夢/うたプリ | ナノ


  still Love you, as ever.(那月)


side:那月

「桜の坂で二人乗りしたね〜」
「……で花火見て〜キスをし〜た」

彼女がフローリングにモップを掛けながら歌を口ずさんでいる。
僕とトキヤくんが歌ったあの曲だ。

彼女はこの曲たたいそうお気に入りで、よく鼻歌をうたっている。
悲しい曲のはずだけど、彼女が歌うと切なさも薄れ、キラキラと眩しい恋の歌のようにさえ思える。
僕が練習しているとき、傍に居たから、僕のパートは完璧に歌えるらしい。
でも、トキヤくんのパートが曖昧だというので、彼女の歌が途切れた瞬間に、たまに僕がトキヤくんのパートを一緒に歌う。

そうすると彼女は照れたように笑う。
「聴いてたの?」
って。

僕はきみの声ならどこにいたって聞こえると思ってるし、聴き逃したくないんです。
本当は僕以外の誰にも聴かせたくないくらい、独り占めしたいと思っていけれどそれは難しいから、
誰よりもたくさん、彼女の声を歌を聴こうと決めている。

「ねぇ、那月くん」
「どうしましたか?」
「この曲って失恋ソングなんだよね?」
「はい、そうですね。本当はちょっぴり悲しくて切ない曲です」
「……那月くんも…誰かと二人乗りした自転車こいだり、花火見てキスしたりした…?」
「え…?」

消え入りそうな声に、彼女が泣いているのかと思ったくらい。
モップ掛けしていた手は止まり、僕の方を向いてはいるけれど、目を合わせてはくれない。

「ごめん、ずるいよね。今、那月くんは私の恋人で、私だけを好きっていってくれるのに、過去の恋人に嫉妬したりして」
「…………」
「忘れて。……えっと……次なんだっけ…歌詞が出てこない」

くるりと背を向けてまた手を動かし始めるから、僕は思わずその背中を思い切り、ぎゅっと抱きしめる。

「いっ…!」
「ごめんなさいっ……あなたにそんなこと思わせてしまって…そんなに悲しい顔をさせてしまって…僕はっ…!」
「いた、那月くんっ…痛いっ…」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
ぎゅーっと抱き締めていた腕を少しだけ解く。
でも逃がさないように、確実に抱きしめる。

「あなただけです」
「え?」
「僕が心から愛したのはあなただけ。そしてそれはこれからも変わらない」
「……那…月くん…」
「あなたはどうなのだろうと疑ってしまう僕を許して下さい。でも僕は、いまこうして、ここにあなたがいればそれでいいんです」
「私は」
「言わないで…っ」
「!」

彼女の頬に後ろから触れ、少し強引に自分の方へと向かせ、唇を塞ぐ。
強引なしぐさとは裏腹の、怯えるようなキスだったかもしれない。
彼女は僕の行動に導かれるまま身体を預けている。

「答えは要りません。たとえあなたに前、恋人がいたとしても、いまあなたを独り占めしているのは僕だから」
「那…月くん……」
「「アリガト」って言わないでくださいね?」
「…あ」
「歌詞とおんなじになっちゃいますから」

“サヨナラアリガトって云わずにお願いLady…”

僕の言葉に彼女は笑う。

そして身体を反転させてこちらを向き、僕の腰にぎゅっと手をまわす。
潤んだ瞳で見あげられて、鼓動がどくんどくんと速くなるのを感じる。

「那月くん…実は私、今年こそ那月くんと花火を見に行きたいの」
「それはいいですね」
「歌詞と…同じ結末にはならないよね?」
「僕らの物語は僕らが紡ぐんですから。同じ結末には辿り着きませんよ」
「……よかった」

本当に安心したようににっこり笑って、僕の胸に顔を埋める。
「愛してる」
「僕も、愛しています」

ふたりの物語はふたりで紡ぐものだから。
ふたりで愛の歌を、
今日も、明日も、奏でよう。


20130514

Theme BGM / 「still, still, still」



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