正義 | ナノ



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「これで、約束はちゃんと果たしましたよ?」
「あ…、そう、だね」

書類をまとめながら、ティーカップを口元へ運ぶ様子をただ見つめる。
面白いと思っていたが、想像以上にタチの悪い女だ。
それでいて、今まであったどんな女よりも、得難い女だ。

「…デス?」

きょとん、とした不思議そうな顔を向けられて、自分の体勢に気がついた。
片手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で信頼を見せる顔に添えている。
感じる小宇宙は裏切ることなどあり得ないと思わされるくらいに穏やかでいて、ただ純粋に心配していた。
体が震えるような衝撃を受ける。
手を滑らせて、そのまま抱きつくように肩口に額を押し付けた。
溺れているのは、

「俺たちじゃねーか」
「え?」

以前氷雨が言っていた言葉の意味を、理解する。
体を離し、もう一度その目を見る。
心配はある、信頼もある、だが…それだけだ。
必要なら彼女は全てを割り切って、聖域を出ていくだろう。
出て行けば、たまに俺たちを、俺を思い出して懐かしんでくれるかもしれない。
久しぶりに作った料理が食べたいと思ってくれるかもしれない、会話を思い返してくれるかもしれない。
同時に…そこまで、なのだ。
俺たちに会えないと苦しく思うことはないし、会えないなら仕方ないと会おうという行動すら起こさない。
アイツらとの愕然とするような差。
それは時間か、それとも、別の何かなのか。
思っても、一度味わった極上の甘露を忘れることなんざできるか。
瞳から視線を落とすと、若干荒れている唇が見えた。
紅茶のせいか少しだけ濡れているが…口紅があっていないんじゃないのか、と荒れた唇に指で触れる。

「?!…デッ」
「何をしている」

ぐん、と首根っこを掴まれ、そのまま後ろへ引き戻された。
視線を向ければ、そこにいたのはシュラだ。
不機嫌さを隠しもせずにこちらを睨みつけてくる瞳に、こいつは自覚しているのか、と考える。
別に自覚していようがいまいが関係ないが…まあ、お気に入りにちょっかい出されるのが嫌ってくらいか?
もし本気で落としてぇなら、真っ向勝負で行くだろうしな。
力に逆らわずに距離を置く。
だが、俺のこれからの方針には、何の関係もない。
ニヤリ、片頬を釣り上げて、氷雨を真正面から見据えた。

「またしてくれよ、膝枕」

ゆっくりとした口調で伝えてから、手を振りながらアイオロスの横をすり抜ける。
アフロのデスマスク!と咎めるような声が聞こえたが、後回しでいいだろう。
男に生まれたなら、イイ女を放って置く方が罪だ。
それが、イイ男である俺を溺れさせるような極上の相手。
格上相手だろうと、手を伸ばし続けてやろうじゃねーか。

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