりきみが喜ぶ言葉を探してる。
その顔。
僕はそういうことに興味ないんじゃないかって思ってる?
その服。
見えそうで見えない無防備に見せかけた重装備。
「ねぇ」
テレビを見ながら、隣でころころと笑う彼女の横顔に声を掛ける。
「はい?」
まだ想いを交わし合ったわけではない。
自分の想いを彼女に打ち明けたわけではないし、
彼女の自分に対する想いを聴いたわけでもない。
でも自分の気持ちはわかってる。
痛いくらいに。
焦りにも似た感情が僕を支配していくのを感じた。
「ねぇ、わかってる?」
「何が、ですか?」
触れ合いそうな肩同士。
寄せ合っているわけでもないのに、自然と引き合う体温。
今すぐ引き寄せて、抱きしめたいって思ってるのわかってる?
「僕がきみを部屋にあげる理由」
「…え?」
カーテンがゆらゆらとゆらめく。
春の香りがして、やわらかな鳥の歌声が聞こえてくる。
彼女の髪が、そよ風にさらわれ、ふわりと舞う。
春の香りに混ざって、彼女の使っているフレグランスだろうか、甘い香りが漂う。
「嫌いな人を部屋にあげるわけない、っていうのはわかる?」
「え、ええ」
私も苦手な方は部屋にあげませんね…と。
彼女は僕の言わんとしていることを掴めずにいるようだ。
きょとんと見ひらいた瞳の中に、駆け引きとか、計算とか、そんなもの見えなかった。
「目を閉じて」
「?」
「ごみがついてる、まつげに」
「え?あっ、はい。すみません」
疑いもなく閉じた瞼。
吸い寄せられるように、そこにひとつキスを。
「なっ…!!」
反射的に彼女が開いた瞳を覗きこんで、口元に笑みを浮かべる。
きっと僕はいまとても意地悪な顔をしているに違いない。
「ひとつ、秘密、作っちゃったね」
「あ、藍ちゃん!!」
みるみるうちに顔を赤くしたきみ。
今度は肩を抱いて押し倒そうとしたら、急に立ち上がるものだから、僕はひとりソファに倒れ込む。
こういうのは翔の役割でしょ…
思いながら、振り返ると部屋の隅で顔を真っ赤にしておどおどとしてるきみがいた。
さて、どうしようかな。
二人で秘密を作ろう。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
誰も知らない、二人だけの秘密を。
2013.3.8