旦那 | ナノ



054
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嘘だ、なんて言えたらどれくらい気が楽になるだろうか。
ずん、と心に重しが入ったかのような辛さ。
口が動かない、混乱をきわめて、目の前がチカチカする。

「っあ、」
「返事は、NOなんだろう?」

その問いに即答できない私が一番卑怯者だと思うのだ。
何も言えないまま。紳先輩の服をギュ、と掴む。
ぽんぽん、と落ち着かせるように背中を叩いてくれる紳先輩。
その優しさに視界が歪む。

「そ、の、」
「なんだ?」
「紳先輩にそう言ってもらえて、凄く嬉しいです。でも、紳先輩は宗くんと同じ好きで、だから、わからなくて、」

ああ、なんて優柔不断な回答。
これじゃあ、紳先輩を苦しめるだけじゃないか。
そう思うとぼろぼろと涙がこぼれる。
もうなんでこうやって逃げるだけで、立ち向かえなくて、周りを困らせることしか出来ないんだろう。

「泣くな…だが、その言い方だと、俺にもチャンスはあるのか?」
「チャンス…?」
「俺のこと嫌いじゃないんだろう?」

その問いにはこくりと頷く。
じゃあ好きか?と聞かれ、それにも頷く。
こうされるのは嫌か?と耳に口付けられ、びくりと反応する。
だが、嫌悪感はない、と首を左右に振った。
顎を持ち上げられ、目線があう。
やばい、と思ったときには遅い。
ふわり、唇が触れ合う。
数秒そのままで、ゆっくり、唇が離れた。
唖然として涙が止まり、紳先輩を見つめ続けると、ふ、と片手で目を隠される。

「まだ、想っててもいいか?」
「っ、…は、い。」

目を隠されたまま、もう一度唇を合わせられる。
これで拒まない私は色んな意味で最低な女だろう。
そう思うと、驚きで止まった涙が、もう一度ぽろ、と溢れた。

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