正義 | ナノ



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本当は、ただ、忘れるのが怖いだけなのだ。
前世の記憶とやらが残っている私には、忘れられないことへの恐怖と、忘れてしまう恐怖が根付いている。
以前のことを忘れてしまいたいと思うことは多い。
でも、記憶として残っているそれを忘れることが出来ず、時折フラッシュバックする。
それは私にとって、現在を壊そうとしているかのようで、酷く恐ろしく感じる。
しかし、だからと言って、それを捨て去ることも出来ないのだ。
家族がいて、友人がいて、幸せだったのだと言えるだろう。
同時にその記憶に助けられて生きてきたのだ、知識や行動の基準として常に私の中にある。
それを今失ってしまったら、きっと私は動けなくなる。
へらりと笑って、その鬱々とした考え方に蓋をした。

「これでも、人生経験としては、サガさんたちよりも長い訳ですから」
「じゃが、わしらよりは短いだろう?」

童虎さまの自慢げな顔に虚をつかれる。
小さく笑ってそうですね、と同意をする。
前世もあわせた所で、彼らの生きた時間には到底叶いはしない。

「と、なると、私たちは氷雨の年上だな」
「…外見的には完全に年下ですが」
「むっ、それは今はいいではないか」

少し不満そうなシオンさまは喋りながらもスプーンを動かしていたらしい。
彼の目の前には綺麗になった皿があり、満足そうに唇の辺りを指で拭った。
…エロい。
思わずそっと視線を外して、自分の食事に戻る。

「一人で抱え込む必要はないぞ、氷雨」

ふと聞こえてきた声に、小さく顔を上げると、二人は穏やかに微笑んでいた。
まるで、幼い子供を見守るような柔らかな視線で、気恥ずかしい気分になる。
もう一度二人から視線を外した。

「はい、ありがとうございます」

二人に向けて、感謝と少しの親愛を込めて笑う。
ところで、紫龍君の伝言は何なのだろう、と童虎さまに視線を向けた。
私のその視線に気がついたのか、彼はにっこりと悪戯っぽく笑う。

「何か、生活していく上で足りていないものがありませんか、と聞いておったぞ」

返事は、めえるでいいそうじゃ、若干疑問符を浮かべながらの彼に、わかりました、と返事をした。

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