旦那 | ナノ




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コートの中を一人、縦横無尽に駆け巡るのは、一人のマネージャー。
だが、選手たちはただその動きを見つめていた。
一つひとつ丁寧に、だが確実に自分たちの動きが再現されているからだ。
身長が足りないせいか、ダンクではなく普通のシュートになっているが、それ以外はほぼ、彼らの特徴を捉えている。

「…流石、噂の海南マネージャーね」

ポツリ、呟いた藤沢恵理に、彼女の動きが止まる。
目を細めただけの笑みでもなんでもない表情で、まっすぐに見つめてから、ふい、と視線をそらす。
先ほどまでのコピーではない、彼女自身の動きで、シュートを打つ。
今までワンハンドだったそれを両手に変えて、スパン、とネットを跳ね上げたボールをそっと受け止めた。

「マネージャーとは、何か」
「え?」
「あなたには、あなたなりの考えがあるとは思う。でもね、マネージャーっていうのは、選手あっての存在なの」
「…はい」
「なんて、私もまだまだなんだけどね」

肩をすくめた彼女は、一度大きく伸びる。
さて、試合を見学させてもらったお礼に、君たちのプレーを再現してみたんだけど、伝わりました?
あどけなさを見せながら、肩をすくめる彼女に、彼らはしっかりと頷いた。
それに満足したのか、ボールを持ったまま、湘北側へ戻る。
片付けを終え、体育館の入口へと向かう。
湘北を見送る緑風を見ながら、リョータは氷雨に声をかけた。

「そういや、緑風高校のプレイ偏ってなかったか?」
「あー…多分、戸塚くんすごい好みだったから」

平然と言い切った彼女に一瞬あたりの空気が固まる。
名前を挙げられた本人も聞こえていたのだろう。困惑した表情だ。

「俺?」
「プレイが?」

リョータは宙を見るように疑問を口にした。
だが、首を左右に振った氷雨は至極真面目な顔で答える。

「いや、顔が」
「…は?お前、牧の顔が一番とか言ってなかったか?」
「唇は紳先輩が一番、顔の作りの好みは戸塚さん。ラストは私が何か言う必要もなさそうだったから、完全に観戦者として好みの顔追ってた。だから偏った」
「お前な…」

呆れたようなリョータは額を抑えやれやれと言いたげだ。
そんな幼馴染の反応に唇を尖らせた彼女は、開き直ったように口を開く。
心の中で、聖闘士星矢みを感じたのだ、なんて、言い訳しているとはきっと誰も思わないだろう。

「別にいいじゃない。私が彼に手出すわけでもあるまいし」
「いや、当たり前だろ」

どことなく疲れたようなリョータの肩を明るく叩いた氷雨はクスクスと笑いながら、後で書き出して渡すから、と目を細める。
ま、頼むわ、といつものように片手を上げたリョータの手にパチン、といい音を立てて彼女の手が合わせられた。
緑風の生徒たちの声を受けながら、湘北と氷雨は緑風を後にする。

「…別に出されてもいいけどな」

ぼそり、戸塚の口からこぼれた言葉は誰にも聞かれることはなかった。

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