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  Happy Birthday my Dear lover.(蘭丸/微裏)


特別な日というのは、どうしてこうも緊張するんだろう。
記念日というのものは自分にとって大切なものだから、その度にお祝いしたいって思うんだけど、
蘭丸さんはそういうのは面倒だと一蹴する。

でもやっぱり彼の誕生日というのは、自分の誕生日よりも特別。
この世に彼が生まれてきたから、出会えて、こうして一緒にいることができるんだもん。

「これで…大丈夫かな?」
テーブルの上を彩る様々な料理。
ちょっと肉料理が多め。
あまり料理が得意でない自分が、ネットや料理本を片手に、四苦八苦しながら作ったものだ。

もうすぐ着くってメールがあったから、そろそろかな。
冷蔵庫に冷やしてあるワインは、彼が生まれた年に作られたもの。
この日の為に取り寄せた。

ピンポーン…

ほどなくしてチャイムが鳴る。
もう1度テーブルの上を見渡してから、エプロンを取り、玄関へと向かった。

「よぉ」
ドアを開けると、いつもと変わらぬ彼の姿。
先程まで、彼は仕事だったらしい。
現場から直接来ると連絡をもらっていた。
「どうぞ」
「お邪魔します……ん、いいニオイがすんな…」
ひくひくと鼻を動かし、漂う香りを辿っている。

「今日は特別な日だから、頑張ったんだよ!」
「へぇ、そりゃ楽しみだな」
口元をほころばせる蘭丸さんに、自然と笑顔になる。
テレビでは少し険しい余所行きの表情を作る彼が、私と一緒にいるときだけ、優しい目をするのがたまらなく嬉しかった。

彼が靴を脱いだのを確認すると、くるりと振り返り、部屋へと向かう。
しかし、それは彼の手によって阻まれる。
「ん…」
「わ……ら、蘭丸さん?」
「お前もいいニオイする」
後ろから抱きしめられ、髪に鼻を埋めてくる。
「お料理の匂いがついちゃったのかな…?」
くんくんと鼻が鳴る音が聞こえる。
彼は香りに敏感だ。
「もしかして、もうシャワー浴びた?」
「…………」
「へぇ、期待していいんだな?」
「………ほ、ほら!お料理冷めちゃう!」
逞しい腕と、彼の纏う良い香りに翻弄されながらも、なんとかその手を解く。
再び捕まらないように小走りに部屋に掛け込むと、椅子をひとつひいた。

「はい、蘭丸さんここね」
彼は少し不満げな表情を浮かべながら部屋に入るも、テーブルの上の料理を見て目を輝かせる。
「うお…旨そうじゃねーか」
「えへへ…頑張ったんだ」
得意げに胸を張る。
すると、椅子に腰かけた彼は手を伸ばして、私の腰を抱き寄せると、もう一方の手で髪を優しく撫でる。
「サンキュ」
「う、うん…」
誕生日という特別な日だからってこんなことするな、なんて言われるかもしれないと思っていたから拍子抜けしてしまう。
「食っていいか?」
切れ長の瞳がきらきらと輝いているものだから、私は慌てて冷蔵庫に向かい、ワインを出す。
用意したグラスに注ぐと、どちらからともなくグラスを持ち上げ、軽くぶつけあった。
「お誕生日おめでとう」
「ああ」
「……美味しい?」
「ん」
「良かった。これね、蘭丸さんが生まれた年に作ったワインなんだよ」
「へぇ…探したのか?」
「うん。その…喜んでくれるかな、って思って…」
「そっか…ん…」
言葉が途切れる。
グラスを一気に傾けて、中身を飲み干すと、それを差し出してくる。
「旨い。おかわり」
「はいっ!」



カチャカチャ…

皿のぶつかる音と、水の流れる音。
私は蘭丸さんと洗い物をしている。

彼は、準備した料理を全てたいらげてくれた。
誕生日だし、気を遣わなくていいといったのに、彼は聞く耳を持たずに、
キッチンに二人で並んだ。
ふわふわの泡と、真っ白くなっていくお皿。
そして傍らの彼。
全てが愛しくて、幸せで、心が躍っている。

キュッ。

水道を止めると、ちょうどケータイのアラームが鳴った。

「あっ、テレビ」
「は?」
「蘭丸さんがゲストで出てる音楽番組だよ!22時から始まるの!」
慌てて手を拭いて、テレビを付ける。
「ああ、今日オンエアだったのか」
「先に座ってて、デザート持ってくから」
「いーから」
「きゃっ」

ドサッ…

手をぐいと掴まれて、共にソファに倒れ込むように座る。
彼の足の間に座らされ、後ろからぎゅっと抱きしめられる体勢だ。
私の肩に顔を乗せた彼はテレビを見つめる。

「き、緊張する…」
「プッ、変な奴。収録はとっくに終わってんだから緊張する必要ねーだろ」
「あ!出てきた…!!」
テレビの中から歓声が溢れる。
画面の中の彼はたくさんのスポットライトを浴びて、きらきらと輝いている。
ベースを持ち上げ、スタジオにいる観客に挨拶すると、マイクスタンドの前に立つ。
確かフルで演奏したと言っていたから、5分間近く彼の姿を見る事が出来るのだ。

ドラムのカウントで始まる大好きな曲。
買い物に行けばどこかで耳にしたし、自分で買ったCDも何回も何回も聞いた。
一見、乱暴に聞こえる歌い方もパワーと情熱の塊。
何度聞いても飽きる事はなかった。

「お前、好きだなこの曲。飽きないのか?」
「全然っ!大好きだもん」
「……そ、そうか……」

時折、カメラに向かって見せる流し眼に心臓はとくんと跳ねる。
このドキドキが、本人に伝わってしまうだろうか。
背中越しに触れる体温は熱くて、私を包む腕にぐっと力が入る。

「かっこいい…」
「なっ…おい」
「へ!?私、いまなんか言った!?」
「………くそっ…」
肩に乗っていた体重がふと消え、次の瞬間、耳に柔らかなものが押し当てられる。
「ふぁ…!」
「ん…っ…ふ……はは、耳、真っ赤…」
「っ…!!」
テレビの中では蘭丸さんが歌っていて、傍らの彼は私の耳を執拗に攻める。
耳殻をゆっくりと舌で嬲り、そこに今度は歯を立てる。そして歯を立てたまま、再び舌で弄る。

曲は最後のサビに差しかかる。
スタジオの空気は熱く、観客も全員曲に合わせてジャンプしている。

「……テレビの中の自分に嫉妬するとは思わなかった」
「…へ?……ぁ…やっ」
潤った舌が小さな穴へと侵入してくる。
ぞくぞくとした刺激が背中を這いあがってくる。
ぎゅっと目を瞑ってしまいたいが、テレビにはまだ蘭丸さんが映っている。
「だ、め……」
「俺を見ろ。いま、ここにいる俺を」
「ぁっ……」
まるで耳ごと食べてしまうように、口を押し付けられて、片耳が完全に塞がれる。
逃れようと身を捩っても、どこまでも追いかけてくる。

やがてテレビからは別のアーティストの曲が流れだす。

「あっ……もぉ!」
「わっ」
力を入れて、彼の手を振りほどく。
「せっかくフルバージョンで見られるチャンスだったのに!」
「わ、わりぃ…」
抗議の視線を向けると、彼は目を丸くした。
しかし再び腕を絡める。
「ほら、デザートがまだ…」
「デザートはお前」
「…え?」
「誕生日プレゼントもお前。お前以外要らない」
「ちょ、ら、蘭丸さん?なんか、変っ…んっ…!!」
頬に手を添えられ、ぐっと彼の方へと向けさせられる。
柔らかな唇同士が触れ合う。
「ん…」
「っ……ん…」
ふわふわで甘くてくらくらする。
唇を離し小さく息を吐くと、彼は至近距離で見つめてくる。
そして小さく声を上げる。
「言われたんだ」
「……え?」
「前から世話になってるディレクターに。今日、現場で。最近、表情が豊かになってるって…唄も声も前よりずっといいって」
「良かったじゃ…」
「どう考えてもお前のせいだ」
私の言葉を遮る低い声。
表情が豊かになって、唄も声も磨きが掛かってるって良いことじゃ…
「え?」
トクンと心臓が冷たくなる。私は蘭丸さんに何か悪いことをしてしまったんだろうか。
「ロック一筋で生きてきたつもりだった…なのに……いつの間にか、自分の夢よりも優先しちまえるようなモン見つけて…」
言葉とは裏腹に、愛しげに目を細める。
「責任とれ」
「ど、どうやって…」
「一生離れんな。傍にいろ。ま、プレゼントにお前もらうつもりだし?離せって言われても離さねぇ」
妖しげに歪む口元。その唇が再び私のそれを捉えた。
今度は深く深く探り合う。
ふたつの舌は踊るように絡まって、熱を高める。
酸素が奪われ、身体から力が抜けていく。半ばしなだれかかるような体勢になると、ようやく解放される。
力無くし、厚い胸板に寄り掛かると、彼の大きな手が髪を撫でる。
慈しむように、あやすように、何度も。

「はぁ……はぁ…」
「名」
「ら、ぁに…?」
舌が縺れてうまく喋れない。そんな私を見て、彼は笑う。
「嬉しかった。サンキューな。料理も旨かった。ワインも」
「…うんっ!」
「で」
「ん?」
「続き、すんだろ?」
耳に寄せた唇で囁かれる。吐息混じりの声に一気に身体が熱くなる。
「デザートは明日の朝食う…いまは、お前が欲しい」
「………もぉ…」
「俺の中をお前でいっぱいにしてもらったからな。今度は俺がお前のナカをいっぱいにする番だ」
「な、なんかそれエッチな響き!!」
「ま、言葉通りだな」
「変態!!」
ハハハ、と大きな声で笑うと、彼は座っていたソファに私を押し倒す。
「ひぁ…!」
「なんとでも?」
「ま、待って!」
「待てねぇ」
私の上に影を落とし、徐々にその距離を狭めようとする彼の身体を両手で制し、まっすぐ瞳を見つめる。
「蘭丸さん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう。今までも、これからも、ずっと好き…です」
言い終えると、顔が真っ赤になるのを感じたが、視線は逸らすまいと必死に耐える。
彼はふと表情を崩す。
私の大好きな柔らかい笑顔。
自分を押しとどめていた私の両手を掴み、ソファへと縫いとめ、再び唇へとキスを落とす。

「愛してる、名」

生まれてきてくれてありがとう、蘭丸さん。
Happy Birthday.


2013.09.29.



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