掲げよ、御旗

暗殺部隊の新たなボスとして顔見せする前に、XANXUSは度々ヴァリアー邸の敷地内に忍び込んでは、自分の駒になる部隊員達を視察していた。消えても問題が起きないような雑魚下っ端兵士を眠らせてからその隊服を剥ぎ取り、フードを深くかぶる。

最強の暗殺部隊と言っても、ボンゴレ本部で名のある男達の中で育った俺にはどいつもこいつも取るに足りない者ばかり。己が抱く理想像には程遠かった。

「アレはテュールの息の掛かった精鋭幹部だあ、俺のことを嫌ってる。」

隣で同じく、フードで目立つ短い銀髪を隠しながら俺に耳打ちをしたのはスペルビ・スクアーロ。先日、新しいヴァリアーのボスという話がスクアーロから違う男に白羽の矢が立った件に興味を持ち、決闘を申し込む気でいたスクアーロは闘わずして俺に服従を宣言した。剣帝テュールを殺した男、その本人である。

「九代目の息子か知らねえけど、親のコネでやって来る坊っちゃんにテュール様の後釜が務まると思うか?お前、答えてみろよ!」

テュールの名残りをいつまでも惜しんでいた幹部が八つ当たりのように新兵をひとり捕まえ、不当な暴力を振るっていた中でその幹部の男を横から殴り飛ばした男がいた。

「このヴァリアーに置いては強さこそ全て!テュールは死んだ、負けたのだ!!ヤツは弱かった!それたけだ!次に誰がボスの座に就こうが、強ければいい!弱ければ死ぬだけなのだからな!!」


「……アレは誰だ。」

「レヴィ・ア・タン、ヴァリアーの中でも派生した部隊の部隊長だあ、''雷撃隊''っつー独自の部隊を率いていて、先制を得意とするいわゆる特攻隊長みたいなもんだが、部下からの信頼は厚い。」

死ねば負け、死ねば弱い、ヴァリアーには絶対的な強さがなければならない、御託はいい、殺せばいいのだと中々に過激な男で、ボスが不在の今のヴァリアー内は統率が上手く取れていないようだった。しかしこの体格の良い男、今まで仕えていたトップに向かって潔い言葉を吐き捨てたもんだ。

「使えそうだな。……けしかけてみるか。」

「何をする気だあ!?」

「就任式までに大方の人間を洗い流し、二代目が設立した当初の、恐怖で支配した本来のヴァリアーの姿を取り戻す。てめえは確か俺に、お前を仲間にして感謝する日が来ると大口叩きやがったな。少しは役に立て、カス。」

無駄な殺しは赦さない、規律や伝統を重んじる、そんなくだらない仕来りは此処では尚更必要ねえ。そんな組織はひとたび崩れればあっさりと乱れ堕ちる。それなりに腕に自信のある血の気盛んな猛者を束ねるに必要なのはそれを有無も言わさず黙らせる絶対的なチカラ、どう足掻いても勝てないという、百獣の王。逆らえば死、唯それのみを植え付けてやればいい。

「ヤツに就任祝いを持って来させろ、いつまでもテュールの創ったしがらみに飲まれている、ドカス共の首を一つ残らず、とな。」

「……温室育ちの御曹司とは思えねえなあ''、」

「るせえ、しくじればてめえもカッ消す。」

暗殺を本職とする組織にいる人間の中で、誰が暗殺される側になると思っただろうか。スクアーロは単独でレヴィと接触を測る。その他にも目星を付けた人物を頭の隅に置き、下準備を終える報せを待った。



「前から思ってたけど、アタシの前に現れるタイミングが良すぎるんじゃない?調べ上げてんの?」

すっかり御用達になってきたホテルの使い慣れた部屋で、ルームサービスを注文して(名前)と一緒に食事を摂る。約束が果たされた後はもう終いかと思っていたこの関係もこうして未だ継続していた。金をチラつかせて、腹を満たす美味い餌を与えて少し太らせてからその身体を戴く、知恵のついた狼のような浅はかな罠と知りながら(名前)は俺に着いて来る。だが決して俺を干渉しようとはしないし執着心も無い。報酬代わりに渡したネクタイピンのエンブレムを見れば俺がボンゴレの人間であるのは明らかなのに、何も聞いて来ないばかりか臆することもしない。寧ろ干渉し、執着しているのは俺の方か。

初めて(名前)を抱いてからというもの、次にその身体を攫うまでに三日以上空けた事がなくて、余りにも頻度が高いのは何もそうしてただ精を吐き出したいからじゃない。他の男に手を出されるのが気に入らないのだ。試しに他の女を抱いてみたが、口付け同様頭の中がブッ飛ぶような快楽は(名前)以外に生まれないし、抱かずとも金を握らせておけばお気に入りの玩具が他所の男に触れられずに済むと思っている。

ヴァリアーに忍び込んでいた午前中、汗臭い男の上着を拝借していたおかげで残り香の着いたシャツが不愉快。髪や首元にもそれが付着している気がしてシャワーを浴びながら(名前)という女を振り返り、ハッと気付いた。

油断していた。あの女をひとり部屋に置いたまま目を離したら、俺の物を全て持って逃げやがる。どうして忘れていたのか、それほど慣れ合っているつもりは無かったのに彼女が逃げない自信が己にはあったのだろうか。初めから、(名前)が手グセの悪い女だと知っていた筈だ。慌ててシャワーを止めてバスローブを羽織り、部屋に戻る。

リビングで新しいブランデーの封を開けていた(名前)は濡れた髪もそのまま、スリッパも履かずにカーペットを濡らしながら出て来た俺の姿を見て眉を顰め、小首を傾げた。

「……どうかしたの?」

「おまえ、何故逃げなかった。」

十中八九、(名前)がそこに居るとは思えなかった。だがさも当たり前かのようにソファにくつろぎ、酒を飲み、ツマミを口に運んでいる。怖いもの知らずな女でもさすがにマフィアの男から盗むのは手が竦んだか?それとも、身体を委ねる理由付け無しに本気で俺に惚れている、のか?

答えは頭の中に用意していた推測とは全く違っていた。


「逃げるかよ、こんな上物の酒がタダで飲めるのに。」

勿体無い、楽しそうにそう言いながら手慣れたように引き寄せたグラスの中へ氷を入れていく(名前)。俺はすこぶるイラついた。それはつまり目先の金よりも、惚れているはずの俺のことよりも酒が、(名前)にとって俺は、酒に劣る存在だと言われたのに等しい。

「あっ!!何すんだよ!?」

今まさにグラスに注ごうとしたブランデーの瓶を取り上げる。

「そんなに欲しけりゃ好きなだけくれてやる。」

封の空いたブランデーの瓶を、ソファの上でだらけている(名前)の頭の上で逆さに返した。勢い良くどぼどぼと出て来た琥珀色の液体は(名前)の髪から衣服、その下にある肌を濡らしていく。(名前)は反射的に抵抗して身体をばたつかせた後、手で目を塞いだ。

「わー!XANXUSが狂った!!」

逃げようと背を向けた(名前)の服を掴み止めて、中身をブチ撒けて軽くなった空き瓶を投げ捨てる。

充分アルコールを摂取した泥酔女は上機嫌にわざとらしい悲鳴をあげていたが、後ろから覆い被さるようにソファの上で組み敷き、身動きが取れないままうなじから耳裏に掛けて這わせた俺の舌の感触に一変、身震いと共に焦り始める。

「まっ、待て、何してる!」

「せっかくの上物の酒が勿体無ェだろ、」

会う度に抱かなくとも金を握らせておけばいい、なんて思っている事に嘘はない。だが、会う度にコイツの生意気な態度や色気のない未熟なはずの身体が俺を欲情させる。濡れた下着の中に手を差し込めば、焼けた喉から出る掠れた声。髪を掴み、無理な体勢から強制的に振り向かせてその唇を貪る。酒か体液かもはや判断が付かない(名前)の身体と繋がっている間、捲り上げた服から覗いた背中に自身が付けた傷痕が見えると、更に欲情は掻き立てられた。

絡み合う舌、なぞる指先、重なる肌、(名前)に触れた箇所から、俺の身体は激しく熱を帯びていく。

他の女ではこうはならないし、そもそも酒を撒いた時点で逃げ出すだろう。



「どうすんだよ、コレ……。」

衝動に任せた常軌の精神とは思えない行為が済めば、引き裂かれて肌にぴたりと貼り付いている濡れた衣服の残骸を脱ぎつつ、(名前)は呆れた表情を浮かべてみせた。

「……知るか、」

液体が染み付いて広範囲に色が変わったソファ、途中テーブルの上に身体を押し付けて、更に首を締め上げた拍子に(名前)の腕が払い落とした瓶やグラスの砕けた破片がそこらに散らばっている。オマケに位置のズレたテーブルの足は下に敷いてあったラグも同様に乱していて、その痕跡は色欲と言うよりはまるで暴力沙汰のそれだった。

ぼさぼさで、ベタベタになった(名前)の髪。首筋から太腿まで続くように咲き散っている赤い口付けの痕。テーブルか、はたまた床でぶつけたような横っ腹の青痣。身体を動かしていても滅多と上がることの無い息が静かに整った俺に届く声で、ぼんやりと(名前)は一言「歪んでる」と呟いた。

それは(名前)が見つめた先にあるテーブルの事を指して言っているのか、俺に対してなのか。

「なあ、XANXUS、」

「なんだ。」

(名前)は何か俺に訊ねようとした。何故こんな風に抱くのか、何故いつまでも自分を買うのか、何故、自分を選んだんだ。

恐らく、そんな類のものかと思ったが、(名前)は一度曇らせた表情を消した。そんな考えが(名前)の頭の中にあったのかどうかは確かめようもない。

「酒、追加で頼んでもいい?」

この女は俺に踏み込んで来ない。絶対的に立ちはだかる格差が邪魔をしているのだろうと安直に考えた。それでも俺から踏み込むような事も、しない。

俺の腕には噛み付かれた痕、背中を引っ掻いた痕がある。痛みがあって、血が滲む。お互いを求め合う瞬間に只、生きていると実感を得ている。情事の後、(名前)はいつも俺を非難するが(名前)の反応を見ていれば満更でもないのは嫌でもわかる。コイツも十二分に狂っている。

「……ああ、飲み直すか。」

掴み所のない(名前)だからこそ、欲しいと思うのだろう。いつこの手からすり抜けて行くかわからない彼女を鎖で繋いでしまえば、それは(名前)ではなくなるのだ。

まだ、俺はこいつに対して迷いがある。






――――数日後、ヴァリアー邸では己の就任式の為、広場へ集まった全隊員が参列する。その人数は書面上に書かれていたものの三分の二。残りの人間は暗躍していたスクアーロと、思惑通り己に忠誠を誓ったレヴィという男がこの世から消し去った。察しのいい奴は誰の仕業であるか早々に悟り、自身の行動を慎んだ。現時点で幹部と呼ばれていた枠は全てに空きがある。俺の率いるヴァリアーは、天下を手に取る算段はここから始まる。

右側には剣となるスクアーロ、左側には兼ねてから俺の存在に気付いていた頭脳となるオッタビオ、その中心に黒の隊服を肩に翻して君臨する俺の姿に辺り一帯空気がビリビリと奮えたのを感じ取った。

「俺は次期十代目に成る男、XANXUS――」

その為ならば俺の駒になる事を厭わないカス共、畏れ崇めてろ。ヴァリアーは俺に与えられた駒。それを使って、何が何でも掴み取ってやる。


「――文句はねえな?ドカス」

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